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第16話 トラウマ

「ほら、剣を抜け」

「……ちょっと待てよ。一回落ち着いて話し合おうぜ?」

「だから話し合おうとしてるだろ? 剣による――――語り合いをよ!」


 もはや俺の言葉に聞く耳を持たないガレッソ。

 剣を握りながら悠然と佇むその姿が、一瞬にして加速する。

 そして。


「むんッ!」

「ちょっ!?」


 無慈悲に振るわれる剛腕から放たれる一撃。

 俺は咄嗟に上半身をのけぞらせ、なんとかその攻撃をかわす。

 瞬間、目の前を通り過ぎる剣先。次いで耳に届く、風を切り裂く轟音。

 このジジイ、本気で頭を狙ってきやがった!?


「ガハハ、お前ならこんくらい躱すよなぁ」


 まるで当然と言わんばかりに、笑みを浮かべるガレッソ。

 冗談じゃない。こんな茶番に付き合ってられるか。

 俺は両手を挙げて、降参の意を示す。


「わかった。俺のま――――」


 負け。

 そう言い放つ前に、言葉を遮らんが如く再び剛腕が振るわれる。

 

「ッ!」


 俺は大きく飛び退き、余裕を持ってガレッソと距離を取った。

 あの剣に少しでも触れたら、吹き飛ばされてすぐさま終わりだ。

 しかもこのジジイ、さっきから執拗に頭を狙ってきてやがる。


「ガハハ。剣を抜かねえと、何も出来ずに終わっちまうぞ?」


 剣をだらりと下ろしながら、ガレッソは挑発的な笑みを浮かべている。

 ガレッソの魂胆は丸わかりだ。

 俺に剣を抜かせて、本格的な決闘に持ち込もうとしているのだろう。

 このままでは一方的な暴力でしかないと、ガレッソも理解している。


「……ふざけやがって」


 だからこのジジイは、執拗に頭部だけしか狙わない。

 俺が剣を取るのを待っているからだ。


「上等だ」


 このままじゃ埒が明かない。

 ガレッソの策に乗るのは癪だが、やられっぱなしも性に合わない。

 故に、俺が取るべき選択は唯一つ。


 俺は静かに、剣の柄に手を伸ばした。


『君は――――七雄騎将に相応しくない』


 瞬間、こみ上げる記憶の嵐。


『この学院の恥さらしが!』

『引っ込め偽物!』

『何が英雄だ! お前なんかがその舞台に上がる資格は無い!』

『失せろ!』

『消えろ!』

鍍金メッキだらけの凡人のくせに、俺たちを騙したな!』


「ォエ」


 胸の奥からこみ上げる不快な感覚に、思わず口を抑える。

 心臓が不自然に鼓動する。

 激しい動悸と目眩が全身を襲い、たまらず俺は地面に膝をついた。

 その隙を、ガレッソは見逃さない。


「……終いだ」


 瞬間、眼前に突きつけられる剣先。

 勝負あり。

 俺は騎士として、剣士として立ち向かう事すら出来なかった。


「想像よりも、トラウマは重いな」


 憐れみと同情が込められた言葉に、俺は顔を伏せる。

 ついにこの人にも失望されたか。

 醜態をさらすまいと、これまで必死に取り繕ってきた。

 その鍍金が剥がれ、出てきたのがこれだ。


「……だから言ったろ?」


 醜悪な劣等感の塊。

 それが七雄騎将、クルードの本性である。


 もはや声も発さない。

 視線を未だ下を向いたまま。

 この真実を知って、この人はどんな言葉をかけてくるだろう。

 侮辱か、憐憫か、失望か。

 俺が頭の中で様々な選択肢を数えていると、頭上からガレッソの声が降り注いだ。


「実はな、俺も昔は落ちこぼれだったんだ」

「……………………は?」


 ガレッソが放った言葉は、想像の斜め上をいくものであった。

 こちらに対して気遣うような声色ではなく、恥ずかしい黒歴史を暴露するような声で。

 恥ずかしそうに笑いながら、ガレッソは頭をかいた。


「何やってもうまくいかず、努力しても強くなれない――――懐かしいなぁ。俺もそんな時があった」

「……なんだって?」


 それは耳を疑うような内容であった。

 名を聞けば犯罪者たちも震え上がる、聖キャバリス学院の守護者と恐れられているあのガレッソが?

 まさかの遅咲きの天才だったなんて、一体誰が想像できるだろうか。


「ま、俺は他国出身だからな。キャメロン王国でこの事を知ってる奴なんて、ほとんどいないだろうよ」

「なんでまた……、そんな大事な秘密を」

「決まってんだろ?」


 至極当然の様に浮かび上がってきた俺の疑問に、ガレッソもまた当然のように言葉を返す。


「生徒だけに秘密をさらけ出させるなんて、漢じゃねえ」


 そう言って、ガレッソは豪快に歯を見せながら笑う。

 その表情に、何故だか心の底から安堵がこみ上げてくる。

 いや、理由は分かってる。

 失望されなかった。その事実が、とても嬉しかったのだ。


「とはいえ、だ」


 ガレッソは唐突に、再び神妙な表情を浮かべる。


「お前のトラウマは、俺が手助けしてどうこう出来るもんじゃない。乗り越えるのはルー坊、お前自身だ」

「俺が、乗り越える」

「そのとーり」


 しかし、そんなことが出来るのだろうか。

 かれこれ数ヶ月、まともに剣を握ることすら出来ない俺に。


「と、いうわけで。まずは気分転換だな」

「は?」

「明日は休日だろ?」

「そりゃ、まぁ」

「そしたら良いモノをやろう。ほれ」


 そう言ってガレッソは、懐から一枚の小奇麗なチケットを取り出した。


「……これは?」

「街でやってる演劇のチケットだよ」

「……一人で見に行けってか?」

「安心しろ。ペアチケットだ」


 なんで独身のおっさんがペアチケットを持ってんだよ。

 そうツッコみたくなる衝動を必死に抑え、俺は恐る恐るチケットを受け取った。

 まぁ、たまには演劇を見に行くのも悪くないだろう。

 そう思いながら、俺はふとチケットの裏を覗き込んだ。


「そうそう、言い忘れていた。その演劇だがな――――」


 チケットの裏には、演劇の題目が記されている。

 そこにはこう書かれていた。


【英雄ラブロマンス活劇~おてんば姫と仏頂面の騎士~】


「男女のペア限定だから。誰か女性を誘って行けよ」

「……………………は?」

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