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第6話 道化師

 シュヴァルツ王立劇団。

 その人気と知名度は、王都で知らぬ者など存在しないと噂されるほど。

 老若男女ありとあらゆる顧客に対応した演劇内容は、見る人に深い感動と強い衝撃を与える。

 英雄譚を"読む"のではなく"見る"という楽しさを見出した、シュバルツ王立劇団の若者の関心への貢献度は計り知れないだろう。


 そんなシュバルツ王立劇団の人気を、不動のものとした一因。

 それこそが、演劇の役者たちである。

 英雄達の物語をその身を用いて表現することを生業とする職業であり、その華々しさから多くの人々に夢と希望を与える。


 そして。

 数多の役者の中で、一際多くの役柄と圧倒的個性でファンを獲得する、新進気鋭の天才役者と謳われるのが――――


☨  ☨  ☨


「アルメリア……、ジルフロイド……」


 名乗りを上げるアルメリアの言葉に対し、イリスは静かにその名を反芻させる。

 周囲の人々の騒ぎようから、彼らがとてつもない知名度を持っているということは明らか。

 シュバルツ王立劇団の天才兄妹。誰かが口にした異名を、イリスは頭の中でひたすらに繰り返す。


「…………ッあ」


 瞬間、思い至る。アルメリアとジルフロイド。二人の顔を交互に見比べ、間違いないとイリスはつばを飲み込んだ。


「先輩っ!」

「……突然どうした、イリス?」


 クルードは今もなお、警戒を解くことなく声を潜めている。

 敵意が無くなった訳では無い。単に、注目を集めてしまった事により手が出しにくくなった。ただそれだけのことであった。


「この二人の、顔」


 そんな様子のクルードを落ち着かせるように、イリスはゆっくりと言葉を紡ぐ。


「見覚えないですか?」

「……あ?」

「あの日、私たちが初めて出かけた日のこと。一緒に演劇を見に行って、騎士についての問答を交わした、あの瞬間を」


 イリスの言葉に微かに混じる、驚きと戸惑い。

 その感情を察し、クルードは静かにアルメリアとジルフロイドの顔を見比べる。

 別に、見覚えなんて――――


「……………………あ」


 見覚えなんて無いと、一蹴しようとしたクルードの脳裏に蘇る僅かな記憶の断片。

 俺にとっての騎士とは何か、イリスにとって騎士とはどういうものなのか。柔らかな椅子に腰かけながら言葉を交わし合った思い出の時間。

 その時、俺たちは何を見ていた?

 あの日の題目は、何だった?

 クルードの脳裏に、舞台上で舞い踊る二人の男女が浮かび上がる。


「まさか……ッ!?」

「あれ、もしかしてキミたちも私たちのファンなのかにゃ?」


 驚愕に顔を歪めるクルードに、アルメリアは心底愉快そうに笑みを浮かべた。


「【英雄ラブロマンス活劇~おてんば姫と仏頂面の騎士~】を見に来てくれて、どうもありがとね☆ あの演技は、私の中でもかなりのハマり役だったんだ~!」


 嗚呼、間違いない。クルードとイリスは、同時に複雑な感情を抱いた。

 あの瞬間、既に自分達はこの二人は認識していたのだ。そして恐らく、この二人もまた自分達のことを認知していた。

 まるでずっと前から仕組まれていたかのような、得も言われぬ不快感にクルードは身体を震わせる。


「ここで出会ったのも、きっと何かの運命だったんだね♪」


 アルメリアはそう言って、軽薄な笑みを浮かべて一歩前に躍り出る。

 今度は、二人に対してでは無い。


「ね、イリスちゃん?」


 明確に、イリスのみに対して意識を向けている。

 顔を覗き込むように腰をかがめるアルメリアの姿に、イリスは微動だにせず無言で彼女を見下した。


「きっと私たち、仲良くできると思うんだっ!」

「……ふざけないで。貴女みたいな得体の知れない人間と、仲良くなれる訳が無いでしょ」

「キャハハっ! 酷いなぁ~」


 どこまでも冷ややかな視線を向けるイリスと、それを柔らかく受け流すアルメリア。

 まさに水と油。交じり合う事の無い対極の二人は、相対的な表情を浮かべて睨み合っていた。


「……………………あぁ」


 そんな女性二人を尻目に、ジルフロイドは静かに声を漏らす。

 そして。

 

「期待外れだな、お前」


 失望と侮蔑を滲ませながら、クルードに対し言葉を吐き捨てた。


「んだと?」

「この程度の男が七雄騎将? 新たな戦士の候補者だと? ガレッソ様の審美眼も、随分と錆び付いたものだ」

「……おい、お前ッ!」


 淡々と無機質に告げられる悪態。

 その中に混じる、ガレッソの名前を聞いた次の瞬間、クルードは我を忘れてジルフロイドの胸ぐらを掴んだ。

 再び騒ぎだす周囲の客。それはどちらかと言えば、クルードを非難するモノであった。


「ガレッソはどこにいる!? あいつは、あの人は何者だ!?」


 だが、そんなことはどうでもいい。

 クルードは唯知りたかった。

 自分を地の底から救い出してくれた教師に、稽古をつけてくれた師匠に、技を授けてくれた恩師に尋ねたかったのだ。

 あんたは、どうして俺に人技を教えたんだ?


