第九章 第三話 アリスプレゼン、仲直り大作戦
今回のワード解説
読む必要がない人は飛ばして本文のほうを呼んでください。
塵旋風……つむじ風のこと。
クラスター……数えられる程度の複数の原子・分子が集まってできる集合体。個数一〇~一〇〇のものはマイクロクラスターと呼ばれ,特殊な原子のふるまいが見られる。
迷走神経……12対ある脳神経の一つであり、第X脳神経とも呼ばれる。副交感神経の代表的な神経 。複雑な走行を示し、 頸部と胸部内臓 、さらには腹部内臓にまで分布する。脳神経中最大の分布領域を持ち、主として副交感神経繊維からなるが、 交感神経とも拮抗し、 声帯 、心臓 、胃腸 、消化腺の運動、分泌 を支配する。多数に枝分れしてきわめて複雑な経路を示すのでこの名がある 。延髄 における迷走神経の起始部。迷走神経背側核、 疑核 、 孤束核を含む。迷走神経は脳神経の中で唯一 腹部にまで到達する神経である。
次の日の朝、部屋から出るとエミが俺の前を横切った。
「エミ、おはよう」
「おはよう」
挨拶を返してくれたが、声のトーンがいつもと違う。
元気がないのに、むりやり声を出したみたいな感じだった。
「あのさ、昨日のことなんだけど」
続けて昨日のことを謝ろうとしたが、まるで俺の声が聞こえていないみたいに無視され、彼女は一階に降りて行く。
予想以上に怒っているみたいだ。
これは早急にどうにかしないと、今後の生活に影響するだろう。
俺たちのマイルールとして、起床後の朝食は全員で食べることになっている。
全員が揃わないとお預けになるので、体調不良以外では必ず行かなければならない。
とにかく朝食の時間が、エミに謝る最初で最後のチャンスだと思うべきだ。
意を決し、俺は食堂に向かう。
どうやら俺が最後だったようで、皆は先に来ていた。
「あ、やっときたわね」
「もう、遅いですよ。デーヴィッドお兄ちゃん」
さ、最悪だ。
皆が座っている位置を見た瞬間、俺はどうするべきか迷う。
エミの前が空いていたのだ。
普通に考えれば、正面にいるので一番話かけやすい場所ではある。
だけど、正面とは、心理学的には敵対を意味するのだ。
そして斜め前は友好を意味する。
流石に考えすぎだと思うがもし、彼女が意図的にわざと座っていたとすれば、精神的にくるものがある。
そんなわけがない。きっと考えすぎだ。
そう自身に言い聞かせ、俺の席に座る。
「ごめん。遅くなったな。お、今日の朝食はパンにコーンスープか。出来立てで美味しそうだな。なぁ、エミ」
もう一度エミに声をかけてみるも、彼女はぶっきらぼうに「そうね」といい、顔を横に向ける。
「それじゃあ、全員揃ったことだし食べようじゃないか。あたいはお腹がすいて待ちきれなかったからな」
ライリーが朝食を始めるように促す。
「そうだな。食べようか」
全員でいただきますといい、俺はパンを握ると齧りつく。
口を動かしながら、エミに話しかけるタイミングを窺っていたが、彼女は横にいるアリスと話しているので、その時が訪れない。
結局、全員が食べ終わるまでの間、一言も声をかけられなかった。
全員でごちそう様と言い、俺は肩を落として立ち上がると、自分の部屋に向かう。
「デーヴィッドお兄ちゃん」
廊下を歩いていると、後ろからアリスが声をかけてきた。
「アリス、俺に何か用か?」
「あのう、エミお姉ちゃんと何かあったのですか?チラチラと見ていたし、エミお姉ちゃんの態度も変だったので」
どうやら俺たちの関係性が変わりつつあることに気づいたようだ。
こんな小さな子にまで心配させられるとは。
「心配かけてごめん。ちょっとエミと仲違いしてしまって。俺は謝りたいのだけどエミが話を聞こうとしてくれなくてさ。今日中には仲直りをするから心配しないで」
「そうだったのですね。エミお姉ちゃん少し強情なところがありますし……そうだ!わたしに任せてください。きっときっかけを作ってみます。デーヴィッドお兄ちゃんは、見晴らしの丘で待っていてください」
自分に任せろと言い、アリスは自身の胸を叩く。
