第十一章 第二話 喧嘩と墓場の兵士長
会話文から始まっていますが、前回の作戦会議が終わった直後の話です。
今回のワード解説
慣性力……慣性系に対して加速度運動をしている座標系の中で、物体の運動に現れる見かけ上の力。例えば、カーブを曲がる車の中にいる人を外側に傾けさせる力など。慣性抵抗。
粘性力……液体や気体の流れでは、流速の分布が一様でない場合、速度差をならして一様にしようとする性質が現れる。これを流体の粘性という。一般に水や空気のようなさらさらした流体は粘性が小さく、ひまし油やグリセリンのような液体は粘性が大きい。
液状化現象……ゆるく堆積した砂の地盤に強い地震動が加わると、地層自体が液体状になる現象のこと。
「エミちょっと待ってくれ」
部屋を出て行こうとしたエミに後ろから声をかける。
「うん?何?」
「話がある。場所を変えてもいいか?」
「別にいいけど」
彼女の了承を得て、俺は部屋を出ると階段を上り、城のテラスに向かう。
外に出ると風が吹き、髪が靡く。
「気持ちいい風ね。それで、話って何なの?」
「昨日父さんが言っただろう。エミに爵位を授けるって」
「うん、あたしもビックリしちゃった。まさか貴族にしてくれるなんて」
「でさ、エミは俺を戦闘に参加させたら前向きに考えるって言っただろう。あの言葉で俺は助かったけど、今の気持ちはどうなのかなって思って」
俺の質問に、エミは右手を顎に乗せて考える素振りをみせる。
「デーヴィッド的にはどうなの?あたしが貴族になったら嬉しい?」
質問を質問で返され、今度は俺が考える番となる。
これはエミの人生だ。
彼女の思うままに選んでほしい。
それが正直な気持ちだ。
もし、彼女が貴族になれば、俺が王位を継承することになったとしても、繋がりは維持できる。
だけど彼女は本来この世界の住人ではない。
神により異世界から転送された。
運命のいたずらがなければ出会うことすらない存在だ。
それぞれの世界が存在している以上は、本来の形に戻すべき。
「俺は断ってほしいな」
「どうしてそう思うの?」
「だって、エミは本来この世界の人間ではなくって、帰るべき場所がある。それなのに、この世界で足枷を作るようなことをしたら、帰りたくともできないかもしれないじゃないか」
「もし、あたしが元の世界に帰らなくてもいいって言ったら?」
「エミの気持ちは尊重するけど、俺からしたら帰ってほしい」
「そう」
俺の言葉に、エミは顔を俯かせると表情を暗くする。
そしてすぐに顔を上げると、歯を食い縛りながら俺を睨みつけた。
「そんなにあたしが邪魔なわけ!」
「そうは言っていない。エミにも家族がいる、きっと今も心配しているはず。だからこの世界に留まらないように勧めているだけだ!」
「それでもあたしはこの世界にいたいと思っているわよ!短いけど、この世界に来て大事なものがたくさんできた。それらをほっといて、今さら元の世界に帰る気にはならないわ!」
「大事なものって家族よりも大切なのかよ!」
「そうよ!」
エミの言葉に衝撃を受け、俺は一時的に言葉を失う。
「かってにしろ。俺は絶対にお前を元の世界に返すからな」
「デーヴィッドなんか大嫌い!あたしの気持ちも知らないで!」
やっと出た言葉を吐き捨てるように言うと、エミは罵声を浴びせて城の中に入っていく。
「なんで、エミはそんなにこの世界にいたいんだよ」
エミは既にこの世界に繋ぎ止められた鎖が存在している。
彼女が大事にしているものが何なのかはわからないが、それがなくならない限り、仮に元の世界に帰る方法が見つかったとしても帰らないだろう。
「クソッ、喧嘩するために呼んだはずじゃないのに」
俺は城の壁を叩き、苛立ちをぶつける。
扉を開けて中に入ると、目の前にカレンがいた。
「デーヴィッド何かあったの?今エミがもの凄い勢いで飛び出したけど」
カレンに尋ねられ、俺は先ほどまでのできごとを語る。
「呆れた。デーヴィッドがそれほどまで鈍感でバカだとは思わなかったわ」
「鈍感はともかくバカではない。バカなら魔学者にはなれなかった」
