番外編 ルーファスの憂鬱
ルーファス・カーバシアは自分が次期公爵だという事を、しっかりと自覚していた。
だから勉学に励み、剣術で身体を鍛え、一生懸命に努力をしてきた。そのつもりだった。
だが、それだけでは次期公爵として足りなかった。
「ルーファス!!貴方、いつになったら結婚するの?」
ルーファスが成人した途端に、母ティレリアが毎日言ってくる言葉。
跡継ぎを残さないといけないのは、ルーファスも分っている。
だが、ルーファスが成長するにつれ「自分は女性が苦手」だという事が分かった。全ての女性がではなく、ある一定の条件を持つ女性が。
そして、自分の周りにはその条件を持つ者ばかりだということも。
苦手その一、うるさい女性。
人の話を聞かず、ワーワー、ギャーギャーと(ルーファスにはそう聞こえる)話し、うるさい。
一番身近な女性である母ティレリアが、この筆頭だった。その為、幼いルーファスはかなり長い間、女性はうるさいものだと認識していた。後で、ティレリアとは真逆の静かな女性の存在を知って、仰天したものである。
苦手その二、臭い女性。
これは体臭の事ではなく(それも嫌だが)香水の掛け過ぎで匂いのキツイ女性を指す。
近くにこられただけで、ルーファスはいつも気分が悪くなる。なので、なるべく息をしないようにする為、軽い貧血を起こす。ティレリアが開いた茶会にうっかり顔を出した幼いルーファスは、余りのひどい匂いに意識が遠くなりかけた。これで、お茶の香りや味を楽しめるのかと顔を顰めたものである。
苦手その三、やたらと接触してくる女性。
社交界デビューして間もない頃のルーファスが夜会などに出席すると、どこからかワラワラと令嬢達がルーファスに群がり、ベタベタと腕や背中、時には腰の辺りに接触してくるようになった。
知らない令嬢に触られるのが気持ち悪くて、思い切り振り払いたい衝動に駆られるのだが、実行するわけにもいかずジッと耐える。男の方が触ると問題になるのに、逆はいいのかと毎回叫びたくなる。
いつも隙を見てなんとか逃げ出していた。
そんな事があり、すっかり女性と関わらないようになったルーファス。夜会にも出席する事も殆どなくなり、研究や趣味に没頭し、身なりも疎かになる事もしばしばだった。
その為か、最初の頃は引っ切り無しにきていた縁談の話も、全くこなくなった。
「第一印象が大事なのよ。なんです!!その無精ひげは!!髪もボサボサで。まるで盗賊みたいよ!!」
母ティレリアが毎日うるさいが、その頃のルーファスは、聞き流す術を身に着けていた。
それに、ルーファスには弟が二人いたので、そのどちらかに後を継がせればいい。それがダメなら、弟達の子供を養子に貰ってもいい。そう考え始めていたのでルーファスの頭の中では、結婚も、跡継ぎの問題も、すっかりどうでも良くなってしまっていた。
そんなある日、ティーディア・ブッファと出会った。
出会い方は最悪だった。ボサボサの頭に手入れのされていない髭。大抵の令嬢は逃げ出すか、騒ぐ。なのにティーディアはそんな素振りも見せず、普通に会話をしてくれた。更に『変人』だと分かっても態度を変えない。そんなティーディアに、徐々にルーファスは惹かれていった。いや、徐々にではなく、おそらく最初から自分でも気が付かずに惹かれていたのだろうと思う。
ルーファスは、自分が女性と一緒にいて苦じゃない事に驚いた。
ティーディアを見てると、楽しいし、嬉しいし、ドキドキする。そんな事を感じる自分にも驚く。
「どうかしました?」
ティーディアが、ジッとティーディアを見つめたまま動かないルーファスに、首を傾げる。
「ん?うん。ティーディアは可愛いな」
「!!・・・・・・な、なんですか。いきなり・・・」
ルーファスが、ティーディアに関して思った事を口にすると、いつもティーディアは真っ赤になる。
