番外編 レリアの誤算 その1
レリア・ブッファは困っていた。
出席した舞踏会で、王太子エアリオと争ってしまった。
だが、悪いのはエアリオの方だった。誰が聞いてもそう思うだろう。ルーファスが助けてくれたし、ラウズの話では、王太子とはいえカーバシア家には、おいそれと手は出せないと聞いた。
だから、一緒にいたティーディアやサーラ、そしてブッファ家にも、不安になるような事は起きないだろうと思って安心していた。
しかし、エアリオから呼び出され謝罪を受けた後から、今度は王妃から、かなり頻繁にお茶会に誘われる事になった。
初めは「何故?」という思いが強かったが、王妃の楽しい話と美味しいお茶とお菓子のおもてなしに、レリアはお茶会を楽しむようになっていた。
楽しんでいたのだが、問題が一つ。
何故か毎回エアリオが顔を出す。
最初から何回かは、舞踏会の非礼を謝罪された。その事は終わった事で謝罪は受け入れた、とレリアも何回も伝えた。それでやっとエアリオは謝罪を止めた。
なのに、その後も何故かエアリオは、お茶会にやってくる。
そして、何故かレリアとエアリオの二人きりにさせられる。
エアリオは初めて会った時と同じ人とは思えない位、気さくで優しかった。
一応相手は王太子なので、その様に接していたら、拗ねられた。「距離を感じる。もっと仲良くなりたい」と。
そう言われても、と困るレリアに今度は甘えてきた。増々レリアは対応に困った。
だが、元々面倒見の良いレリアは、一人っ子のエアリオが、甘えられる姉を見つけて喜んでいるんだと思い、少しずつ手のかかる弟を見るような気持ちで、接するようになった。
(エアリオ様は我が儘だの、暴君だのと言われていたけど、寂しかっただけかも)
そう、レリアは弟として接していたつもりだったのだが。お茶会をするようになってから、もうすぐ三週間になろうかという、ある日の事。
いつもの様に、王妃のお茶会に呼ばれたレリア。だが、王妃はおらず代わりにエアリオがいた。
お茶会にエアリオが参加するのは、いつもの事。だから、レリアはエアリオとたわいもない話をしながら、王妃を待った。しかし、待てど暮らせど王妃は一向に現れない。レリアが「王妃様も忙しくて来られないようだし、そろそろ帰ろうか」と考えていた時である。
目の前に真っ赤なバラの花束が現れ、レリアの視界いっぱいがバラで埋め尽くされた。
「・・・・・エアリオ様」
レリアがバラから視線をエアリオに向けると、そこには真っ赤になっているエアリオがいた。
それを見た瞬間に、レリアは嫌な予感がして咄嗟に立ち上がった。
だが、エアリオは素早い動きでレリアの前に移動すると、跪きバラの花束をレリアに向かって掲げた為、レリアは動けなかった。
「レ、レ、レリア嬢。私と結婚してください!!」
途端にレリアの気が遠くなりかけた。
(第一印象は最悪で、話をするようになってからまだ三週間にもなっていないのに・・・)
そして、レリアはエアリオの事をそういう風に見ていなかった。当たり前だ。相手は王太子なのだから。不敬だが、良くて弟みたいに感じていただけだった。
なので、この展開にレリアは非常に困った。
(よし。まずは落ち着こう)
「・・・エアリオ様・・・・あの、お話を伺っても?」
レリアはとりあえずバラの花束を受け取り、エアリオを座らせ「何故、こういう事になったのか」と聞くことにした。
するとエアリオは嬉々として、語りだした。
レリアのこんなところが素晴らしい。あんなところが好きだ。そんなところに惹かれる。
(違う。そういうのが聞きたいのではなくて・・・。ああ、何なのよ。聞いてるコッチが恥ずかしいわ)
レリアは、背中に何かが這っているような感覚になり、落ち着かないし、こそばゆい。
「エアリオ様!!お話は大体分かりました。ですが、私は・・・」
聞いていられず、レリアはエアリオの話を無理やり止めた。なんとか断ろうとするが、今度はエアリオに止められた。
「身分については、気にしなくていい。父上にも母上にも許可を貰った。母上に至っては、とてもレリア嬢を気に入っている」
再び、レリアは気が遠くなりかけた。
手っ取り早く、身分を理由に断ろうとした出鼻を挫かれる。
急いで作戦を変更する。前に許したことをほじくり返すのは嫌だが、背に腹は代えられぬ。
「・・ですが・・・エアリオ様は・・・・・私を・・・その、不細工、と・・・」
相手の罪悪感を引き出して、断りやすくしようとしたのだが、これは大失敗だった。
レリアが言った途端に、エアリオの顔がぐしゃりと歪んだ。
「あ、あの時の事は、本当にすまなかった。私はどうかしていたんだ。レリア嬢。貴女が不細工だなんて、そんな事あるわけがない。私は本当に大バカ者だ・・・あれは間違いだ。本当にすまない」
捨てられた子犬のような顔で謝罪され、レリアは焦った。蒸し返した自分に苛立った。
「ごめんなさい。もう、それは、済んだことでしたわ。もう、この話は終わりにしましょう」
なんとかレリアがそれだけ言うと、エアリオは「レリア嬢は優しいな」と弱弱しく笑った。
次の手をと、焦っていたレリアは、うっかり家族を巻き込んでしまった。しかも、最愛の妹ティーディアを。
「エアリオ様。私には、それはそれは可愛い妹がいるのです」
「うん?・・・・・いつも、レリア嬢が話す・・・えっと、ティーディア嬢だったな」
突然、話が変わって戸惑うエアリオ。だが、レリアはそんなエアリオの戸惑いをよそに話を続ける。
「はい。ティーディアの笑顔は世界一可愛いのです。私はいつでもその笑顔を見ていたいのです。なので、妹のティーディアが、あの世界一可愛い笑顔を見せられない相手とは無理です」
やっと、きっぱりと断りの言葉を言えた、とレリアは内心でホッとした。ティーディアが怖がる相手との婚姻など、レリアには絶対にできない。
言われたエアリオは顎に手をやり「う~む」と何やら考え始めた。エアリオも、レリアが毎回毎回ティーディアの話をするので、レリアにとってティーディアが大事な妹である事は理解している。
エアリオのその顔に、安心したばかりのレリアが再び焦る。ティーディアの名前を出してしまった事で、エアリオがティーディアに「お前のせいで」などと怒りをぶつけるかもしれないと思った。レリアは自分の迂闊さを恨んだ。
何か言わなければ、と焦っているレリアにエアリオが静かに呼びかける。
「レリア嬢」
「は、はい」
「少し、時間をくれないか?」
「・・・時間ですか?」
「私は、レリア嬢を諦めたくない。それに、レリア嬢の家族と仲良くしたい。だが、ティーディア嬢は・・・あんな事があったし、私を恐れていると思う。だから、少しずつ、ティーディア嬢と仲良くなっていきたいと思う。その為の時間だ」
レリアには、あんな怖い思いをしたティーディアが、簡単にエアリオと距離を縮めるとは思えない。おそらく、会うのでさえ無理だと思った。
「ティーディア嬢が私と笑顔で接する事ができたら、返事が欲しい」
「分かりました。でも、笑えと命令するような無理やりは止めて下さい」
「な・・・当たり前だ!!」
「それから、期限を付けましょう」
「う、うむ。それじゃあ・・・」
「一年間です」
「一年!!短い!!」
「そうでしょうか?ですが、こういう事は、のんびりしていてはいけませんわ」
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