第四章 第四話 惑わし注意!魅惑のチャームバーン
今回のワード解説
読む必要がない人は飛ばして本編を読んでください。
残留思念……残留思念とは、超常現象、精神世界、スピチュアルリティなどで用いられる用語の一つで、人間が強く何かを思ったとき、その場所に残留するとされる思考、感情などの思念を指す、想像上の概念である。
先天的……通常は生物の特定の性質が「生まれたときに備わっていること」「生まれつきにそうであること」という意味で用いられる。
PEA……フェネチルアミン は、アルカロイドに属すモノアミンである。フェニルエチルアミン とも呼ばれる。この群に属する物質は向精神作用がある物質が多い。 ヒトの脳において神経修飾物質や神経伝達物質として機能するとされている。
「これが魔物の出生の秘密だ。人間が効率ばかりを求め、精霊を道具のように扱って蔑ろにする限り、この世に魔物は無限に増殖し続ける。だが、これは人間の出産のように体力を消耗するのでな。一日に生み出す数は限度がある」
魔物はロード階級の魔物の手によって生み出される。
それを防ぐには人間が精霊の力を借り、現象を生み出さないようにすればいい。
だけどそのようなことは現状むりなことだ。
一度得た便利なものは手放すことができない。
今まで使っていたものを失う恐怖に耐えることができずに、必ず人間は魔法を使用してしまう。
便利さを求めるあまりに、人間は己の脅威を生み出してしまったのだ。
「さて、今話したことを踏まえてもう一度聞く。余の伴侶になってはくれないか。精霊を思い、お互いに尊重しながら助け合っているそなたに惹かれた」
レイラの話を聞き、彼女の言うとおりだと自覚する。
俺は魔物を表面だけしか見ていなかった。
人間が魔法に依存してしまったばかりに、悲しい産物を誕生させてしまったのだ。
世界中で起きている魔物の襲撃が、人間に対しての報いであると言われれば納得するしかないし、否定もできない。
「もし、お前の伴侶になったら他の人間を襲わないと誓ってくれるのか」
「そなたは本当に優しいな。自分を犠牲にして関係ない者まで救おうとする。だけどそれはむりなことだ。余が指示を出せばある程度は大人しくなるかもしれない。だけど残留思念より生まれた魔物は人間に対しての怒りが根強く、抑えることができない。目に届かないところで人々を襲うに決まっている」
「ならば、俺の答えはやっぱりノーだ。人間の行いが間違っているのは認めよう。だけどこの悲しい戦いはどこかで断ち切らなければならない。魔物を生み出す脅威の芽は潰さなければ」
これは俺の身勝手な振舞いだ。
人間の種を絶滅させたくない理由で、心に傷がある女の子に対して更に傷を負わせる最低な行い。
「そうか。できれば話し合いで好きになってもらおうかと思っていたが、こうなってしまっては和解することも難しいかもしれない。なら、強制的に余にしかそなたの眼には映らないようにしてやろう。デーヴィッド、余とそなたがどれぐらい見つめ合っていたか分かるか?」
「何をいきなり。そんなのけっこうな時間、お互いを見ていたじゃないか……まさか!」
彼女の問いに答えた刹那、脳裏にあることが思い浮かんだ。
もし、そのとおりであったのなら、ヤバイ状況になる。
「そのまさかだ。チャームバーン!」
レイラが言葉を放った瞬間、空気の振動に合わせて耳に入る。
その瞬間、身体が熱くなり、鼓動が激しく高鳴った。
魅了系の発動条件は、お互いが五秒から七秒見つめ合うことだ。
人間の脳は、行動から感情が生まれたのか、感情から行動が生まれたのか判断することができない。
こうなることで見つめたから好きになったのか、好きだから見つめたのか分からなくなり、結果的に相手に惚れているのだと錯覚状態に陥ることになる。
「デーヴィッドといえども男だな。余の魅了で簡単に落とされるとは、本当はこんな手段ではなく、実力で勝ち取りたいものであった。さぁ、こちらに来るがよい」
彼女に好きでいてもらいたい。
嫌われたくないという想いが強くなり、俺はレイラへと一歩、また一歩と足を踏み出す。
