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第27話 話さなきゃ伝わらない

 私は別に、騎士になりたいなんて思っていなかった。


 身寄りのない私を拾い、気まぐれで剣を学ばせようと思った。村の人にとっては、ただそれだけのことだったのだろう。

 しかし運命は皮肉なことに、何も持たない私に一つの贈り物を授けた。

 ソレはあまりにも巨大で、眩くて、私はその重さにいつも潰されそうになる。


 周りからの好奇の目と憎しみの感情を向けられ、私は自分の存在意義が分からなくなった。

 他人が羨むソレを、私は誰よりも嫌悪していた。


 誰かに否定してほしい。

 この変わることの無い運命の螺旋から、誰か私を解放してほしい。

 そんな風に願い続けた私の前に、神様は再び残酷な贈り物を授けてきた。

 運命に翻弄される私に、ついに凶刃が牙を剥いたその時。


 彼は、突然私の前に現れたんだ。


 ☨  ☨  ☨


 鐘の音が鳴り響き、校舎全体に授業の終わりを告げる。ガヤガヤと騒ぎながら、帰り支度を整えてる生徒たち。

 御前試合の話題も、今は少しずつ落ち着きを取り戻しつつあった。

 あれから、クルードは一度も登校していないらしい。


「やっぱ逃げたんじゃね?」

「まぁ、当然だよな」


 そんな好き勝手なことを口にする連中の姿を見ても、以前のような怒りは湧いてこない。

 あるのはただ一つ、どうしようもなくやるせない気持ちだけ。


「イリスさん」


 私の隣から、可憐な声が耳をくすぐる。


「大丈夫ですか?」

「……何が?」

「あれからずっと、顔色が悪いですよ」

「…………気のせいよ」


 気のせいなものか。

 私の心の中で渦巻く、複雑な感情の奔流。

 その勢いは、日を追うごとに少しずつ増していく。

 でも、一体私に何が出来るというのだろう。


 恐らく、彼が最も嫌いな人種であろう、私に。


「……帰りましょっか?」

「…………そうね」


 そうして私は、今日も自分の気持ちに蓋をする。

 いつからか、言いたいことを口にしなくなった。

 また、不必要に誰かを傷つけてしまう事を恐れて。



 聖キャバリス学院には、学生寮というものが存在する。

 地方から入学した生徒や、親元から離れて生活したい生徒たちは、この寮で生活を共にするのだ。

 そしてカミュとイリスもまた、同じ寮で過ごす仲間であった。


「それで、私ったら今日の授業中――――」


 帰り道、カミュは私に気を使ってか色々な話をしてくれた。

 いつも通りの日常。

 私も同じように話を繰り広げ、笑い合いながら帰っていく。そんないつもの光景。

 なのに、私は頭の中で違うことを考えていた。


 このまま、あの人が学校に来なくなって。

 御前試合にも来ない。もしくは、出場はするものの噂どおりの結果になってしまうとして。

 どちらにせよ、私と彼の関係はそこで終わり。

 特に大した話もせず、一度出かけただけの普通の先輩と後輩の間柄。

 それ以降二度と会うことも無く、私は学院の一生徒として騎士の道を歩んでいく。

 そんな、ありきたりな人生。


 それで、本当に良かったのかと。

 微かな後悔を胸に秘めながら、私はいつも通りカミュと笑い合いながら学院生活を送り続け――――


「イリスさん」

「はっ!?」


 気がつけば、カミュは会話を止めて私の顔を覗き込んでいた。

 その表情は優しくも、どこか儚げに微笑んでいる。


「ご、ごめん! ちょっとボーっとしてて……」


 謝罪の言葉を口にしながら、私は申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになる。

 せっかくカミュという友人が近くにいるのに、私はずっと自分のことばかり。

 考え事にうつつを抜かし、カミュに心配をかけることなどあってはならないというのに。


「えーっと、それで何だっけ? 授業中にカミュが社交ダンスを踊らされた話だっけ? あれは見てて面白かったわよ! エレガス先生の表情ときたら、何とも言えないかん――――」

「イリスさん」


 私の言葉を遮って、カミュは静かに私の名前を呼んだ。

 こちらじっと見つめるカミュの真剣な視線に、私は喉を詰まらせる。

 怒らせてしまったか。

 しかしカミュは私の不安とは裏腹に、優し気な笑みを浮かべながらゆっくりと口を開いた。

 

「心配なんですよね?」

「……え?」

「クルード先輩のこと。本当は会いに行きたいんでしょう?」

「な、なんで」

「友達ですから」


 ふふんと胸を張りながら誇らしげな笑みを浮かべるカミュ。

 私は、カミュが口にした言葉をゆっくり嚙み締める。


「ともだち……」

「はい! え、も、もしかしてそう思ってるのは私だけでしたか……?」

「違う違う! そうじゃなくて!」


 カミュが不安げに呟いた言葉に対し、私は激しく首を振りながら否定する。


「今まで、友達なんていなかったから」

「え、そうなんですか!?」

「そうよ」


 でも、私には正直それがどういう存在なのか分からなかった。

 村にいた頃だって、私に親し気に話しかけてくる人は誰もいなかったのだから。

 だから、初めてカミュが話しかけてくれた時、私は心の中で驚いていた。

 あぁ、こんな人もいるんだって。


「友達は、カミュが初めてだよ」

「………………や」

「や?」


 何やら身体を震わせ小さく呟いたカミュに対し、私は心配になりながら顔を覗き込もうとした。

 そして。


「やったああああああああああ!」


 カミュは満面の笑みと共に、大声で快哉かいさいを叫んだ。


「じゃあ、私が友達一号ってことですよね!?」

「え、えぇ」

「ふふん。やりました」


 そう言ってカミュは、再び誇らしそうな表情を浮かべた。


「……フフッ」

「あ、今笑いましたね!」

「いやだって、変なんだもの。そんなに喜ぶこと?」

「嬉しいですよ! だって、初めてイリスさんの口から、イリスさんのことを知れたような気がしたから」


 その時、カミュの発言で私はようやく気が付いた。

 出会ってからこれまで、お互いに様々な一面を見せ合ってきた。

 だが、自分の口から何かを伝えたことがあっただろうか。私は今、こう思っていると言葉にしたことはあっただろうか。


「やっぱり、話さないと伝わらないですよね!」


 この娘はきっと、優しい子なんだ。

 私が何か悩んでいても直接聞いてこない。それでもずっとそばにいて、誰よりも人のことを見てる。

 カミュと言う少女は、そういうことが出来る女の子だ。


「イリスさん?」

「カミュッ!」

「ひゃ、ひゃい!?」

「ありがとう」


 カミュが傍にいてくれて、本当に幸運だ。


「私、あなたが初めての友達でよかった」


 だから私は、自分の気持ちをしっかりと口にしなければならない。

 察してくれるからと、いつまでも甘えていちゃダメだ。

 私は友達として、カミュと対等に接したい。


「カミュ。お願いがあるの」

「……うふふ、今日は初めてがいっぱいですね。何でも私に任せてください!」


 ぐだぐだ考えるのは止めにしよう。一人で解決するのが難しいなら、誰かの助けを借りてでも。

 何故なら。


「私は――――」


 話さなきゃ、伝わらないのだから。

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