百薬の長
清次郎は手紙から目を上げた。
力なくへたり込んでいる義父が見える。
「鷹殿は、義母上とご同室であったはずですが?」
それなのに気が付かなかったのか、という言葉を、清次郎は口に上せなかったが、弘は言葉足らずの意図を理解してくれた。
「眠りが深かったそうな。昨日、わしがあれに酒を強いたのがいかぬかった」
猪口に二つ三つばかりの酒でも、日頃飲み付けない者にとっては強い薬となる。
昨晩、きぬは深く眠った。
枕を並べて寝ている娘が、起き出して、布団を片付け、着替え、長い手紙を書き、部屋を出て行ったことに、少しも気付かないほどに、ぐっすりと寝ていた。
それは酒好きの弘も同様だった。
一升の酒でも仕事のために飲んでは酔うことは許されない。
万一一斗を飲んだとして、怒り悲しみの内に飲んでは酔うことは出来ない。
しかし、たった五勺の酒であっても、楽しい心持ちで飲めばよく効く。
隣の部屋で寝ていた娘が、起き出して、布団を片付け、着替え、長い手紙を書き、部屋を抜けだし、家を出て行ったことに、少しも気付かないほどに、ぐっすりと寝ていた。
これは、徒目付という役目がら目も耳も鼻も利き、感働きの鋭い、赤松弘らしからぬ失態といえる。
だからそもそも弘は妻を責められない。よく働いてよく眠っている奉公人たちのことも責められない。
客である清次郎のことを責めることもできるはずがない。
赤松弘がせねばならないことは、自分を責めることだ。
足から力が抜けて立っていられないほどに、畳みに額を押しつけて吾が行いを悔いねばならない。
家中の者たちの不始末は、家をまとめきれなかった家長の責任とされる。
例えば長男・善斎の不行跡があったとき、当人は形式上「叱」、つまり口頭注意という刑としては一番軽い処罰であったが、家長である弘への処罰はそれよりも重い「遠慮」だった。
「慎」とも呼ばれるこの刑は謹慎刑の一種で、そのなかでも軽いものだ。
外出は禁止されるのだが、それは日中のみで、夜間の外出は人目を憚れば暗黙の内に認められていた。また来客を受け入れることも許される。
ただ、軽いといっても刑に服している間の給料は取り上げになるのだから、事に小禄の者にとっては辛い罰だった。
このときの「慎」は七日目で免じられた。この早い赦しは、それまでの弘の働きが認められてのことといえる。
「義父上」
清次郎が呼びかけても、弘はうなだれたまま動かなかった。
「鷹女殿の行く先の、お心当たりをお探しになられましたか?」
「権に辺りを探させている」
「下女の……直といいましたか……あの者は?」
「きぬの看病をさせている。アレが自分を責めてしまってな。昏倒してしまったのだ」
「なるほど」
清次郎は手をこまねいて天井の一角を見上げた。口をつぐんでいたのはほんの僅かの間だった。
「では、我ら二人で登城しましょう」
「二人?」
「鷹女殿の探索は権太に任せましょう。義母上の世話は直に。留守居は秀助にさせればよろしい。
私は元々本日登城の予定ですから、行かぬわけには参りません。父上にもご同道願います。その上で、上役の方に『ご相談』なされば良いでしょう。その間に鷹女殿の行方が判ればよし、判らねば……」
「自ら蟄居する」
弘は頭を上げた。目に決意の光があった。




