スライム
目と目があった。確かにそんな気がした。
僕はお玉で一回も構えたことがない上段の構えを取り、スライムを牽制する。こんな状況では、確かに古いお玉でもないよりはまし、頼りがいを感じてしまう。
“ポヨンポヨン・・・ピー”
スライムは丘の岩を次々と踏み台にしてどんどん飛び越えて僕に近付いてくる。
動きが思ったよりも早い。この前は遠くから見ているだけだったけど、実際に向き合ってみると、ずっと素早い!
“ポヨンポヨン・・・ピー”く
スライムは、とうとう僕が立つ丘の上に降り立った。
さっきの「信じられるか」な叫びに、ショックのあまりフリーズしていたお姉ちゃん達は、スライムの姿が目に入るまで存在には気が付いていなかったため、僕の目の前にスライムが出現するまで固まったままで動けずにいた。
「キャー、シルバに、スライムが!なんで、待っていてシルバすぐにお姉ちゃんが助けてあげるわ!」
いち早く異変に気付いたサティお姉ちゃんの大声にスライムが反応し、“ピー”と鳴き僕にポヨンポヨンと少しづつ、確実に近づいて来た。
声に驚いて反応したかの?
「待って、サティ!スライムを刺激すると返ってシルバが危ない。スライムを刺激しない様にゆっくりと近づかないと駄目よ!」
「そんなこと言ってもシルバが、シルバがやられちゃう!」
「ん、サティ落ち着く。よく見て、あのスライムなんか様子がおかしい」
「そんなこと言っている場合じゃない。私の弟が、私のシルバが!」
「落ち着きなさいサティ!シルバを良く見なさい。シルバはあなたが鍛えた防具を纏っているのだから、万が一にもやられることはない。大丈夫よ」
「ん、あの鎧は私達の想いの固まり、絶対にシルバを守ってくれる」
「でも、でも、シルバ!シルバ!」
後ろから聞こえてくるお姉ちゃん達の切羽詰まった、少し場の雰囲気に酔っている様に感じるお姉ちゃん達のやり取りは、返って僕を冷静にさせてくれた。
「くっ、僕はまだ死ねない!やり残したことがあるんだ」
「シルバ逃げてー!」
集中しスライムを観察し、隙をついて逃げる。これ以外に僕が生き残る方法はない。
だが、問題もある。それも重大で根本的な問題が。でも、そんなことを気にしている場合ではない。やるしかない、なんとしてもやらなければいけないんだ。
どれが隙で何が隙なのか分からなくても。
そう、僕は武道の心得なんて一切ないので、そもそも隙の意味も定義も分からない。人に対しても分からないのに、スライム相手に、余計に分からない。完全にお手上げってやつだね。
「シルバ、早く逃げて、シルバー!」
「サティ落ち着いて、シルバのことが心配なのはあなただけじゃないのよ!」
「ん。大きな声、スライムを刺激する」
スライムはお姉ちゃん達の声をあざ笑うかの様に、ゆっくりとゆっくりとポヨンポヨンと近づいて来る。もう目と鼻の先という距離までやってきている。
僕はスライムから少し距離を取ろうと、後ろに下がろうとした。下がろうと右足をそっと後ろへ一歩下げた時、僕は石に躓いて転倒してしまった。
「うわっ!」
「うそ!イヤー、シ・ル・バー!」
僕は手に持っていたお玉も、鍋のフタの盾も投げ出してしまい、派手に尻もちをついてしまった。
「シルバ、シルバ、シルバ!」
「危ないシルバ、よけて!」
「耐えてシルバ、今行く」
ありがとうお姉ちゃん達、でも、もう間に合わないよ。
僕の目には、僕に向かって飛び掛かってきた、スライムが映った。スライムの動きがスローモーションのように遅く見えた。
もうダメなのかな。
ポヨンポヨン、
「ピピピ」
「うそ、なんで?」
スライムに飛びかかられて僕が感じたのは痛みではなくて、柔らかさ。心地が良いさわりごこち。
スライムは、僕の腕の中に収まってプルプルと震えていた。
ただ何をするでもなくプルプルしている。スライムからは悪意や敵対心は感じない。
プルプルプルルと、むしろ友好的に感じた。
そこで僕は恐る恐るスライムの身体を撫でてみた。スライムの体は柔らかくて少しだけ冷たくて何とも言えない心地よさがある。
撫でられたスライムもプルプルポヨポヨと僕の顔に体を擦りつけて、ピっと鳴いていた。
僕は思った。
「僕、懐かれている?」
プルプルポヨポヨ!
「ピピピ」
スライムは僕の言葉に反応したかの様に元気よく、そして、僕を傷つけない様に優しくプルプル震えて頬擦りをしてくれた。
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