「女性は常に褒めるもの」とティレリアに言われて育ったルーファスは、それを実行しているだけ。それに、本当にそう思うから口にしているのだが、ティーディアからは「恥ずかしいから、止めて」と言われる。
恥ずかしがっているティーディアも可愛い。そんな事をラウズに話すと呆れられた。
「あんなに女性は苦手とかって言ってたくせに、惚気とか。人が変わったみたいだな・・・」
今のルーファスは毎日が、楽しい。
朝起きて一番にする事は、ルーファスの腕の中で眠るティーディアの寝顔を観察する事。
「ああ。起きたくない。仕事に行かずにずっと、こうしていたいな・・・」
ルーファスの至福の時間である。あの頃の毎日が憂鬱だったのが、嘘の様だ。
だが、ルーファスの至福の時間は長く続かない。
「ルーファス!!ティーディアちゃん!!起きた?ティーディアちゃん、今日はお買い物に行きましょう」
ドア越しに、母ティレリアの声が響く。
ティレリアはティーディアが嫁いで来ると、毎日、連れ回していた。
ルーファスが苦情を言うと「だって、娘が出来たのよ。見せびらかしたいじゃない。自慢したいじゃない」と口を尖らせた。ルーファスも浮かれているが、ティレリアも負けていなかった。
お陰で毎日「社交が得意ではないティーディアの負担になるから、止めろ」「あら、私が付いているから大丈夫よ」などと、ルーファスとティレリアは口論している。
「奥様!!お止め下さい!!」「どうか!!奥様!!」
ドアの向こうで執事と侍女頭が、必死に止めている声が聞こえる。これも毎日続いている。
やがて、ティレリアが連れて行かれたのか静かになった。
やれやれ、とルーファスは溜息を吐く。少しは新婚の自分達に、気を遣ってもらいたい。
そんな事を思いながら、まだ眠っているティーディアを見つめていると、いつの間にか眠ってしまい、この日ルーファスは初めて遅刻した。
ルーファスが帰宅すると、珍しく父カーバシア公爵から「書斎に来るように」と呼び出された。
「ルーファス。暫く、ティーディアを連れて領地へ行ってくれ」
カーバシア公爵は困った顔で溜息を吐いた。
「領地で何かありましたか?」
「いや・・・何もない。私が心配しているのは、ティーディアだ」
今日もティーディアはティレリアに連れ回されていた。午前中は買い物。午後はどこかのお茶会に参加し、帰宅するとティーディアはぐったりとしていたらしい。日に日に顔色も悪く、弱っていくティーディアを見て、執事と侍女頭がカーバシア公爵に「暫く、奥様と若奥様は離したほうがいい」と進言した。
「やっとお前が結婚したというのに、ティレリアのせいで離縁する事になったら困るからな・・・」
カーバシア公爵は、ティレリアが二人を追いかけて領地に行かない様にするとも約束した。ルーファスが、それだったら領地にいる事も言わないでくれ、と頼むと「分かった」と頷いた。
城への報告はカーバシア公爵に任せ、ティレリアが気が付く前にと、夜の内に領地へと発った。
ティーディアはよっぽど疲れていたのか、移動中は殆ど眠っていた。
ルーファスは領地に着くと、まずは数日ティーディアを休ませた。
その後は、二人で付近を散歩したり、近くの店に買い物に行ったり、ティーディアの無理にならない範囲で、領地を見て回ったりして過ごした。
領地に移ってから、ルーファスは再び至福の時間を過ごしていた。
だが、ルーファスの至福の時間は長く続かない。
母ティレリアに居場所がバレた。
父カーバシア公爵が約束した通り、ティレリアは領地には来ていない。
しかし、『いつ帰って来るの?』と帰宅を促す手紙が毎日届く。ルーファスは、ティレリアからの手紙をティーディアに知られないように注意しながら、毎回手紙を読み終えると、すぐに燃やした。
この後も、ルーファスとティレリアの攻防はしばらく続いた。
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