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第7話 上の空

「これが最近クラスで流行ってて――――」

「うん」

「あ! こっちの凄く可愛くないですか!?」

「そうだね」

「次はあそこの店に生きましょ!」

「よし行こう」


 キャメロン王国城下町、様々な商店が並ぶ景観を二人並んで歩く。元気いっぱいな少女に連れられて買い物に向かう青年。

 何も知らない人が見れば、その光景は微笑ましいカップルのように見えるだろう。それはむしろ青年、クルードとしても望むところである。これがデートであることに間違いは無いのだから。

 しかし、クルードの表情はどこか上の空であった。


「はぁ」


 少女に気づかれないよう、クルードは静かにため息をついた。

 予習は完璧だった。今回はしっかり恋愛教本(少女マンガ)の通り、後輩をエスコートして上手くデートをこなせている自信がある。

 それでも、実際に経験してみるとやはり違う。

 女性は男性と趣味嗜好も異なり、その価値観もかけ離れているという事を再認識させられる。

 そう、正直に言おう。

 化粧品、女性専門服、お洒落なインテリア。

 それらのモノに一切興味を持たないクルードにとって、この時間はまさに忍耐そのものであった。

 教科書通りの受け答えと取って付けたような笑みが、クルードの疲労感を物語っている。

 だが、クルードを悩ませているのはそれだけでは無かった。


『先輩なんて嫌い!』


 脳裏に浮かぶ、イリスの言葉。


「はぁ~」


 デート中に他の女性のことを考えるなんて、最低なことだと分かっている。

 それでも、どうしてだろうか。

 考えないようにしているはずなのに、気がつけばずっとその言葉が脳内で反芻され続けている。


「くそ……、何でこんな時にまであいつのことで悩まされなきゃいけないんだ」


 ブツブツと小さな声で呟くクルードの視線の先で、少女が店員と和やかに会話している光景が広がっていた。

 あの堅物かたぶつ後輩だったら、きっとあんな風に初対面の人と仲良く話せないだろうな。

 偉そうな癖に人見知りのところあるからなぁ、イリスは――――


「って、ちがぁぁぁう!」


 突然奇声を発して頭を掻きむしるクルードに、少女と店員は目を丸くする。だがクルードからすればそれどころではない。

 変に意識すればするほどイリスのことばかり考えてしまう。

 それもこれも、あいつが変な行動で心を乱してきたからに違いない。そうだ、そうに決まってる。

 クルードは自分にそう思い込ませるように一人心の中で呟いた。


「あの、大丈夫ですか……?」

「あ、あぁ。何でもないんだ。終わったのか?」

「はい!」

「そうか、よかったよかった」


 心配そうな表情でこちらを見つめる少女に対し、誤魔化すように微笑みかけるクルード。

 内心は冷や汗ドバドバである。


「実はもう一つ、クルード先輩に着いてきて欲しいところがあるんですけど大丈夫ですか……?」


 上目づかいで頼みごとを口にする少女。その瞳は潤いに満ちており、男の庇護欲をかきたてる姿をしていた。

 この少女があざといという事は分かっている。それでも、男としてその誘いに乗ってやるのも一興というもの。

 

「よし、どこへでも行ってやるぞ!」


 そう元気よく言葉を発しながら、クルードは少女と並んで路地裏へと消えていった。



「こんな場所まで来るなんて、俺は初めてだな」

「そうなんですか? いろんな店があるので結構オススメですよ!」

 

 二人が踏み入った場所は、城下町の中でも滅多に人が寄り付かない区外の裏道。あまり日の届かない路地のためか、辺りは薄暗くどこか湿った空気が流れていた。

 だが、確かに店は存在する。

 点々と店を構え、何やら怪しげな品々を店頭に並べる商人たち。彼らは素性を知られたくないのか、全員が似たような外套がいとうを被りその表情を隠していた。

 ちなみに、クルードも七雄騎将であることを周りに知られないためにマスクで口元を隠しているのはここだけの話。


「いやー、でも何だか雰囲気があるな」


 クルードが興味津々に周りを眺めながら少女の後を追いかけていた、そんな時。


「……ん?」


 ふと、クルードの歩みが止まる。


「どうしました、先輩?」

「ごめん、少しこの店寄らせてくれ」


 少女の答えを聞く前から、既にクルードはある店に足を運び始めていた。

 そこは、簡易的なテントで作られた小さな出店のようなもの。品揃えは微々たるもので、大したものなどは無い。

 そう、思っていたのだが。


「すいません。これって、本物ですか?」


 傍で立っていた外套の人物に対しクルードは臆せず疑問を口にする。そんなクルードに対し。


「……全て本物だ」


 しゃがれた老人の声で答える外套の人物。

 その答えを聞いた瞬間、クルードはまるで少年の様に目を輝かせた。


「おお! まさかこんなところでお目にかかれるとはっ!」

「え、っと。先輩、それは何ですか?」

 

 興奮した様子のクルードに対し、少女は一歩引いた視線で口を開く。


「これは、歴代の七雄騎将の肖像画だよ……! 凄い、かなり昔の人の分まであるなんて、なんてコアな店なんだ……!?」

「へへ」


 大興奮のクルードの姿に、店員らしき人物は照れくさそうに鼻を鳴らす。

 まさか今はどこにも売られていない歴代七雄騎将の肖像画が、こんな路地裏で見つかるとは運がいいにもほどがある。

 クルードは今、このデートで一番テンションが上がっていた。


「あー、そうなんですねぇ」


 しかし、少女の表情はどこか乗り気ではなかった。上の空のような、少し焦っているようにも見えるその姿。

 マズイ。この表情はきっと、あまり興味の無いものをデートで見せられる彼女のソレと同じ。

 もしや退屈させてしまったか。そう思ったクルードは慌てて口を開く。


「ご、ごめん。あんま興味なかったか?」

「いえいえ……! ただ、あまり昔の七雄騎将に詳しくないので」

「そ、そうだよな。すまない」

「だ、大丈夫ですよ」


 クルードと少女はお互いに頭を下げ合う。静寂が辺りを支配し、気まずい空気が二人の間を流れていく。


「そ、そろそろ行こうか!」

「そ、そうですね!」


 ぎこちない会話を繰り広げながら、クルードと少女は静かにその店を後にする。

 本来ならば何時間でも居座りたいところだが、これはデート。お互いが楽しまなければ意味が無いのだ。

 クルードは泣く泣く踵を返し、名残惜しそうに肖像画を横目で見つめる。

 そして。


「――――ッ!?」


 声は出さない。それでも表情は驚愕に歪められてしまう。

 クルードの視線の先、肖像画の中でも一際小さな額縁に飾られた絵に描かれた人物。その名前を、クルードは心の中で呟いた。


 黒金くろがねの騎士、ヴィクト。

 それは、七雄騎将()序列一位にして、兄の親友であった男。

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