115: EP7-1 『人機のアストライア』イントロダクション
残る2人。
...オロバスはともかく、エリゴスは一体どこに?
...政治方か?
だとすると少々厄介... いや...
オペレーションシージアース
2日目
西暦3020年12月6日[STC]
協定宇宙時07:02
地球低軌道、海抜高度100km、フジタ・ライン直近、CAU統合艦隊降下部隊
──Side: 三人称視点
「ウィルクス、そろそろだな。」
『ああ、そうだな。 ...高度はまもなく海抜100kmを突破する。 いわゆるフジタ・ラインだ。』
「カーマン・ラインか。」
『そうとも言うところもあるらしいな、まぁ、同じものだと考えてもらっていい。 地球における宇宙との境界線、何か明確な差があるわけではないが、一種の基準線だな。 ...そろそろか。 スピアハンドルより各艦、大気圏内航行モードへの移行に備えろ!』
「おっと、忘れるところだったな。 通信科、スピアヘッドより各艦へ通達、まもなくフジタ・ラインを突破する。 大気圏内航行モードの準備を忘れるな、と伝達だ。」
『...さすがにこう久しぶりだと慣れないな、シオンハート...艦隊長? 21年ぶりだったか?』
「はは、私も久しぶりだ、ウィルクス。」
フジタ・ライン──
黄金時代より以前の宇宙航空工学者『フジタ』と呼ばれる人物が提唱したとされる地球における宇宙─大気圏境界線の名称だ
特別何か標識があるわけではないのだが、ここを人類は1つの基準としていた
そして今、CAU艦隊はこのラインを突破しようとしていた
宇宙から、地球へと
「艦長、問題はないか?」
「はい、ええと...」
「呼び慣れないなら准将とでもシオンハートとでも好きに呼んでくれ。 さすがにいきなりバトルワーカー大隊長が中将を名乗って艦隊長をやってたらそりゃ誰でも困惑するさ。 ...ま、私もこの身分をまた引っ張り出すはめになるなんて思ってなかったが... ああ、安心してくれ、経験はこう見えて豊富だ。 2999年の冥王星多重事故は覚えてるか?」
「プルートクルーズのですか?」
「ああそうだ。 あれの初動にあたったのがセイバー第1艦隊なのは知ってるよな。」
「はい、当時の私はまだ30そこらの若造でしたが...」
「あれ、艦隊長は私だ。」
「はい?」
スピアヘッド第1分艦隊──今は旗艦が撃破されたことを受け臨時の旗艦となったこの艦の艦長を務める彼は、目の前の人物が言う内容を理解しようとしていた
しかし、どうしても辻褄が合わない
確か、目の前の人物の公表年齢は28か29だったような──
「まぁ分かるよ、これを説明した人間は大抵同じ反応をするさ。 まぁ、色々あってな、記録は偽装させてもらったし、私も今は第1バトルワーカー大隊長の、エル・シオンハート特務准将だ。 第1艦隊長、エル・シオンハート中将の話は忘れてもらって構わない。 というか覚えていてもどうしようもないし、誰も信じない話だろ?」
「...まぁ、そうでしょうけども...」
そして、彼は理解することを放棄した
元よりこのカエデ艦隊長の...配偶者? には謎が多いのだ
今更謎が1つ増えたところで大したことがないわけではないのだが、もう気にしてもどうしようもないことが事実なのは理解できたのだ
少なくともシオンハートが提示した階級章や記録の類はどれも本物であり、そしてこのタイミングでわざわざ偽造したものを取り出してみせる意味も思いつかないのだ
さすがにどういうわけかとアマテラスにも問い合わせてみたが、これら記録が偽証のそれでないことの確認が取れてもいる
恐らく、ウィルクスやエンスウェンに問い合わせても同じ結果が返ってくるであろうことは想像に難くなかった
「まぁ、そういうわけで仕事をするぞ。 現在高度は107キロ、まもなくフジタ・ラインを突破する。 ここを抜ければ地球大気圏だ。 ...だが。」
遠隔測定スキャンは既にそれを捉えている
「残る最後のESF艦隊。 ここで我々を足止め、阻止、撃墜するつもりだ。」
「地球重力圏、ここでの戦闘は...」
「...まぁ、考えるな。 今は気にしても仕方がない。 ここを突破すれば、我々を拒むものはそう多くはない。 精々が、地表寸前での対空陣地ぐらいなものだ。」
大型高射砲の類となるとさすがに直撃は避けたいしな、とシオンハートは呟く
「艦長、先行する海軍第2艦隊より通信入りました。 ESF艦隊からの砲撃を確認したと。」
「了解した。 各員、ここが正念場だ! 通信科、スピアヘッド各艦、及び艦内人員へ伝達!」
「了解!」
モニターの表示を見ると、ESF艦隊の高度は95km付近、双方の高度差はわずか10kmほどにまで迫っていた
スピアヘッド艦隊の右翼方向にはエンスウェンのスピアヒルト艦隊がほぼ同高度で降下しており、その少し後方にはウィルクスのスピアハンドル艦隊が追従する形で降下している
ついに戦線は地球大気圏へと迫り、最終決戦が目前に迫っていた
「センサーに反応...っ 至近弾!」
「航行科、回避運動! 的を絞らせるな! 砲術科、各砲塔は射程距離に入り次第攻撃開始だ!」
距離が近づくにつれ、砲撃の精度も上がる
そして、宇宙空間での戦闘に対し、大気圏内での戦闘ではCAU艦隊の主兵装である大型レーザーは大気減衰により、性能が低下する以上、普段のような長距離砲撃は望めないのだ
重力に引かれるまま、超高速で加速を続けるCAU艦隊に対し、一定高度を維持して待ち構えるESF艦隊の遭遇は一瞬になるだろう
加速がついている以上、CAU艦隊が一度振り切ることに成功すればESF艦隊は回頭した上で加速、追撃することになる
故に、ここでの阻止を第一に狙うことは容易に想像できる
「...」
シオンハートは考える
艦隊長を名乗りはしたが、その上でこの艦の艦長に引き続き全体の指揮も移譲する形としている
一応空席にしないほうがいいだろうと思って咄嗟に取った手段であり、実際の指揮系統を不用意に破壊するつもりもなかったのだ
さて、では今自分のすべきことは何か?
