第8話 臨時教師デネット、爆誕
「紹介に預かったデネットだ。以前の教員に代わり、臨時教師として三年生の担当を任された。至らない点はあるだろうが、どうかよろしく頼む」
堅苦しい挨拶と共に、静かに頭を下げるデネット。その姿に、まばらな拍手が起こる。
歓迎していないわけではない。ただそれ以上に、以前の担任――ガレッソの存在が大きすぎたのだ。
その後釜に、いきなり知らない人間がやってきて「よろしく」と言われ、「はいよろしく」などと言える人間はそう多くはないだろう。
真実を知らない大多数の生徒たちは、未だガレッソの幻影を追っていた。
「さっそくだが、まずは以前までの復習に入ろうと思う。宿題はその後に確認するとしよう。では、教科書四十七ページを――――」
そんな視線を知ってか知らずか、デネットは自分のペースで授業を始めようとする。
そのあまりの無機質さに生徒たちは一瞬驚き、そして戸惑いながらも教科書を開いていく。
「……大丈夫かよ」
そして、一番後ろの席に座るクルードはその光景を心配そうに見つめていた。もうとっくに驚きは通り過ぎ、今湧き上がる感情は呆れ一択である。
それもそのはず。
「ま、兄貴に気に入られたのが運の尽きだな」
確かに、デネットと言う人間は王立騎士団の副団長まで上り詰めた傑物である。
それはあの日実際に剣を交え、部下に慕われていた光景を目の当たりにした自分が一番よく知っている。
だが、一つだけ勘違いしていた。
騎士として優れていても、教員として優れているかどうかはまた別問題なのだ。
「エー。コレハタイヘンユウメイナ、キシノヒトリデ――――」
感情のこもっていない棒読みで、教科書を読み上げるデネット。その姿に、クルードは教科書で顔を覆い隠す。そして改めて思い直した。
嗚呼、この人は教師に向いてねぇ。
現実から逃避するように、クルードは一時間ほど前の会話に思いを馳せるのだった。
☨ ☨ ☨
「り、臨時教師!?」
室内に響き渡るクルードの大声。
驚きに満ち溢れたクルードの言葉は、この状況では当然のモノであった。
「本気で言ってんのかよ、兄貴!?」
「いたって本気さ。今の学院に、デネットはきっと欠かせない存在になる」
「で、でもよぉ」
そんなクルードに対し、冷静に言葉を返すのは実兄エレガス。彼は特に動揺することも無く、目の前に置かれたカップに手を伸ばす。
聖キャバリス学院会議室。ここはかつて、ベリエッタがイリスとカミュに事情聴取を行った場所であった。
そんなことは露ほども知らないクルードとホーネス。もしもその事実を知ったのなら、二人はきっと同じことを口にするだろう。
なんで毎回ここで重要な話をしてんだよ、と。
「君の反応は当然のものだ」
エレガスの隣から放たれた言葉に、クルードは静かに顔を向ける。
「君にとって私は、一度自分を殺そうとしてきた怨敵。信じられないのも無理はない」
「それは……」
それは否定できない。クルードは素直にそう思った。
様々な事情があり、数多の思惑が交錯していたあの事件。此度の騒動の責任全てが、王立騎士団ひいてはデネットにあるとは思えない。
しかし、デネットがクルードの命を狙ったのもまた事実である。
そこにどれだけの葛藤があろうとも、その現実だけは決して拭う事など出来ない。
「私は、反対です」
そして、クルードの危機に最も敏感な男が口を開く。
「この方がどんな人間性を持ち、過去にどんな出来事があり、どうやって更生に至ったかなど我々には関係ありません。クルード様を危険な目に遭わせた。それだけで、貴君は万死に値する」
明確な敵意を滲ませ、ホーネスは鋭い目つきでデネットを睨みつける。
その歯に衣着せぬ物言いに、隣に座るクルードはハラハラした気持ちでデネットへと視線を向ける。
「……君」
しかし。返ってきた言葉の内容は、誰もが想像し得ないモノであった。
