第3話 不良少女
「……いきますよ」
「よっしゃ来い」
互いに剣を握りしめ、相対する二対の騎士。
騎士と呼ぶにはまだ若すぎる二人ではあるが、その洗練された立ち姿は並の騎士と遜色ない佇まいであった。
もっとも、その手に握りしめられているのは殺傷能力の乏しい木製の剣なのだが。
「ハァッ!」
短く息を吐くと同時に、少女は鋭い動作で剣を突き立てる。
そこに込められた闘志は真剣さながらであり、下手をすれば相手を殺しかねないと錯覚するほどであった。
「ほっ」
だが、それは相対する人間が素人同然ならばの話である。
青年は軽く身を捻り、鋭い突きを難なく避けていく。未だその表情は余裕に満ちていた。
「まだまだ!」
少女はそんな青年の様子を気にすることなく続けざまに剣を振るう。縦横無尽、風を切り裂く速度で放たれる剣戟は徐々に青年を追い込んでいく。
しかし少女は気付いていた。未だ青年には余裕が残っているという事を。
そして、直後にその予想は正しかったと認識する。
「やるなぁ! そんじゃお返しに――――」
瞬間、青年が握りしめていた剣が勢いよく突き出される。少女は慌てて上体を逸らし、剣先から逃れようとした。
しかし。
「はい、捕まえた」
「つッ!?」
少女が握っていた剣の柄の上から青年の手が覆い被さる。
やってしまった。少女は自らの失態を察する。
攻撃から避けることに意識を移したことで、攻撃の手を止めてしまった。その隙を相手が見逃すはずもなく、剣はがっちりと動きを封じられてしまう。
そして。
「……参りました」
喉元に当てられた刃の感触を覚えながら、少女は静かに降参の意志を示す。
「流石! お見事! あっぱれでございます!」
「ああ~! イリスさん惜しい!」
試合が終わると同時に、傍で観戦していた二人が声を上げる。
片方は青年の称賛、もう片方は少女への激励。それぞれの言葉を受け止めながら、青年と少女は言葉を交わす。
「あそこで動きを止めたのが良くなかったな」
「そうですね。もっと距離を取るべきでした」
真剣な表情で問題点を語り合う二人。試合を試合のままで終わらせず、鍛錬を最大限有意義なものにするために、彼らはいつもこうして話し合う。
強くなることに貪欲な者たちは、そのようにして研鑽を積んでいくのだ。
「まぁ作戦が成功して良かったぜ。意外と危なかったからな」
「……結構余裕ありそうでしたけど?」
青年が発した言葉の内容に、少女は怪訝に首を傾げる。
追い詰めているように見えて、実のところそこまで有利だった訳ではない。意図的に誘い込まれているような、言葉にしがたい違和感が存在していたのも事実である。
とは言え、この先輩はどれだけ問い詰めてもその事実を認めようとはしないだろうが。
「それで? まだ時間あるけどどうする?」
「もちろん挑戦しま――――」
少女が貪欲に、再び試合を挑もうとしたその時。
「今の見たか?」
「あぁ、ヤバいな」
ヒソヒソ
遠くの方から風に乗って、何やら小さな話し声が聞こえてきた。その声に、少女は無意識に聞き耳を立てる。
「うちの首席様があんな簡単にやられるなんてな」
「そりゃお前、天下の七雄騎将だぜ? この前の試合見たろ?」
「私ファンなんだよね~! サイン貰ってこようかな」
ピクッ
少女の耳が小刻みに動き、周囲の音を拾い集めようと羽ばたき始める。
「お、おいイリス?」
目の前の先輩からかけられる言葉を無視して、少女は噂話に耳を傾ける。悔しいような、誇らしいような。複雑な感情が胸の内を支配しながらも、聞き耳を立てることを止められずにいた。
「サイン~?」
そして。
「やめとけやめとけ!」
自分たちの置かれている現状を、再認識することになる。
「あの四人組が何て呼ばれてるか知ってるだろ?」
「そりゃあ……まぁ、な」
「でも、そんな風には見えないわよ?」
ヒソヒソヒソ
「馬鹿野郎! そうやって油断させて、取って喰うつもりなんだよ!」
ピクピクッ
「クルード先輩なんて、今までどれだけの事件を巻き起こしてきたか俺は先輩に色々聞いてきた! 不良英雄とか呼ばれてるあの人に目を付けられたら、俺たちの学生生活は終わりだぜ?」
「……ゴクリ」
「それだけじゃない。さらにもう一人、やベェ奴がいるんだよ」
好き放題言いたいことを口にする生徒たちに、少女は青筋を浮かべながら拳を握りしめる。
怒り心頭なその姿を見て、他の三人は生唾を呑み込んだ。何故だか知らないが、今の彼女は大変ご立腹らしい。
だが、次に生徒が放った一言で、少女の怒りは大爆発を遂げることになる。
「うちの首席様なんて、入学して早々先輩を退学まで追い込んだらしい」
「あ、俺も知ってる! 泣いて許しを請う先輩を、悪魔みたいな顔で見下してたとか」
「綺麗な白髪が返り血に染まった姿から、付けられた呼び名が――――」
生徒たちは声を揃えて言い放つ。
「鮮血のイリス!」
その言葉を聞いた瞬間、少女は天を仰ぐ。そして力いっぱい息を吸い込むと、声を大にして叫んだ。
「…………ちがぁぁぁぁぁうッ!」
クルードが御前試合にて鮮烈な闘いを繰り広げたあの日から、数週間の時が流れた。キャバリス学院に新入生が入学してから早二ヶ月。
少女、鮮血のイリスは思いっきりスタートダッシュを失敗していた。
☨
「いきなり叫び出したと思ったら、そういう事だったんですね」
「だって酷くない!?」
衣の擦れる音が静かに響く部屋の中で、イリスの大きな声が響き渡る。今は二人しかいない更衣室の中で、カミュはイリスの愚痴を聞いていたのだ。
「確かに酷いですけど、まぁ不良扱いされるのは仕方ないですよ」
「そんなぁ……」
「以前、四人で学院の外に飛び出した時に多くの生徒に見られてたらしいですから。……ていうか、巻き込まれた私も不良扱いされてるのは何でなんでしょうか!?」
「ご、ごめんね?」
その件に関しては申し開きも無い。イリスはただひたすらに頭を下げ続けるしかないのだった。
余談ではあるが、お詫びとして甘いものを沢山カミュに奢った結果、イリスの財布が底をつきかけたのはまた別のお話。
「もう~、仕方ありませんね」
「ありがとう! カミュ大好き!」
「きゃっ! ちょっとやめ、くすぐった……ッ」
二人にとってこのような戯れは日常茶飯事である。女性だけの花園では今日もまた、にぎやかな笑い声が響き渡っていた。
と、その時。ガラガラと扉を開けて一人の女性が花園に足を踏み入れる。
「こら~、不良少女たち。乳繰り合うのはそこまでにしときなさい」
「あ、エルマーナ先生!」
突然の来客にイリスは驚きに声を上げる。
保健室のエルマーナが、珍しく更衣室に足を運んでいる。その不可思議な状況に、カミュは静かに疑問を口にする。
「こんにちはエルマーナ先生っ! どうされました?」
「悪いんだけど、二人共ちょっと顔貸してくれる?」
唐突に投げかけられた提案に、二人は顔を見合わせる。
「別にいいですけど、急ぎの用ですか?」
「急ぎって言うか……ちょっとアタシも戸惑ってるのよね」
そして、エルマーナは困惑した様子で口を開く。
「王立騎士団の人が、二人に話を聴きたいって」