彼女に近づく度にいい匂いが漂ってきた。
この部屋で再会したときも甘い匂いを感じていたが、今はそれ以上に漂ってくるレイラの匂いが素敵なものだと感じる。
惚れた相手からはいい匂いがするものだ。
この匂いの元になる汗にはHⅬAという物質が含まれている。
HⅬAは白血球にあるたんぱく質を作る遺伝子の複合体で、簡単に言えば白血球の血液型だ。
人間は鼻の奥にこのHⅬAを匂いとして感じることができる。
いい匂いを感じる相手は、お互いのHLAが異なっていることを示しており、お互いの匂いを通じて先天的な相性である、運命的な赤い糸を無意識に感じているということなのだ。
鼓動の高鳴りが止まらない。
匂いで相性のよさを感じると、脳内ではPEAという物質が分泌される。
これの濃度が上がると幸せを感じるセロトニン、心地よい気分にさせるエンドルフィンといったホルモンの分泌も活性化されていく。
他にもPEAはドーパミンという脳内物質の分泌も活性化させるのだが、このドーパミンは高揚感や欲求を満たされたときの快感を覚えさせる物質である。
このドーパミンが分泌されることで、ドキドキが止まらない一目惚れの状態に陥るのだ。
これが魅了の原理。
このドキドキや本能的に感じる相性のよさはまがいもの、頭の中では分かっているのだが、理性が効かない。
どうしても愛おしくなり、俺のものにしたいという欲求が強まってくる。
レイラの前に立ち、彼女を抱きしめる。
俺の行動にレイラは驚くことなく、優しく抱きしめ返してきた。
「ふふふ、これでそなたは余のものだ。これからは末永く宜しく頼むぞ」
身体を少し離すとレイラの顔が視界に入る。
彼女の柔らかそうな唇を見て、キスをしたい衝動に駆られた。
それだけはしてはいけない。
頭の中で言い聞かせようとするも、魅了の効力のほうが強く、身体が勝手に彼女を求めてしまう。
「何も我慢することはない。そなたが余のものであると同時に、その逆もまたしかり。そなたのやりたいようにするがよい」
彼女の優しくも妖艶な言葉に、最後のブレーキが壊れてしまった。
欲望のままに彼女を求める。
左手で彼女の腰に触れ、レイラの目を見て唇を重ねた。
唇の感触を味わい、数秒して離すと今度は赤い髪を撫でながらもう一度キスをする。
一度唇を離しては触れるキツツキキスを数回行い、今度はハムハムキスに移行した。
顔を傾け、お互いの唇を密着させる。
そして今度は力を入れないように気をつけながら唇を少し開けて、すぼめてを繰り返し、レイラの唇を全体的に揉むように刺激した。
彼女の身体が一瞬ビクンとなったような気がする。
ハムハムキスをしていると彼女のほうが我慢できなくなったのだろう。
ちょっとした隙を逃さず、強引に舌を入れてきた。
レイラの舌が上顎のザラザラした部分と、舌の付け根の下側部分をゆっくりと攻めてくる。
この二ヵ所は二大性感帯と呼ばれ、人間の口内で一番気持ちいい場所だ。
上顎のザラザラした部分にレイラの舌先がそっと舐め、ソフトに刺激してきた。
彼女の舌に快感を覚えていると、今度は舌の下にレイラの舌が滑り込んできて、舌先を軽く動かす。
裏筋を舐められ、何とも言えない感触を味わうと、更にディープキスに熱が入る。
だが、このまま彼女にされるがままでは男として情けない。
どうにか攻守を逆転しなければ。
そう考えるがレイラは隙を作らず、舌を動かし続けた。
情熱的な求愛を受けている最中、俺の心に変化が生じ始める。
しばらくして満足したのだろうか。
彼女は舌の動きを止め、口を離す。
開かれた口からは透明な液体が橋のようにお互いをつないでいたが、やがてぷつんと切れた。
レイラを見ると彼女の目はトロンとしており、名残惜しそうにこちらを見ている。
しかし、俺は彼女の腰から手を離して踵を返すと距離をおいた。
「どうしたのだ? どうして離れて行く」
「どうしてって、決まっているだろう。この関係は既に終わっているからだ!呪いを用いて我が契約せしジャック・オー・ランタンに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。ファイヤーアロー」