何か考えがあるのだろう。
迷惑をかけて申し訳ない気持ちになるが、ここは彼女を信じて託してみることにする。
「ああ、お願いするよ」
その場でアリスと分かれると、俺は街から離れた見晴らしの丘に向かう。
見晴らしの丘はその名の通り高い場所にあり、遠くを眺めることができる。
上りはきついが、頂上から見える花畑の景色は格別で、今日のように晴れている日は、綺麗に咲く花を眺めることができる。
頂上まで登りきると、そこから見える風景を堪能した。
噂どおりに綺麗な花が咲き誇り、見ていると心が安らぐ。
風景を楽しんでいると、後方に足音が聞こえて振り返る。
「ちょ、ちょっと。何であなたがここにいるのよ」
「アリスがここに行くように言われて」
「あたしは、アリスちゃんが欲しいものがあるから取ってきてほしいと頼まれて」
「そうなのか?」
俺を見るなり、エミは逃げ出そうとする素振りを見せない。
彼女はアリス思いだから、目的を達成するまでは逃げ出したくとも、ここから離れられないのだろう。
「何を取りに来たんだ?」
「カモミール」
「何それ?」
聞いたことのない単語が耳に入り、俺は思わず聞き返す。
「花の名前よ。ハーブティーにも使われているぐらい香りのいい花ね。因みに探しているのはローマンカモミールであって、ジャーマンカモミールではないから」
律儀にエミが説明してくれるが、花に詳しくない俺は、名前を聞かされたぐらいではその違いがわからない。
「どんな花なんだ?」
「白いデイジーのような小花を咲かせているわ。踏まれても枯れないのが特徴ね」
「白いデイジー?」
「真ん中が黄色で、白い花びらがたくさんある花をイメージすればわかるかしら?」
「ああ、それならわかる。せっかくだし探すのを手伝うよ」
「別に手伝わなくていいわ。すぐに見つかるから」
俺の申し出を断ると、エミは視線を地面に向けて周囲を探す。
断られた以上、引き下がるしかない。
むりに手伝おうとして、彼女の機嫌を損ねたらさらに仲直りが遠のく。
エミが花の捜索を始めてそれなりの時間が経った。
どうやらすぐに見つかるといっておきながら、探しきれていないようだ。
地面に視線を向けると、先ほどエミが説明してくれた特徴のある花が視界に入った。
なんだ、直ぐに見つかるじゃないか。
足元の花を摘み、エミに見せる。
「これじゃないか?」
見つけた花を見せると、エミは顔を近づける。
「残念だけど、これはジャーマンカモミール。あたしが探しているのはローマンカモミールよ」
どうやら俺が見つけた花は別物のようだ。
「ジャーマンカモミールは花にしか香りがないのよ。ローマンカモミールは花だけではなく、葉にも芳香があるの」
説明を聞き、俺はジャーマンカモミールに鼻を近づける。
普段から花の香りを嗅ぐ機会はなかった俺は、花全体から匂いがしているように感じられ、違いがわからない。
「可笑しいなぁ?そんなに珍しい花ではないはずなのに」
「臭い以外で、他に違いを見分ける方法はないのか?」
「ローマンカモミールは草丈が二十五センチに満たないけど、ジャーマンカモミールは五十センチぐらいまで大きくなるから、それで見分けるのもひとつの手ね。でも、成長途中のものだったら、やっぱり匂いで見分けないと」
「前途多難だな」
小さい花を見つけてエミに嗅ぎ分けてもらう方針に変え、俺もローマンカモミール探しに協力する。
どれくらい時間が経ったのかはわからないが、今のところは一本も見つからない。
似たようなノンフラワーカモミールやダイヤーズカモミール、それにジャーマンカモミールは発見するも、肝心なローマンカモミールは影も形もなかった。
捜索に疲れてきた頃、リンゴのような香りが漂う。
匂いのするほうに顔を向けると、どうして今まで見つけられなかったのかが不思議なぐらいの密集地を発見する。
少し遠いが、大きさからしてローマンカモミールの可能性は高い。
確認しようとして近づくと、花畑の一部から動いたように見えた。
眼精疲労により、見間違いが生じたのだろうか?
