第九章 第二話 天然と勘違い
今回のワード解説
自己開示の返報性……相手が自己開示をしてくれたときに、自分も相応の秘密を開示しなければいけない気持ちになる心理現象のことです。 そのため、相手からの自己開示を引き出すことがメリットになるような場面において、使われることが多いテクニックです。
目が覚めると夜になっていた。
窓から外を見ると明かりは灯っておらず、深夜になっていることがわかる。
かなりの時間眠ってしまったようだ。
流石に今から二度寝をしようとしても、眠れないだろう。
「少し散歩をしてみるか」
部屋を出て一階におり、玄関から外に出る。
「呪いを用いて我が契約せしジャック・オー・ランタンに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。ファイヤーボール」
空中に直径三十センチほどの火球を生み出し、松明がわりにして辺りを照らす。
街中を歩いていると、向こうから誰かが近づいてきた。
火球を上空に上げて照らす範囲を広げる。
するとこちらに向かって歩いている人物が判明した。
「エミか」
「やっぱりデーヴィッドだったのね。今ごろ起きたんだ」
「昼寝をしていたらこんなに寝るとは思わなかったよ。起こしてくれればよかったのに、みんな薄情だよな」
「ははは、あんなに気持ちよさそうに寝ていたから、起こすのも悪いかなって思って…………泣き顔で寝ていたらそっとしておきたくなるわよ」
「うん?何か言ったか?」
「な、何も言っていないよ!気のせいじゃない」
途中からエミが小声で何かを言っていたような気がしたので尋ねてみたが、彼女は両手を突き出して横に振る。
動作が大袈裟だったので、何かを隠しているのは気づいたが、人には隠し事のひとつやふたつはあるものだ。
余計な詮索はしないほうがいいだろう。
「それより、エミはどうしてこんな時間に街をうろついていたんだ?俺は寝たくても眠れないから散歩しているのだけど」
どうして深夜に外にいるのかを尋ねるために、先に俺のほうから外にいる理由を明かす。
これは自己開示の返報性と言い、恋愛でも使われるテクニックだ。
まず、自分が何をしているのかを相手に伝えることで、相手に何をしているのかを聞きだすことができる。
情報を明かされたのだから、自分もそれに値するものを返さないといけないと思ってしまう心理が働く。
「あたしも似たようなものかな」
「そうか、あっちから来たってことは帰るところか」
「そのつもりだったのだけど、明かりがあったほうが安心だからデーヴィッドにつき合おうかな」
「どうして松明も持たないで外に出るんだよ」
「ははは」
「笑ってごまかすな」
心の中でやれやれと思いつつ、エミの横に並んで深夜の街を散歩する。
そう言えば、エミと出会ったのもこんな夜空の広がる深夜だった。
あのときは声が聞こえたからよかったものの、俺が見つけなければ、エミはあのあとどうなっていたのだろうか。
もし彼女と出会わなければ、アリスを盗賊から遠ざけられたのも怪しいし、レイラの置かれている魔物との現在の関係性も明らかにはならなかっただろう。
それに、エミは俺たちとは違う世界から来たと言っていた。
あのスライムを、調味料を使って無力化させる方法も知っていたし、彼女自身の存在を信じるとあのとき決めたのだ。
もっとエミのことを知らなければ。
俺は歩行を止め、その場に立ち止まると、彼女は振り返る。
「どうしたのよ。急に立ち止まって」
「エミ、こんなときに言うことではないけど、言わないといけないことがある」
俺は真剣な表情でエミを見つめる。
「いきなりどうしたのよ、そんなに真面目な顔をして」
「前から伝えなければと思っていたんだ。だけど、心の奥底では、エミに向けている気持ちを否定して、自身に嘘を吐かせている。でも、これ以上この気持ちを偽りたくはない」
「え、ええ――!」
俺の言葉に、エミは驚きの声を上げる。
それもそうだろう。
今まで否定していたのだ。
それが急に掌を返したような告白をすれば、驚くのも無理はない。
「ちょ、ちょっといきなり言われても困るって。あたしたちは成り行きとはいえ、仲間なのよ」
「だからこそだ。仲間だからこそ。次のステップに進まないといけない。距離を縮めないといけない」
「でも、あなたにはレイラやカレンがいるじゃない。それなのにあたしなの?」
どうしてそこで二人が出てくるんだ?
彼女の言っている意味が理解できていないが、教えてもらうためにも話を逸らされるわけにはいかない。
「エミしかいないからに決まっているだろう。カレンやレイラではなく、お前にしか務まらない」
「わ、わかったわ」
やっと俺がエミのことを知りたいと伝わったようだ。
これで彼女のことを教えてもらえる。
「数日考える時間をくれない?今すぐ返事をすることはできそうにないから」
すぐに教えてくれると思ったが、どうやら違うようだ。
確かに、自分自身のことを打ち明けるには勇気がいる。
しかも出会って日の浅い俺は、信頼が薄いはず。
本当に打ち明けるに値する人物なのか、考える時間が必要だろう。
「わかった。エミが言いたくなったときでいいから、お前の過去を教えてくれ。それまで待つことにするよ」
「え?それってどういう意味なの?」
「どういう意味って、言葉どおりだ。エミが過去のことを話してくれるのを待つって」
「じゃあ、あたししかいないっていうのは」
「そりゃあ転移のことだよ。実際に体験したエミしか話せないじゃないか」
俺が答えると、エミは顔を真っ赤にする。
もしかして夜風に当たって風でも引いたのだろうか?
「おい、顔が赤いぞ、熱でもあるんじゃ」
「誰のせいだと思っているのよ!誤解を招く言いかたをしたから勘違いしちゃったじゃない!」
「誤解を招くって、どんな勘違いをさせてしまったんだよ」
会話の内容を思い返してみても、俺には誤解させる場所の見当がつかない。
「それを女の子の口から言わせるの!サイテー信じられない」
それだけ言い残すと、エミはこの場から走り去って行く。
女の子に恥じをかかせてしまった。
確かにそれは最低なことだ。
すぐに謝ろうと思い、走ってエミを追いかける。
だが、どこかの路地にでも逃げ込んだのか、見失ってしまった。
「エミのやつどこに隠れた」
周囲を探して見るも、彼女は見つからない。
時間から考えても遠くには逃げられないはず。
どこかに雲隠れしているのだろう。
焙り出すのは簡単だ。
ロードレスの街で、物取りにあとをつけられたときのように、ウイル・オー・ウィスプの力で光を放てば、目をくらまして姿を見せるかもしれない。
だけどそんな乱暴なことをしては、余計に怒らせるだけだ。
その他にも近所住民から苦情がくることだってあり得る。
仕方がない。
今日は大人しく宿屋に帰るとしよう。
もし、近くに隠れているのであれば、俺に気づかれないように後ろからついてくるはず。
そう信じて、俺は一人で宿屋に戻った。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。
また明日も投稿予定なので、楽しみにしていただけたら幸いです。




