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人機のアストライア  作者: 橘 雪
EP4『新太平洋の戦い』

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52/129

52: EP4-3 オペレーション・ストームコート

おや...?

動き出したようだね。


面白いじゃないか、やっぱりそうじゃなくっちゃね。

地球主権連盟 "ESF"

ストームコート作戦

5日目

西暦3020年3月24日[STC]

協定宇宙時(STC)22:00、火星新太平洋西時間(MNPWT)13:00

火星(マーズ)新太平洋西部、ESF前線基地『ストームレイン』


何の偶然か、CAUとESFは似通った作戦名を名づける

それは、所詮どちらも同じ人間に過ぎないということを意味しているのだろうか?



──Side: 3人称視点


照りつける太陽、絶え間なく聞こえる潮騒、漂う磯の香

アレクシスは愛機と共に、この大地に今、立っていた



「ようこそ、ストームレインへ。 ソーンダイク中尉、貴官の噂はここにも聞こえている。」

「それは...どうも。 ザイフリート中佐。」


アレクシスはここストームレイン基地の指揮官、ベアトリクス・ザイフリートと面会していた

場所がバトルワーカーハンガーなのは、このザイフリートも指揮官でありながらパイロットだからだろうか


「本国の基地に比べれば、ここでできることは少ない。 だが、可能な限り、できることはさせてもらおう。 しかし、貴官のモリガンは見させてもらったが...よく整備されているな。 あれほどの技師の話は聞いたことがない。 差支えなければ教えてほしいのだが。」


ザイフリートが彼女の背後に立つアレクシスの愛機、モリガンを振り返りながら問う


「あれは、俺の弟が整備しています。 」

「そうか。 普段は本国にいるのか?」

「はい。」

「そうかそうか。 本国に行く機会があれば会ってみたいものだ。」


整備師の腕はパイロットの生存性にも直結するからな、とザイフリートが続ける


「さて、世間話は程々にしておこう、ソーンダイク中尉。 我々ストームレインバトルワーカー隊の目標はシンプルだ。 現在進行中のストームコート作戦のバックアップ、及び軌道エレベータアルファへの撤退ルートの維持にある。」


ストームコート作戦

それは、軌道エレベータブラボーでの敗戦から撤退するESF地上部隊のうち、新太平洋方面へと撤退した部隊に割り当てられた臨時の作戦だった

スプリングストームに紛れ、軌道上からの監視を凌ぎこのストームレイン基地へ到達すること

それが目的だ

ストームレイン基地は新太平洋西部では最も東にあり、かつエリア最大の規模であり、大規模な部隊で新太平洋を渡るには海路にしろ、空路にしろここを拠点とするしかない


「まぁ、撤退ルートと言っても、ここが最終目的地なのだが。 貴官の乗ってきた輸送機の他、今も到着し続けているあの大量の輸送機のみが頼りだ。 しかし、都合の悪いことに向こう1週間は天候の悪化が見込まれる。 もちろん、撤退中の部隊の到着まではもう少し時間があるから今は気にすることでもない。」

「海路はどうなんですか?」

「輸送量こそ魅力的なんだがね。 スプリングストームに耐えうるほどの輸送船は残念ながら揃えれそうにない。 それに、スプリングストームが去ってしまえば、軌道上からの攻撃には無力だ。 あまりにも遅すぎる。 その点、航空輸送ならまだやりようがある。」


この時代になっても、重力下での輸送は海路のほうが輸送量は多いままだ

海路の輸送力も、空路の速度も遥か昔からすれば飛躍的に上がったものではあるのだが


「...ふむ、休憩している暇もあまりないな、中尉、早速だが明日にも西に向かってほしい。 この瞬間も、味方はこちらへ向かっているし、CAUもそれを追いかけていることだろう。」

