第6話 デート再び
想定外の事態に遭遇した時、人は様々な反応を取るだろう。
驚きに声を上げる者。咄嗟の状況に身動きが取れなくなる者。動揺のあまり挙動不審になる者。
だが、俺は違う。
腐っても七雄騎将に選ばれた身として、そんな醜態は晒さない。
「ファンです! えと、その……」
そう、思っていた。
「もしよかったら、デート……してくれませんか?」
上目づかいでこちらの瞳を見つめる、小動物のような女学生。
可愛い子ちゃんに目を潤ませながら懇願されて断るような男などこの世に存在しない。
だから、俺は自信満々に口を開いた。
「よろしくお願いしまぁす!」
高揚のあまり、少し声が裏返ってしまったのはご愛嬌だ。
☨
「てなわけで、俺はこの後デートの約束があってな」
「はぁ……そうですか」
学院の昼休憩時間。クルードはホーネスを連れて、いつもの木陰の下に寝そべっていた。
温かい日差しに当たりながら口に頬張るサンドイッチ。実に格別である。
「それにしても、その後輩さんも凄い方ですね。初対面でいきなりデートを申し込むだなんて」
「勇気を出してくれたんだろう。俺も先輩として、その勇気に報いねば」
サッと髪を払いのけ、何やらキメ顔でそれっぽいことを口にするクルード。脳内ではすっかり王子様気分である。
ホーネスはその様子に呆れながらも、やがてフッと微笑みを浮かべた。
ここしばらく、クルードはずっとどこか張り詰めた空気を纏っているように感じていた。これがいい気分転換になるならば、それは良いことだ。
「ならば不肖ホーネス、クルード様のために一肌脱がせていただきます」
「ふっ、流石だよホーネス。どうやら俺は素晴らしい友を得たようだ」
「この身全て、クルード様のデート成功のために!」
「よっしゃ、俺はやるぞ!」
「その意気です!」
やんややんや、男二人で盛り上がっている状況が目立たない訳もなく。周囲は、一体何事だという目で二人を見つめた。
そしてクルードとホーネスであることが分かると、あぁなんだあの二人かと興味を無くしていく。
以前から何かと話題に欠かない二人組。それがクルードとホーネス、不良凶悪問題児コンビであった。
「俺は作るぞ!」
クルードは拳を天に掲げ、誓いの言葉を口にする。
「バラ色の青春を取り戻し、今度こそ彼女を――――」
「随分と楽しそうですねぇ? せ・ん・ぱ・い」
瞬間、絶対零度の威圧感がクルードの背中越しから放たれる。
これほどまでの敵意、未だかつて感じたことも無い。ウィンリーやガレッソから向けられてきた感情とは異質の力が、クルードを押しつぶす勢いで溢れ出す。
白髪の少女は、小さく笑う。
「何を作るって言いました? まさか騎士の中の騎士、七雄騎将のクルード先輩が、そんな色ごとにうつつを抜かすなんて、ねぇ?」
「……イリス?」
凄まじい感情の奔流がイリスから放たれていることを知ったクルードは、驚きと困惑に声を震わせる。
「よ、よぉ。なんでそんなに怒ってんだ……? とりあえずその全身から発してるやつしまえって、な?」
「何のことですか? 別に怒ってないですけど」
絶対に嘘である。
クルードは人の感情が分からないタイプでは無いと自負していた。そうでなくとも、これ程分かりやすいものはそうそう無いだろう。
何故なら、皮膚を焦がす勢いで燃え盛る何かが、イリスの背中から吹き荒れる錯覚が見えているのだから。
「あ、お疲れ様です」
「おや、どうもお疲れ様です」
一方。イリスとクルードが対峙している後ろの方で、カミュとホーネスは静かに挨拶を交わしていた。
「先輩がデートに誘われる? 何かの間違いじゃないですか? 騙されてますよ。それか、先輩が幻覚を見たかの二択ですね」
「いやいやいや、随分と言ってくれるじゃねえか……」
流石に言われたい放題言われてカチンときたのか、クルードは額に青筋を浮かべながら静かに微笑んだ。
「やめとけよイリス。非モテの僻みは見苦しいだけだぞ」
「……はい?」
「自分にそういうお誘いが来ないからって、現実を直視しないのは良くないなぁ」
そう言って、クルードはイリスの肩に手を置いた。
「大丈夫だ、イリス。追い詰められてる崖っぷちの状況でこそ、人は真価を発揮する(笑)」
昨晩の誰かさんからの受け売りを煽りに使い、クルードは今世紀最大にムカつく満面の笑みを浮かべた。
ブチッ
何かが切れる音が聞こえたと、後にカミュとホーネスは語る。
「〇ねッ!」
「おわ危ねぇッ!?」
イリスは腰から流れるように木剣を抜き取り、問答無用でクルードの頭部めがけて刃を振るう。
慌ててクルードが避けるも、その勢いが衰えることは無い。
「うざい! きもい! 最ッ低!」
「ちょ、まて、よッ!?」
本気で殺りに来てるんじゃないかと思う程に全力で振るわれる刃の嵐に、クルードも全力で避けまくる。
イリスの刃は当たらないどころか、掠りもしない。
その事実が、イリスの苛つきをさらに加速させる。
「先輩なんて嫌い!」
「は、はぁ!?」
イリスの口から飛び出した言葉に、クルードは驚きと共に僅かな苛立ちが表出する。
「そもそも何でお前が怒ってるのか分からねえ、よッ!」
クルードは自らの剣を抜き取り、イリスの刃を受け止める。
拮抗する力関係の中で、二人は共に言葉を交わす。
「別に、イリスには関係ないだろ!」
「いや、私は……!」
「じゃあ何でそんなに怒ってるのか言えよ!」
いつの間にか真剣な表情で睨み合う二人に、カミュとホーネスは慌てて立ち上がる。いつも通りのじゃれ合いかと思っていたら、今回は少しヒートアップしすぎたようだ。
止めなければ。そう思い、仲裁に入ろうとする彼らの前で。
「……もう」
イリスは、小さく呟いた。
「もう、先輩なんて知らない!」
不貞腐れた表情でイリスは剣を下ろす。そして踵を返すと、一目散に歩いて行ってしまう。
カミュは慌ててクルードたちに一礼し、その後を追いかけていった。
残されたのは、釈然としない様子のクルードと、顔を手に当てて困り果てたホーネスのみ。
「女心とは、ままならないものですなぁ」
静かに呟くホーネスの言葉には、もっと素直になればいいのにという感情が込められていた。
そして同じく。
「男はいつまでたっても、少年ですからねぇ」
その言葉には、大人げないぞ、もっと優しくしてあげればいいのにという感情が込められていた。
「……なんだよ」
ホーネスから向けられる静かな視線の圧に、クルードは少し気まずそうに下を向く。
何故か今回こんなにも腹が立つのは、イリスが意味の分からないことを言うからだろうか。
それとも。
『先輩なんて嫌い!』
イリスが勢いで口にした言葉を思い出す。
瞬間、ちくりと胸が痛んだ――――ような気がした。
「……なんなんだよ、ったく」
この胸の痛みはきっと苛立ちのせいだ。そうに違いない。
クルードは、まるで自分に思い込ませるように、そっと心の中で呟いた。




