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本来、士分の者は外出にあたっては従者を連れなければならない。
だがこの日の赤松弘は、下男の権太を連れ歩くことが出来ない。彼は鷹お嬢様を捜し回っているからだ。
清次郎も江戸から連れてきた秀助に荷物を背負わせるわけには行かない。彼には赤松家の留守居を頼んできたからだ。
二人は自分自身で小荷物を抱え、荷物を背負って、上田城三の丸の城主屋敷へ向かった。同僚や上役たちから訝しげな眼差しを向けられたが、仕方のないことだ。
娘婿予定の帰国に合わせて休みを取っていた赤松弘の登城は、謂わばイレギュラーであり、またその理由にも「問題」があった。彼は人目を憚り、北側の裏御門からそっと入っていった。
もとより登城する予定であった芦田清次郎の方は何を憚ることもない。藩主御屋敷の東側に設えられた表御門から堂々と入った。
弘は目付の梅戸弟蔵、徒士頭の木村彦八左衛門、そして国家老であり番方の総取り締まり役ともいえる河合五郎太夫直義に、長女出奔のことを報告した。
「お前はつくづく子に恵まれぬのだなぁ」
河合家老が呆れとも諦めとも慰めとも取れる声音で言う。弘は平伏したまま聞いた。肯定も否定もできない。無言のまま、一層低く頭を下げた。
「さて今朝までのところは、お前の娘が儂の所に現れたようなことはなかった、と言っておこう。お前にとっては残念であろうが……」
鷹女は剣術使いとしての河合五郎太夫の門弟の一人だ。弟子を教え導く役目である師匠として、彼女の行動の責任の一端を負う必要があった。
「道場や儂の屋敷の奥向きであれと仲の良かった者たちには、儂の方からも声をかけておこう。家出娘を匿うような不届き者が、吾が手の内にいるとは思えぬが、な。
それでも行方を知っているか、あるいは行方に心当たりがあるような者が、もしかしたならいないとは限らぬ。……いや、いて欲しい喃」
河合家老は一つ息を吐いた。
「正式な沙汰は追って下されることになる。それまでお主は身を慎んでおるがよかろう。ともかく今日は下がれ」
「は」
赤松弘は平伏したまま膝行して退出した。
他方、清次郎はお仕着せの紋付で藩のお偉方の前に平伏し、己の学問の進捗を報った。
予想通りに数学測量世話掛・調練調方御用掛への就任を打診されたのを、もっともらしい口上で断り、どうにかこうにか逃げ出すように藩主御屋敷を辞した。
表御門から出た清次郎は書物を半分以下に減らした背負棚を背負って真っ直ぐ木町の芦田家へと向かった。
そうして実家にあがり込んで板の間で「落書き」をし、兄と他愛もなく楽しい会話をし、土産物を手渡し、手土産を渡され、兄の耳元で叫び、兄の履物をつっかけて、全速力で海野町裏の赤松家に駆け戻った。
赤松家は玄関を閉ざしている。