それは、深く考えるまでもないことだった
──スピアヘッド艦隊、第1バトルワーカー大隊、ガラテア級重巡洋艦『ヴァレンチア』、バトルワーカーハンガー
「ローランド、降下後の流れだが...」
第1バトルワーカー大隊の母艦を兼ねる『ヴァレンチア』のバトルワーカーハンガーの中、シオンハートはローランドと最後の打ち合わせに臨んでいた
事ここに至りシオンハートは──アビサルハートは、自身の持つ能力をフルに活用し始めていた
それ即ち、ルルイエ・オルカ・アビサルハートの、無数に存在する子機、全て同一の存在にして、別の存在、全て意識を共有する存在にして、個別の独立した意識を持つ存在
エル・シオンハートとして、無制限の箇所に、無制限に同時に存在する
彼女が普段自制している手段の解放であった
何か彼女なりの目的と理由があり自制しているようだったが、今この時、それは投げ捨てるべきだと考えたのだろう
「...シオンハート准将、ついさっきまでスピアヘッドにいたんじゃ?」
「気にするな。」
ただ一言、シオンハートはそれだけ言ってローランドの疑問を一蹴する
「は、はぁ。 それより降下後の流れ。 ブリーフィングでは...」
「最早定番というか、前にもやった手法だが、降下ポッドを用いたものになる。 地表付近まで接近した艦隊の制圧砲撃を武器に強引にアーリントン地区市街地へ降下し、同地を制圧、橋頭保を築く。 言ってしまえばこの程度のシンプルな作戦だ。 ...あまり考えたくはないが、民間への被害も少なからず出るだろう。」
とはいえ、可能な限りならその手の被害は少なく済ませたい、というのがシオンハートの素直な感情だ
アビサルハートとして、人間に与する彼女の感情の、最も根幹となる部分の1つでもある
ローランドが口を開く
「そして市街地を抑え次第、即座に東の渡河目標、ルーズベルト島を狙う。」
「ああ。 ここが正念場の1つだろう。 渡河できなければESF行政府ホワイトハウスへの攻撃は望めない。 それではこの作戦の目標、政治的ショックには何の恩恵も齎すことはないだろう。 ローランド、いつも通りだがお前は、遊撃を頼みたい。 単独で行動しあらゆる脅威を排除、生還できるのはお前と... 私しかいないからな。」
シオンハートは今更ローランドへの信頼を隠す意味はないと考えていた
元から隠してはいなかったし、ずっとこうやって頼ってきたが、それは最後のこの時も変わることはない
「それに、ディケもいることだしな。」
シオンハートの手にした端末の中、ディケの小さなホログラム体が答える
『まぁ、頼ってもらえるのは確かに嬉しいですね。 まぁ、しかし、シオンハート、結局いつも通り、ですね。』
「超級戦力の使いようは往々にして難しいからな。 自分と同じように運用したほうが楽だ。」
シオンハートは明け透けに言い放つ
「...准将、これが終わったら聞きたいことがあります。」
「ん? なんだ?」
ローランドがずっと疑問に思っていたこと
「...准将、戦闘中、いつも思っていたんです。 消えてはまた現れ、現れてはまた消える、准将の機体の、あの謎のレーダー反応は何なんだろうか、と。」
「...」
シオンハートが目を細め、考える
そして何かを決心したように頷くと、口を開く
「分かった。 約束しよう。 この戦いが終わったら...な。」
『こういうのなんて言うんでしたっけ。 ええと...』
「おっとディケ、そこまでだ、縁起でもない。」
『これは失礼。』
口に出すってのは案外力を持つもんだしな、などとシオンハートはぼやく
「...まぁ、約束ですよ、准将。」
「ああ、違えはしないさ。 さて、後はだが...」
今、旗艦のブリッヂにいる自分を思い浮かべながら、今ここにいるシオンハートは地上でのことを考える
そちらに着いてからが自分は本番、今どうこうしようとしても何もできることはない
機体の状況の最終確認でもするか?
そんなことを考えつつ、ローランドに声をかける
「...とりあえず機体の最終チェックだ。 ローランド、ディケ、今更言うことでもないが... 完璧にな。」
「了解、シオンハート准将。 行くぞ、ディケ。」
『了解、まぁ、でも補給も何も大体終わってますしね、最後の調整といきましょう。』
そう言って歩いていくローランドの背中をシオンハートは見送る
そして、自分も同じようにするか、と思い、歩いていった




