第2話 渦巻く陰謀
「早速ですが、父の命令は撤回させていただきます」
開口一番、エリーゼは自らの父親が発した内容を取り下げる。
このキャメロン王国の統治者であり、事実上権力の頂点に君臨する男の命令。それを簡単に撤回させることなど、たとえ誰であろうとも許されることでは無い。
「仰せのままに」
エリーゼという例外を除いて。
恭しく首を垂れるスレイドに続くように、他の英雄たちも首を縦に振る。そこに異論を挟む者はいない。
「ありがとうございます。父に代わり、七雄騎将の皆様には心からお詫び申し上げます」
そう言って儚げに笑う少女の姿に、抗うすべもなく毒気が抜かれていく。圧倒的な存在感に、一挙手一投足が強烈に他者の視線を惹きつける。
英雄とは異なる別種の才覚。かの少女もまた、天に選ばれた存在であった。
「エリーゼ王女殿下」
「何でしょうか」
「正直に申し上げるならば、この円卓会議は何の意味も持たない。不毛だ」
そんなエリーゼに対し、物怖じすることなく意見を口にするバイツ。
「あら。相も変わらず、バイツ様は手厳しいですね」
若く、荒削りで、勢いがある。英雄と呼ぶにはやや粗野な態度を見せるバイツのことを、周囲の人間はそう形容する。
だが、それ故にエリーゼは彼の言葉に耳を傾ける。
「その理由は?」
「バルバリス帝国との関係性が示唆された此度の少年、クルード。奴が王の目に留まった以上、我々が手を出すまでも無く結果は見えている」
「なるほど、つまり貴方はこう考えているのですね」
バイツの発言の内容を聞き入れ、エリーゼは静かに口を開く。
「父が復讐心に駆られ、強硬策に出るのではないか。と」
その言葉で思い出すのは、先程の国王が放った憎悪に満ち溢れた怨嗟に近い呟き。
帝国との関係性。それが明確となった以上、あの老人が止まることは無い。
何故なら。
「彼の言う通り、私たちが何かする必要があるとは思えませんね」
「ラミエ様」
「かつて賢王と呼ばれていた時代とは違います。今のあの方は、お世辞にも理性的とは呼べません」
バイツに続くように、ラミエは珍しく真剣な表情で言葉を紡ぐ。
それはまさしく事実であり、実の娘であるエリーゼですら否定することは難しい。
感情的に物事を判断する、国の長にあるまじき行動。知性を以て理性を御する、賢王と呼ばれていた時代は終わりを告げたのだ。
もっとも、エリーゼが生まれた時には既に、国王は獣と化していたのだが。
「皆さんの心配も重々承知しています。クルードなる少年は、これから多くの人間にその身を狙われることになる。ですから――――七雄騎将の皆様には、彼の身の安全の確保をお願いします」
次の瞬間、エリーゼは深く頭を下げる。
「もう二度と、悪夢を繰り返さない為に」
何故、そこまでするのか。
王女ともあろう立場の人間が、軽率に頭を下げる事などあってはならない。その相手が、たとえ英雄と呼ばれる者たちだったとしても。
スレイドは問う。
「それは、命令ですかな?」
「いいえ。あくまでお願いです。判断は個人にお任せします」
どこまでも王族らしくない振る舞いをする、エリーゼと言う少女。
先程のカリスマ性に溢れた姿と打って変わり、そこにいたのはどこにでもいる普通の女の子のようであった。
バイツは思う。
一体、どこまでが演技なのか。
人間味の薄い少女だとは思っていたが、本音も何も垣間見ることが叶わない。どこまで自分達は、この少女の掌の上で踊っているのか。それが分からない。
分からないことは、怖いことだ。
「……俺は降りさせてもらう。奴がどうなろうと俺の知ったことでは無い」
「なら私も止めておこうかな。臆病なのが私の取り柄なのでね」
バイツに続き、ラミエも提案を棄却していく。その光景を前にして尚、エリーゼの表情が崩れることは無い。
「そうですか。残念ですが仕方ありませんね。スレイド様は如何ですか?」
「ん~。僕の意見も大事ですけど、まぁひとまず置いておきましょう」
エリーゼの質問を誤魔化すように微笑みながら、スレイドは視線を横に移動させる。
「それより、彼らにも聞いてみたらどうですか?」
そう口を開くスレイドの視線の先、円卓の一角。
この会議の中で一回も口を開くことなく、ただ傍観していたその者たちは突然の注目に驚き顔を上げる。
「お、俺ですか!? ちょ、ちょっと俺はあんまよく分からないって言うか……」
「……すいません。何も聞いてませんでした」
二人はそれぞれ異なる反応を見せる。
しかし、その内容は同じ。何も聞いていなかった、集中していなかったと、自らの注意不足を露呈した。
「何のために円卓会議に出席しているんだ、間抜け共」
「い、いやぁだって、王都に帰ってきたと思ったらいきなり円卓会議ってちょっと……なぁ?」
「正直、何でここに呼ばれたのか分かってない」
バイツの叱責をのらりくらりと躱していく二人の影。
そう。円卓に座ることが出来ているという事は、彼らもまた英雄の一席。キャメロン王国が誇る七雄騎将に連なる人物という事の証明である。
そしてスレイドら三名を上位と呼ぶのなら、彼ら二人は――――
「ふん。これだから、下位の奴らは責任感が足りんのだ」
「ちょっと、バイツさんに言われたら何も言い返せないじゃないですかぁ」
七雄騎将。
七という数字を二つに分けるとするならば、それぞれ三名ずつ上下に分けられることとなる。上位と下位。このカテゴリーに位置づけられた者たちは、役割にも大きな違いが存在する。
だが、今重要なのはそこではない。
「……そういえば、どこだ」
バイツは口にする。
今まで、あえて出さなかった疑問を円卓上に吐き捨てる。
「どこって、何の話だい?」
「とぼけるな。決まっているだろう」
スレイドの言葉に苛立ちを隠すことなく、バイツは静かに指を差す。円卓を取り囲むように並べられた座席の中で唯一つ、空白となっていた席を。
「奴は――――天秤はどこにいる?」
その質問に答えたのは、円卓の中で唯一英雄でない者。
「ふふ。あの人でしたら一足先に動いてもらっていますよ」
エリーゼは笑う。今までの空っぽの笑みではなく、どこか素に近い微笑みを浮かべている。
その笑顔の意味を悟り、バイツは血の気が引いていく感覚を覚える。
「私のお願いを、叶えるために」
英雄が一人、鎖より解き放たれる。
☨
「少々お待ちください」
騎士は再び忠誠を誓う。
「このゴルドレ。全身全霊を以て王命を遂行いたします」
巨漢の騎士は王に跪き首を垂れる。
ベッドの上で横になる国王の傍らで、闇が蠢く。王宮に巣食う陰が意志を持ち、牙を剥く。
「欠陥だらけの英雄共に代わり、私が必ず」
王命という大義名分を以て、彼らは動き出す。
「罪人クルードを、御身の前に」
☨
「さーてと」
王国に渦巻く陰謀の中で、その影は不敵に笑う。
英雄としての責務を全うするため?
個人的な因縁を清算するため?
否。
「待ってろよォ、クソ坊主」
友の願いを叶えるために。王国の天秤が、裁きを下す。