「君、以前どこかで会ったことがあるか?」
冗談交じりでは無く、真剣な物言いで口を開くデネット。
そんな唐突に投げかけられた言葉に、クルードは無数の疑問符を頭に浮かべながら首を傾げる。
「……気のせいでしょう。私は人相が悪いので、大方どこかの犯罪者と見間違えたのでは?」
「い、いや。すまない。そう言うつもりでは無かったのだが……」
一瞬にして凍り付いた空気。息がつまりそうな閉塞感に、クルードはたまらず助け舟を口にする。
「ま、まぁまぁ落ち着けホーネス! きっとデネットさんがここに来たのも、何かの意図があってのことだろ! そうじゃなきゃ兄貴が許す訳が無いからな!」
「クルード君……」
クルードの発言に、静かに感銘を受けるデネット。微かに目を潤わせながら、デネットは救世主を見るかのような眼差しでクルードへと向き直る。
「いや、ただ面白そうだと思って」
そんな救いの手を、横から叩き折るエレガス。
「…………あ?」
「…………なんだと?」
クルードとデネット。両者は共に、同じ反応を示しながらギギギと首を動かした。
「……もう一度言ってもらっていいか、兄貴」
「いや、デネットが罪の意識を感じているのは分かってたからさ。だったら教師としてクルードを導けば、贖罪も出来て距離も縮まってお得だなぁって思っただけだよ」
「き、貴様! そんな軽い気持ちで私を誘ったのか!?」
「うん。でも君は文句を言う権利なんて無いはずだよ?」
そして、エレガスはデネットの耳元に顔を近づける。
ぼそぼそと小さな声で何かを呟いた後、デネットの表情は青白く変色していく。
後から聞いた話だと、デネットはエレガスに今回の事件について相当詰められたそうな。
友だと思っていた人間が実の弟を襲撃する。そこにやむを得ない事情があったにせよ、エレガスがそれを許すはずが無い。
首を刎ねられる覚悟もしていたデネットが、それ以上に恐怖を覚えた一件があったのは、また別のお話。
「で、でもよぉ。ちょっと可哀想じゃないか? 副団長を辞めてまで教師になってくれたのに、その理由が面白いからって……」
少しの憐れみを覚えながら、クルードは自分の目の前に置かれたカップに手を伸ばす。
中に入った紅茶を軽く揺らし、乾いた喉へとゆっくり流し込む。
「いや、デネットは王立騎士団辞めてないよ」
「ごほっ、ごほッ!?」
そして思わず告げられた事実に思いっきりむせた。
「辞めてないの!?」
「今回の一件で責任を取らされて、小規模に解体されちゃったらしいけどね。でも王立騎士団は健在だよ」
「な、なんだ……」
てっきり王立騎士団は無くなってしまったのかと。
流石に歴史ある騎士団が消えてしまうのはクルードとしても本意ではない。そんな安堵感を滲ませながら、クルードは再び紅茶を喉に流し込む。
「ついでにデネットは団長に昇進したらしい」
「ゴッファァッ!」
そして再び、盛大にむせ散らかした。
「がっ、ごほっ! はぁぁぁ!? どういうことだよ! そもそも、そんな状態で教員とかいいのかよ!?」
「私も以前は七雄騎将をやりながら臨時教師をしていたこともあるし。臨時なら大丈夫だよ、多分」
「んな適当な!?」
もはや頭が追いつかない。
膨大な情報量の中で、クルードは頭から煙を出しながら机に突っ伏した。
「クルード君」
そんな怒涛の流れの中で、デネットが静かに口を開く。
「実は一つ、君に話しておかなければならないことがある」
それは先程までの雰囲気と打って変わって、とても真剣な声色であった。
クルードは顔を上げ、どこか神妙な面持ちのデネットに思わず眉をひそめる。
「なん、ですか?」
「……本題に入るには、最初から話す必要があるな」
そして、デネットは語り始める。
「あの事件の後日、王宮内で何があったのか」
キャメロン王国。その中枢を揺るがす、一幕の出来事について。
今週の8/28(水)、もう一話投稿します。