瞬きをしてもう一度花畑をみる。
やっぱり動いていた。
「なぁ、ローマンカモミールは動きだしたりとかするのか?」
「そんなわけがないでしょう。こんなときにふざけないでよ」
「それじゃあ、俺たちに接近しているあれは何だ?」
「何って…………え?」
俺が指を差したほうにエミが視線を向けると、固まったかのように動かなくなる。
花は俺たちの一メートル手前に来るとその場に停止。
花の隙間から太い肢体と首が出ると、動いた花の正体が判明した。
地面にカモフラージュするグラウンドタートルだ。
全長一メートルの亀の形をした魔物で、外的から姿を隠すときや獲物を狩るときのために、甲羅に草花を生やしている。
花が動いたように感じたのは、魔物が移動したからそのように見えてしまったのだ。
グラウンドタートルはこの大陸に住む魔物、つまりレイラの配下だ。
口を開け、今にも噛みつこうと威嚇している。
「魔王レイラから人間を襲うことを禁止されているだろう」
俺はレイラの名前を出して様子をみる。
威嚇行動を止めれば話し合う機会を設けられる。
止めないで攻撃したときは……。
二パターンを考えていると、グラウンドタートルは距離を詰めて噛みつこうとしてきた。
後方に跳躍をして躱すと、やつはレイラのやり方に不満を感じ、反旗を翻した魔物と判断する。
「やられる前にやる。呪いを用いて我が契約せしケツァルコアトルに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。ダストデビル」
直射日光により、温められた地表面から上昇気流が発生し、周囲から強風が吹きこむ。
すると渦巻き状に回転が強まった塵旋風が誕生し、グラウンドタートルを飲み込むと空中に放り投げる。
亀は仰向けの状態で倒れ、起き上がることができないようで、手足はバタつかせていた。
グラウンドタートルは土属性の魔物、風魔法は与えるダメージが大きい。
「今がチャンス!呪いを用いて我が契約せしウンディーネとフラウに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。アイスソード」
空気中の酸素と水素が結合し、水分子のクラスターによって水が出現すると、剣の形を形成。
その後、水の気温が下がり、熱エネルギーが極端に低くなったことで氷へと変化すると、氷のレイピアが完成した。
この一突きで終わらせる。
丸出しのお腹に鋭い突きを放つ。
「何!」
剣先がグラウンドタートルに触れた瞬間、先端部分が砕けてしまった。
予想以上に固い。
次の一手を考えていると、亀はヘッドスピンをするダンサーのように回転を始める。
抉られた地面が飛び出し、砂が俺の顔にかかろうとした。
咄嗟に両腕で顔面を守り、目に砂が入らないようにする。
砂がかからなくなり、腕の隙間から前方を確認すると、敵の姿が見当たらない。
どこに消えた?
「デーヴィッド上よ!」
エミが上空にいることを告げ、顔を上げる。
その瞬間眩しく感じてしまい、直視ができない。
「しまった!」
真上には太陽がある。
グラウンドタートルは太陽を背にしているが、俺は直視する形となる。
一瞬だが硬直してしまったせいで回避が間に合わない。
ここは肉を切らせて骨を断つ。
「呪いを用いて我が契約せし知られざる負の生命の精霊に命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。ショック」
相手の攻撃を受ける覚悟でいると、エミが魔法を発動。
グラウンドタートルの迷走神経を活性化すると血管が広がり、心臓に戻る血流量が減少して心拍数が低下、これにより敵は失神状態に陥り、意識を失って地面に倒れる。
「ありがとう、助かった。でも、肉体に直接働きかける生命系の精霊ってずるいよな。どんな方法でも防ぎようがない」
「そう?あたしは多重契約者のほうがチートだと思うけど?」
また聞きなれない言葉をエミが口に出す。
おそらく別の世界の言葉なのだろう。
意識を失ったグラウンドタートルの背中から一本の花を摘み、エミに見せる。
「これは探していたローマンカモミールか?」
「そうね、これがそう」
花の匂いを嗅いたエミが、探していたものだと告げる。
「でも、潰れてしまったな」
俺がダストデビルでグラウンドタートルを吹き飛ばした際に仰向けで倒れた。