「そういうところがバカなのよ。理論ではなく感情論に問題があるの!いい、優しいっていうのはとても人として素晴らしいことだけど、ときには諸刃の剣になってしまう性格なのよ」
まさかカレンにバカだと言われる日が来るとは思わなかった。
「デーヴィッドの優しさが、逆にエミの心を傷つけてしまったのよ」
「じゃあ、俺がエミを元の世界に返してあげたいと思うのは悪いことなのかよ」
「悪いことではないわ。でも、もっと彼女の気持ちに寄り添ってあげるべきよ。どうしてこの世界に留まっていたいのかを、デーヴィッドは知らなければならないわ」
「それを知るにはどうなのすればいい?」
「それは自分で考えなさい。私が教えてあげたら、デーヴィッドのためにはならないから」
カレンはこの問題に対する回答を知っているようだ。
だけどそれを教えてはくれない。
難しい宿題を出されて俺は悩んだ。
「時間はかかるかもしれないけど、魔物が襲撃する日が訪れるまでには、仲直りしておきなさいよ。でないと勝つこともできないわよ」
「善処するよ」
「善処の意味を勘違いしていないでしょうね」
「わかった。訂正する。努力するよ」
善処するとは、本来ものごとの状況に応じて適切の処理をすること、その場に適した正しい対処をするという意味だ。
ビジネスシーンでは、何とか頑張ってみるという意味で使われるために、誤解している人が多い。
まさかカレンがこの言葉の本当の意味を知っているとは思わなかったので、誤魔化すために使ったが、見破られてしまった。
俺は逃げるようにしてその場から離れると、地下に通じる階段を見つけ、興味本位で降りることにする。
階段を下りると長い廊下を歩き、そして扉を見つける。
扉を開けると目の前に広がる光景を疑った。
城の地下にたくさんの墓が置かれていたのだ。
「どうして城の地下に墓が?」
異常な光景に鼓動が激しくなる中、俺は墓地を歩く。
すると、一人の女性がとある墓の前に立っていた。
腰まであるスカイブルーの髪は母さんだ。
手にはバスケットを持っている。
「母さん、これはいったい?」
「デーヴィッド、ついにここを見つけてしまったのね。ここは城のために尽くした兵士を埋葬する場所なのよ。このお墓は兵士長なの、彼はお父さんのたった一人の古い親友だったわ。盗賊との戦いで命を落としたの。でも、国のために尽くしてくれたわ。この人のお陰で、今の私たちがいるといっても過言ではないわね」
墓に眠る人物のことを教えてくれると、母さんはバスケットからトマトを取り出し、墓に供えた。
「あの人が大好きだったトマトなの。きっと喜んでくれるわ」
母さんが手を合わせたので、俺もそれに倣って墓の前で手を合わせる。
どうか安らかに眠ってください。
「はい、これはデーヴィッドに上げるわ」
手に持っていたバスケットを母さんは手渡す。
「たくさんあるからカレンちゃんたちにも、おすそ分けしてきて」
「わかった。ありがとう母さん」
母さんに礼を言い、俺は墓地を出て一階に向かう。
階段を上り切ったところで、ゾム兵士長とばったり出くわした。
「これはデーヴィッド王子こんなところで出くわすとは思っていませんでしたぞ」
「地下への階段を見つけたから気になって」
「あそこは墓しかなかったでしょう」
「まぁ、そうだね」
俺はゾム兵士長にも分けてやろうと思い、バスケットの中からトマトを取り出して彼に渡そうとする。
「ゾム兵士長、トマト好きだろう。上げるよ」
「いえ、いえ、いえ、な、何を言っているのですか。私はトマトが嫌いって言っていたじゃないですか!」
そう言えばそうだった。
母さんから墓に眠る兵士長の話を聞いたからか、頭の中の情報がごちゃ混ぜになったようだ。
「そうだったな。ごめん、逆に覚えていたようだ」
俺は彼に謝り、カレンたちを探しに城中を歩き回った。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。
また明日も投稿予定なので、楽しみにしていただけたら幸いです。




