第7話 再開と再会
「え~、つまりですね。本校の生徒諸君には誠に申し訳ないと思っていますが、今回の件については箝口令が敷かれており――――」
壇上から降り注ぐ、切羽詰まった男性の声。
眼鏡をかけ、冷や汗をだらだらと流しながら言葉を紡ぐその姿はどこか憐れみを感じさせるものであった。
しかし。
「それってどうなんですか!?」
「だからって簡単に納得できるわけねーだろ!」
「説明しろ!」
ザワザワと喚き立つ群衆と、怒りと不満を露わにする一部の暴徒たち。
否、暴徒とは少し違う。彼らは皆、一様にこの話の詳細を細かに知る権利を持っている。
それは彼らだけではなく、この場にいる全員が、である。
その権利を踏みにじられ、訳も分からず納得しろと言うのは少々無理難題もいい所であろう。
「イリスさん……」
「……想像通りね」
そんな彼らの反応に囲まれながら、イリスとカミュは静かに俯いた。
聖キャバリス学院、閉鎖明け初日。
およそ十日ほどの休学期間を経て、遂に学院は大々的に復帰を宣言した。
騎士になることを夢見て学院に入学してきた生徒たちは、一部を除いて学業を再開できることに安堵し歓喜した。
だが、いざ蓋を開けてみればその期待は裏切られることとなる。
教員の人員配置、その急激な変更。それに対する説明不足。
生徒たちは戸惑い、そして二・三年生は激怒した。
人員配置の変更。その中に含まれていたのは、ただの教員では無かったのだから。
白鬼、ガレッソ。
聖キャバリス学院、学院長。
学院を代表する二人の騎士の損失に、彼らは詳細な説明を求めたのだった。
「彼らの怒りは、当然のものよね」
そして。
「……でも」
イリスは想う。
生徒の放つ言葉は、正当性に満ちている。
自分達の不満を、惜しみなく吐き出すその姿は学院の生徒としてとても正しいことのように感じる。
しかし。
「先輩が抱く感情はきっと、もっと複雑だから――――」
そう言って、イリスは静かに拳を握り締める。
自分が理解してあげられるなんて言わない。
共感なんてもってのほか。出来やしない。
そうだ、私に出来ることは一つ。
ただ、先輩のことを信じるだけ。
☨
見慣れた空。
見慣れた景色。
見慣れた高さ。
幾度となく、この光景を瞼に焼き付けた。
何回、この場所で背中を地面につけたことか。何十回、息も絶え絶えになりながら天を仰いだか。
ウィンリーとの一戦だけじゃない。
それ以降も、何度だってあの人は俺に稽古をつけてくれた。
どうして俺なのか。なんで俺にここまで目をかけてくれるのか。
いつだってその疑問が心の中にあって、でも気がつけばそんな悩みは吹き飛んでしまう。
『ガッハッハ! おいおい、どうしたルー坊! お前の実力はその程度かぁ?』
剣を交わし、言葉を交わし。
それでも結局、俺はあの人の真意に辿り着くことは出来なかった。
クルードは、静かに天を仰ぐ。
「……アンタにとって、俺は何だったんだ?」
どれだけ考えたって、そんなことわかるはずが無い。
そんなこと、よくわかってるさ。
それでも、考えずにはいられない。
「俺は――――」
掠れた声を漏らしながら、クルードは手のひらで瞼を覆う。
こんなにも太陽が眩しいのに、何故か視界には巨大な雨粒が揺れている。
雨模様を指で弾きながら、クルードは静かに瞳を閉じた。
カツン
そんな足音が、暗闇の世界で微かに響く。
「お前も心配性だな」
眼をこすり、クルードは呆れた笑みを浮かべながらゆっくり後ろへ振り返る。
「なぁ、ホーネス」
そこにいたのは、ばつが悪そうな表情を浮かべていたホーネスであった。
ホーネスは少し俯きながら、申し訳なさそうに口を開く。
「……すみません。覗くつもりはなかったのですが」
「気にすんな。独りでこんなところに来た俺が悪い」
「こんなところ、ですか」
軽い口調で笑い飛ばすクルードに対し、ホーネスはどこか痛々しいモノを見るかのように目を細める。
「私は存じております。この屋上は、クルード様がガレッソ殿と――――」
「言うな」
鋭い言葉が、静かに空気を切り裂いた。
「頼む」
「……御意に」
微かに震える声に、ホーネスは何も言わず一歩下がる。
二人の間に流れる静寂の時間。しかし、気まずさなど存在しない。
クルードはただ、甘えていたのだ。自分の弱さを魅せることが出来る存在に対して、見守ってもらえるように。
そしてホーネスもまた、自らの意志でその場に残る。主君の無防備な背中を、他の輩に邪魔されないように。
長年培ってきた信頼に、もはや長い言葉は不要であった。
☨
「すまん、落ち着いた」