あの衝撃で花が潰れてしまったのだろう。
「街を出てけっこう時間が経っているし、そろそろ帰らないとアリスちゃんも心配するわ。潰れちゃったけど、持って帰りましょう」
グラウンドタートルの背からローマンカモミールを採取し、俺たちは宿屋に戻る。
宿屋が視界に入ってくると、宿屋の前にアリスが立っていた。
彼女は俺たちに気づくと小走りで近づく。
「おかえりなさい。どうでした?」
「ごめんね。せっかくみつけたけど、こんな風になっちゃった」
エミが握っていたローマンカモミールをアリスにみせる。
「わーあ、本当に見つかったのですね。とても珍しい花で、なかなか発見することができないのに」
「え?そうなの」
アリスの言葉に、エミは驚く。
彼女のいた世界では、ありふれた植物なのだろうか。
「ローマンカモミールはおまけで考えていたので、嬉しいです。大事にしますね」
「おまけって、これが欲しかったからエミにお願いしたんじゃないのか?」
「そんな訳ないですよ」
アリスに尋ねると、彼女は首を横に振る。
「もしかして、わたしの意図が伝わっていなかったのですか?ごめんなさい!回りくどい言い方をしてしまって」
突然アリスが謝罪して頭を下げる。
「頭を上げて、アリスちゃん。あなたが言いたいことはしっかりと伝わっているわ。花言葉でしょう」
エミがアリスに言葉をかけると、彼女は顔を上げて満面の笑みを向ける。
「花言葉?」
「はいなのです。カモミールの花言葉は仲直りなのです。エミお姉ちゃんとデーヴィッドお兄ちゃんが早く仲直りしてほしいと思ったから、お願いしたのですよ。二人きりの時間を作ってあげれば、仲直りするきっかけができると思ったので」
「ありがとうアリスちゃん」
お礼の言葉を述べ、エミはアリスを優しく抱きしめる。
急に抱きしめられ、最初は驚いた顔をしていたが、直ぐに笑みに変わる。
「はいなのです」
俺たち三人は宿屋に入るとそれぞれの部屋に帰った。
夜が更けるころ、俺は窓から外を見ていた。
そろそろ就寝しようと思っていると扉がノックされる。
「デーヴィッド、起きている?」
この声はエミだ。
こんな時間にいったい何のようだろうか。
「開いているから入って来ていいぞ」
部屋に入るように促すと、扉が開かれてエミが部屋に入って来る。
「あのさ、昨日の夜はごめん。あたしが変な勘違いをしたせいで、あなたにも迷惑をかけた」
「いや、元々は勘違いをさせるような言い回しをしてしまった俺が悪い」
「そうよね、全部デーヴィッドが悪い。あたしが恥ずかしい想いをしたのも、アリスちゃんに余計な心配をかけさせたのも、全てデーヴィッドのせい。これでいいのよ」
『そんなことはない。あたしのほうも悪かった』とそれぐらいは言うかと思ったが、まさかの掌返しだ。
だけど彼女の言うとおり、ことの発端は俺にある。
俺がもっと考えて、言葉を選ぶべきだったんだ。
「まぁ、それは冗談なんだけどね。あなたには迷惑をかけたと思っている。ごめんなさい」
エミが頭を下げて謝る。
「あなたがあたしの過去を知りたいと言ったとき、あたし自身の中で葛藤していたのよ。あたしという存在は、この世界そのものなのだから」
「それはどういう意味だ?」
彼女の言っている言葉の意味が理解できずに聞き返す。
「言葉の意味どおりよ。頭がいいのだからそれぐらい察しなさい」
「とは言ってもなぁ」
彼女の言葉の意味を考えようとすると、エミが顔を近づける。
「デーヴィッドはあたしの過去を聞いて、それすらも飲み込む覚悟と度量はあるの?」
「それは何とも言えない。きっとスケールの大きいことだというのは何となくわかる。だけど、話しを聞かない限りは答えを出せそうにない」
俺は視線を逸らし、思ったことを口に出す。
「わかったわ。それじゃあ聞かせてあげる。きっと後悔することになるだろうけど」
意味深い表現をエミはする。
だけどエミのことを知ると決めたのだ。
今更後戻りをするわけにはいかない。
「むかーしむかし、あるところに、超絶綺麗で可愛いぴちぴちのJKがいました」
意味のわからない単語が混じっているがエミの過去話しが始まった。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。
また明日も投稿予定なので、楽しみにしていただけたら幸いです。