「黙れ」


 しかし。そんな淡い期待は、男の放つ静かな殺意によって掻き消される。

 胸ぐらを掴むクルードの腕を握り締め、ジルフロイドは誰にも聞こえない声で小さく呟いた。


「お前、何を満ち足りた顔をしている?」


 それは、憤怒。

 否、憎悪と表現してもいい。

 激しい感情の渦が、初めてジルフロイドから溢れ出ている。


「お前の表情、声、姿勢。その全てから甘さが滲んでいる」

「一体、何を……」

「とぼけるな」


 グッと、さらに腕を握る力が強まる。


()()()()()()()()()()()()()()、俺に牙を剥く気か?」


 その言葉を聞いた瞬間、クルードの心臓が嫌な音を立てて高鳴る。

 それは、ずっと気が付かないフリをしていた事実。

 エルマーナから言われていた、忠告に沿ったモノであった。


『人技だけは、何があっても使わないこと』


 使わないさ。いや、使えるものか。

 だって――――


 俺の身体は、あの夜から一度も剣を振れないのだから。


「腰の剣柄に手を伸ばし、『俺はいつでもお前を殺せる』という脅しのつもりか?」

「……違う」

「違わない。出来るなら、お前は既に俺に斬りかかっているはずだ」

「お前に、俺の何が……ッ!」

「分かるさ」


 深紅の双眸が、クルードの顔を覗き込む。


「お前が既に、限界を感じているという事も」

「……な」

「どれだけ努力しても、成長が見られないという事も」

「なに、を」

「もうこれ以上、()()()()()()()()()と気付いてしまった事も」


 能面が、歪む。


「だから、墜ちて来い」


 嗤う。


「持たざる者が高みに至るには、何かを削らなければならない。何かを失わなければならない。落ちて堕ちて墜ち続けた先に、我々は天に挑む権利を得る。才無き者が歩くのは、そういう修羅の道だ」

「……何なんだ、お前は」

「俺の名は、ジルフロイド」


 瞳孔を開き、静かに身体を震わせるクルード。

 そんな姿をジッと見つめながら、ジルフロイドは優しく告げる。


「地獄の先で、俺はお前を待っている」


 それは年相応の、若さを感じさせる笑みであった。屈託のない、感情を感じさせる笑顔に毒気を抜かれそうになる。

 だがクルード、そして近くでその光景を見ていたイリスには分かった。

 それは純粋なまでに煮詰められた、悪意そのものであると。


「ふふっ! 顔合わせは済んだみたいだねっ!」


 アルメリアはそう言って、クルリと後ろへ振り返る。四人の交流を眺めていた、何も知らない無知な傍観者たちへと。


「どうも~皆さん! ということで、アルジル兄妹の即興演技対決! ゲストに参加してくれた、七雄騎将のクルードさんとその彼女さんでした~っ!」


 にこやかに、晴れやかに告げられた嘘。しかし、観客たちはそれに気づくことは無い。


「あーなんだ! そうだったのか!」

「え、そういえば七雄騎将のクルードだ!」

「いやいや、凄いの見ちゃったよ~!」


 噓を真実と錯覚させる。そこにあった出来事を覆い隠し、新しい事実を信じ込ませる。

 今までに培ってきた経験と信頼、そして高い演技能力の為せる荒業であった。


「これで、デートを邪魔しちゃった借りはチャラにしてねん☆」


 ウインクを決め、明るい笑顔で冗談を交えるアルメリア。一体どこまでが計算なのか、彼女の真意が何なのか。それは未だに理解することは出来ない。

 だが。クルードとイリス、二人は確信していた。


「じゃあまたね~。あ、後ろから攻撃しないでよ? もう誤魔化しきれないからさぁ」


 アルメリアとジルフロイド。明確な敵。逃がしてはならない、貴重な情報源。

 それでも、クルードとイリスは動かない。

 今じゃない。きっとこの先、必ず再び相まみえる時が来る。

 そして。


 その時は、そう遠くない。

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