「お気になさらず。この身、クルード様の為ならば」
二人は柵に背中をもたれかかり、横に並んで地面に腰かけた。
少し赤みがかったクルードの瞼に、ホーネスは見て見ぬふりをする。
「にしても、ついに始まっちまったなぁ」
「ええ。気が付けば、あっという間の五日間でしたなぁ」
「あぁ、まったくだ」
ホーネスの言葉に同意するようにクルードはため息をついた。
「まさか、あの量の宿題が終わるなんて思わなかったぜ」
そう。
あれから五日の時が流れ、クルード達四人は様々な場所に足を運んだ。
時には街の道行く人々に聞き込み、警備担当の騎士に話しかけ、再び資料館に足を運び。
そんなこんなを繰り返し、遂に四人は宿題を攻略することに成功したのだった。
「あれは非常によくできた問題でした」
「そうだな。まさか、全ての課題が連なって"一つの議題"に通じてるなんて思わなかった」
「流石クルード様のお兄様ですな! 一見するとバラバラに見えるような科目も、繋ぎ合わせてみると密接に関係していることがわかった時の達成感たるや……。特に感銘を受けたのは、やはり三十年前の――――」
「なぁ、ホーネス」
宿題を終わらせることができた喜びからか、やや興奮気味に言葉を紡ぐホーネス。
しかし、クルードはそんなホーネスの様子に静かに口を挟む。
「お前、何かあったのか?」
それは、水を差されたような感覚。
静かに盛り上がり、熱くなってきたところに冷や水をかけられたかのような失速感。
先程まで感情豊かに口を開いていたホーネスの表情がみるみる曇っていく。
「……何のことですかな?」
「しらばっくれても無駄だ。お前が何か隠してるのは少し前から気付いてた。とはいえ――――」
上半身を微かに起き上がらせ、クルードはゆっくりとホーネスの顔を覗き込む。
視線が、ぶつかり合う。
「それが確信に変わったのは五日前。俺たちが資料館から出てきた後に合流した時だけどな」
「……ッ!」
クルードの言葉に、ホーネスは静かに息を呑む。
「カミュと何かあったのか? あれから、やけによそよそしいぞ」
「何も、ございませんとも」
「おい、俺もそこまで馬鹿じゃねぇよ。"友達"の表情の変化くらい――――」
「クルード様こそ、何か隠していることがあるのでは?」
どこか突き放したような声色で、ホーネスはクルードの言葉を遮った。その行動にあまりにも虚を突かれ、クルードは驚きに口をあんぐりと開ける。
今まで、ホーネスがここまでキッパリと意見を言うことなど滅多になかった。
友として、従者として傍にいたホーネスは、いつだってクルードの意見を第一に動いて来た。それがクルードの、周囲のホーネスに対する認識であった。
「資料館から出てきたお二人は、お世辞にも冷静には見えませんでした。それでも我々を心配させまいと、クルード様は努めて明るく振る舞られた」
「ホーネス……」
「本音を隠している点は、私もクルード様も同じでしょう」
その瞬間、二人の間に微かに冷たい風が吹いた。
いつだって同じ方向を向いてきた。クルードが辛い状況に立たされても、ホーネスは背中を支えるように背後に立ってくれていた。
だが、今は違う。
初めて、クルードとホーネスは真っ向から向き合った。二人の主張と立場は、完全に相反するものとなっていた。
「……申し訳ございません。ですが、私がクルード様に話せることなど、何も、ございません」
「待て! 違うんだ! 俺はただ――――」
「まったく。どこに行ったかと探してみれば、まさか進入禁止の屋上で喧嘩とは。まさに青春だな」
唐突に、全く予想だにしなかった第三者の介入。
クルードとホーネスは慌てて声の方角に視線を向ける。
そして。
「あまり怪我人に階段を上らせないでくれ。腹の傷に響く」
松葉杖を突きながら、男は静かに屋上へと足を踏み入れた。太陽の下に晒され、男の表情がくっきりと明らかになる。
波打つ髪の毛を鬱陶しそうに振り払いながら、男は静かに口を開いた。
「『初めまして、罪人クルードよ』――――なんてな。久しぶりだ、クルード君」
「…………あ」
「いや、久しぶりと言うのは失礼か。私は君に、罪滅ぼしをしなくてはならないのだから」
穏やかな、どこか気まずそうな笑みを携える男。その姿に、クルードは驚愕に目を見開いた。
驚くに決まっている。
どうしてここにいるのか。何しに来たのか。様々な疑問が湧き上がる中、その全てが些事に感じるほどの事実が一つ。
「あんたは……デネットさん!?」
王立騎士団、副団長デネット。
彼が何故か、聖キャバリス学院の教員証を首から掛けていたのだから。