契約している精霊に現象名を伝え、炎で形作られた一本の矢が空中に出現し、すぐさまレイラに向けて放たれた。
炎の矢はレイラに向かって飛んで行く。
動かない魔王を見て危ないと判断したのだろう。
先ほど誕生したばかりのゴブリンが飛び出し、彼女の盾になると全身を炎に焼かれ、そのまま床に倒れる。
「ど、どうしてだ! どうして魅了が解けた。余の魅了はその辺のものとは違うのだぞ!」
突然正気に戻った俺を見て、レイラは動揺を隠し切れない様子だ。
むりもないだろう。
彼女の魅了の威力は凄まじいものだった。
レイラが男性に対しての禁忌を冒さなければ、おそらくあのまま魔王の伴侶として生涯を終えていたかもしれない。
「確かにお前の魅了は強かった。自力では脱け出すことができなかったよ。だけど、うれしいことに、お前は恋愛を行う上で男性にしてはいけないタブーをしてしまった。そのお陰で俺はあの呪縛から解放されたよ」
「何だと! それはいったい何なのだ!」
どうやらレイラは上級なキスの仕方は知ってはいても、恋愛に関しての知識はあまりもってはいないようだ。
教えてあげても問題はないだろう。
再び魅了を使ったところで発動条件を知っている以上、再びかかることはない。
「いいだろう。教えてやろう。男という生き物は追われ始めると覚めるんだ。男性は、恋愛関係において女性を追いかけることに刺激と喜びを見出すが、反対に追われる立場になった場合は気持ちが大きく離れてしまう。女性側から積極的に好意を得られるので、男性がわざわざ追い求める必要がなくなり、興味が失われる。その結果最終的に覚めてしまうのだ」
「ではもしや、あの時にはもう魅了が解けてしまっていたのか!」
どうやら、今の説明でレイラも、いつごろから効力が失われたのかを理解したようだ。
「そうだ。キスの基本は相手に合わせること。あまりがっつかずに軽いキスから始まり、徐々にテンションが上がってきたころに、ディープキスに移るもの。だから舌を入れるタイミングは相手に委ねるのがベスト。自分から舌を入れてみて、相手がそれに反応したのならそのままやってもいい。だが、まだ俺の気持ちが次の段階に移っていないのにも関わらず、強引にレイラはディープキスに移ってしまった」
「そのせいで気持ちが覚めてしまったのか?」
「そうだ。何度も言うが、一番大切にするべきポイントは相手に合わせること。反応が悪ければ一度止める必要がある。なのに、俺の気持ちを無視して一方的にされたことにより、俺は追いかけるほうから追いかけられる側へと立場が逆転した。その結果俺の気持ちが一気に覚めてしまい、気がついたら魅了の効果がなくなっていたという訳だ」
「ならば、今の注意点を踏まえたうえでもう一度魅了させればいい。今度は成功させてみせる」
やっぱりそうきたか。
一度の失敗に挫けず、反省点を活かしてチャレンジするのは立派なことだ。
だけど、だからといってもう一度魅了されるつもりはない。
「魅了の発動条件は把握している。俺にはもう通用しないぞ」
「確かに通用はしないであろうな。だけどそれは余が一人であった場合」
レイラが黒い霧を集めるとそれが形作っていく。
今度は、ゴブリンのときよりも大きかった。
霧が魔物に変化すると固い岩の肉体をもつゴーレムとなる。
「この場は消滅した精霊の残留思念が募る場所。余の体力が続く限り、いくらでも魔物を産み落とすことができる。行け!デーヴィッドを拘束するのだ!」
レイラの命令に従い、ゴーレムが拘束しようと襲いかかって来る。
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これも私の作品を読んでくれている、あなたがいるからこその数字だと思っております。
これからも読んでいただけるように精一杯努力をして毎日投稿を目指しますので、宜しくお願いします!
明日も投稿予定なので、よければ読んでください。




