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竜頭――柔太郎と清次郎――  作者: 神光寺かをり
清次郎と鷹女

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ナイトルーティン

 中(なか)山(せん)道(どう)は日本橋を起点として江戸と京都を結ぶ街道の一つだ。

 江戸から信州上田に行くためには、途中までその中山道を進む。


 板橋宿、蕨(わらび)宿、浦和宿、大宮宿、上(あげ)尾(お)宿、桶(おけ)川(がわ)宿、鴻(こうの)巣(す)宿、熊(くま)谷(がい)宿、深(ふか)谷(や)宿、本(ほん)庄(じょう)宿、新(しん)町(まち)宿、倉(くら)賀(が)野(の)宿、高崎宿、板(いた)鼻(はな)宿、安(あん)中(なか)宿、松(まつ)井(い)田(だ)宿、坂(さか)本(もと)宿。

 僅か二里二十六町(約十キロメートル)を進んで大体(およそ)六町二十八丈(七百四十メートル)を上るいう最大の難所である碓(うす)氷(い)峠(とうげ)を越えて軽(かる)井(い)沢(さわ)宿、沓(くつ)掛(かけ)宿、追(おい)分(わけ)宿まで進み、ここから脇(わき)街(かい)道(どう)である北国街道――善(ぜん)光(こう)寺(じ)道(みち)とも加(か)賀(が)街(かい)道(どう)とも呼ばれる――に入る。

 そして小(こ)諸(もろ)城下、田中宿・海(うん)野(の)宿という合(あい)宿(しゅく)を経て、上田城下に至る。


 普通であれば五日から七日で到達する道筋であることは前述したとおりだ。

 赤松清次郎と秀助は倍近い十日をかけている。


 理由は簡単だ。


 夜遅くまでの「読書」による寝不足から、彼らの脚は重くなっていた。

 重い足は進む距離を縮ませて、泊まる宿場の予定を狂わせる。

 そこでまた夜遅くまで「読書」をするわけだから、疲労と寝不足が蓄積してゆく。

 疲れ果てれば目覚めが遅くなる。泊まり泊まりで朝寝坊を重ねて出立時間が遅れる。

 歩く時間が少なくなり、さらに移動距離が短くなる――。


 理由がわかれば対策をすれば良いだけのことだ。


 寝坊をしなければ良い。

 夜遅くまで「読書」をしなければよい。

 夜はしっかり眠れば良い。


 彼らは対策を取ろうとして、結局取らなかった。


 毎朝日が昇ってから起き出して、昼間はのたりのたりと歩を進める。

 秀助は夜がふけるまで縫(ほう)老(ろう)算(さん)梯(てい)を熱心に読み下し、解らないところがあれば清次郎を揺り起こす……という定常処理(ルーティーン)を彼らは止めなかった。


 その結果が、普通の倍の旅程十日間、というわけだ。


 ところで、倍近い日数が掛かりそうだということを、清次郎は予見していたのだ。

 予見していたからこそ出立を急いでまで日程に余裕を持たせ、というわけだ。

 予見できた理由は、実に単純だ。


『夢見が悪かったから……だなどと芦田の兄上に知れたら、絶対に軽蔑される。口に出すまい、口に出すまい』


 清次郎は気恥ずかしさを秀助に知られぬよう、俯(うつむ)いて息を吐いた。


 ともかく、どうにか上田城下に入った清次郎と秀助は、へろへろと歩み進んだ。

 西の空に茜(あかね)の色(いろ)が残っている。

 北(ほっ)国(こく)街(かい)道(どう)筋(すじ)・海(うん)野(の)町(まち)の裏手に入り組んだ細い通りがある。道沿いに下級武士の屋敷が軒を連ねていた。その一角に赤松弘の家があった。


 赤松清次郎はその門前に四半刻(三十分ほど)も立ち尽くしている。

 彼の後ろに若い小者が一人、主人(仮)の巻き添えで、同じだけ立たされている。

 しびれを切らした秀助が、


「先生……」


 小声で問いかけると、清次郎は苦笑いを返した。


「うん、解っている。解っているのだけど、中々踏ん切りが付かないんだよ」



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