「了解です。 中佐。」



地球から遠く離れた火星の海

テラフォーミングにより数百年の昔に地球のそれと大差なく調整されたその海は、未だ豊かな命を育んでいた

どこででも戦争を繰り広げようとする人類を前にしても、その広大さは何も変わらないようだった






─ESF地上部隊、チェックポイントチャーリー



「よし、今日はここまで進もう。 後方からの報告は?」

「まだ何か見つけたという報告はありません。 このまま何もないということは考えにくいですが。」

「分かった。 連絡を怠るなよ。」


後方からの追跡に怯えながらも、彼らはストームレインへの行程を急いでいた

道はもう半ばとでも言うべきところではあったが、その後半分が長く感じられた


「...そういえば、一部から奇妙な報告が上がっています。 極度の疲労から幻覚でも見たのでしょうが。」

「なんなんだ? 異常の兆候なら無視はできない。」

「本当に奇妙なのですが... 海岸沿いで、全身黒づくめの女を見た、だとか、沖合に数メートルはあるような大きなタコだかイカだかが見えた...だとか。」

「...前者はともかく、後者は確かに、幻覚だな。」

「まぁ、前者もこんな何もない島だらけの場所で、ただ立っているだけなんて考えられませんからね。」

「それもそうだ。 ...まぁ、仕方ない話ではあるさ。」


とある部隊の指揮官と、その副官はこんな話をしていた

もうすぐ1週間にもなるこの行軍は、間違いなく兵士たちの士気も、戦意も削いでいた






─ジャッジメント本部、深海



「君も大概だね、アビサルハート。」

「そうか?」


ジャッジメント本部、その最深部

深海に最も近い場所で、スノーはアビサルハートと合っていた


「いくら遠目にとはいえ、本性を見せてあげるのは良くないんじゃないかい?」

「あの距離なら作用することはないさ。 何、これも作戦の一環だ。 幻覚にしか見えないようなものを見せてやれば、それだけ士気も下がろうというもの。」

「...人に与する君にしては、らしくないじゃないか。」

「いくらそうであろうとも、敵は敵さ、スノー。 君だって君の家族と、ジャッジメント、どちらを優先するかなど問うまでもないんだろう。」

「ま、そうだね。 優先順位、ってやつか。」


アビサルハートが水中で、水中とは思えない軽やかさで丸めていた姿勢を伸ばす


「さて... そろそろ仕事も始まるだろうな。 私はこのままやることをやるさ、スノー。」

「ま、やりすぎないようにね、アビサルハート。 君の力は強すぎる。」

「分かっているさ、管理者サマ。」






─火星、軌道エレベータチャーリー近郊

火星衛星ネットワーク(MSN)地上局、衛星管制室



「大人しくしておけば...生かしてやる。 ...分かったな?」

「そ、その...あ、あぁ...」


火星全体のESF人工衛星ネットワークを制御するMSN地上局に、侵入者がいた

管制室が突如として襲撃され、襲撃者の指揮官らしき男が管制官の1人にハンドガンを突きつけ脅す中、サプレッサーで抑制された銃声が響く


「アンタは賢いなぁ。」


襲撃者はどこかの特殊部隊のようにも思える手慣れた手つきでたった1人を残し他の管制官を殺していく


赤い覆面を被った指揮官の男が生き残った管制官の横の椅子に座り、ハンドガンを管制官の目の前に置く

そして、懐からこの時代にはあまり見なくなった大型の─と言っても片手で持てるサイズではあるが─通信機を取り出し、同じく置く


やがて、通信機から別の男の声が聞こえる


『自分の置かれた状況が理解できたようだな。』

「...あぁ。 ...何が目的なんだ...」


管制官が震える声で通信先の相手に訊ねる


『問題を...解決してほしい。 同僚のようになりたくなければ、な。』


指揮官の男が管制官の前に何かの座標が書かれたメモを置き、管制官の肩を背後からがっしりと握る


『ESFの早期警戒システムの通信を妨害したい、CAUの連中が動きやすいようにな。 お前は軌道を外すだけでいいんだ。』

「あ...あぁ、分かった...」

『落下地点はお前の目の前にある座標にしろ。 いいな?』


メモに書かれた座標に、管制官はいくつか見覚えがあった

考えつく中でも、最悪に分類されるものだが、管制官は恐怖のあまりその要求に従い、ホログラム投影されたキーボードでその座標通りに落下するよう、衛星の姿勢制御プロトコルを操作する

設定が終わり、姿勢制御が衛星に送信されると、衛星はその命令を忠実に実行する

他でもない、正常な司令元、MSN地上局の命令通りに


「済んだぞ、兄弟。」

『よーし、こっちもな。』


そう通信先の男が言うなり、通信が途切れる

背後に立つ男が手の力を緩めたのを感じた管制官がとんでもない事をしてしまったと想いながらもほっと一息をつこうとした時、急に指揮官の男が動く

その肩を掴みなおし、自身に向き直させるな否や、その首を両手で握り、身体ごと持ち上げる

凄まじい力で首を絞められた管制官は必死にもがくも、その抵抗は無意味に終わる


やがて力を失ったその身体は無造作に投げ捨てられる


彼が最後にしてしまった事は、とてつもない代償をもたらす事になった



─衛星落下地点の1箇所、ESF火星地表都市の1つ



「見てください皆さん、この人出を! 今日は年に一度の祭りということもあり...」


どこかのメディアがこの都市最大の催し事の最中から中継放送を行っていた


「次はESF空軍によるアクロバット飛行です! 観衆は今か今かと空を見上げて待っています!」


観衆たちは制宙戦闘機によるアクロバティックな編隊飛行を一目見ようと、空を見上げる

そんな中、観衆の中でも目のいい者たちが何か別のものを見つけてそれを指さす

カメラを上に向けていたメディアのカメラマンもそれに気づき、カメラを向ける


「あれはなんでしょうか? 何か落ちてきているように見えます! カメラさん、もっと寄れますか?」


リポーターに促され、カメラマンがカメラをズームさせる


映像には遠目にも大きいと分かる何かが赤熱しながら地上に向かってきている様子が映る


「あれは...」


リポーターも言葉に詰まる


「おい待てあれこっちに来てないか!?」


メディアのチームの中の誰かが叫ぶ


カメラマンがズームを引くと、確かにそれは自身のほうに向かってくるように見える


『ケアリーさん! 逃げてください! 今当局からそちらの地域に軌道上からの落下物警報が出ました!』

「え!? わ、分かりました! 中継を終わります!」


スタジオからチームに避難するように指示が飛ぶ




この日、MSNは衛星のうちの過半数を失った

そのうちの相当数が都市部を含めた有人地帯へと落着し、想像を絶する被害となった

異常を察知したESF軍がMSN地上局へと踏み入るも、既に施設内には管制官を含めた職員の遺体以外は残されておらず、また、監視システムも全てが無力化されていたために、この事態の首謀者は不明のままとなった

衛星を地上局から直接操作し落下させるという前代未聞のテロ行為に、ESFはCAUの特殊部隊を含めたディープカバーの関与を疑うも、結局その証拠も見つからず、政府はこの事態の民間への説明、及び保障、賠償に東奔西走することとなる


また、衛星の過半数を失ったことにより、ESFの衛星軌道通信ネットワークは深刻な機能障害に悩まされることにもなる

火星圏で戦闘が既に進行している中でこれを再び短期間に再建することは事実上不可能であり、ESFの作戦遂行能力にも間違いなく影響が出るだろう

襲撃者の指揮官が言っていた通り、CAUはこれで動きやすくなることだろう


戦いは往々にして始まる前に勝敗が決すると古来言われるものではあるのだが、これもそういうことなのだろうか?



新太平洋の空の下、男たちの戦いは熱を帯びようとしていた

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