啓南グリー、出発進行。
頑張って書きました。
夜遅くにアイデアが降ってきて、明日起きて書こうと思って寝たら、アイデアがすっかりどこかへ行ってしまいました。
なんでもすぐ行動しないとダメですね。
グリーが練習する記念館に、春の風が吹き込む。
新入部員4人を迎えて新体制となった啓南グリーは、新たな気持ちで練習に臨んでいた。
「今日の練習は18時までです。各パート課題曲の音とりを開始してください。17時30分から合わせ練習を開始するので、5分前には集合をよろしくお願いします」
そういい終わって、佳苗はふうと小さくため息をついた。
今回が、部長になってはじめての練習だった。
今までは先輩方が進めてくださっていた練習を、今度からは自分たちで進めなくてはならない。
そう考えると、自然と気持ちが引き締まるような気がした。
今日の練習では、8月初頭に県大会が行われる某放送局主催のコンクールの課題曲の音とりを行う。
このコンクールは、全国の学校の合唱団体が、主催者が設定する課題曲と各校で独自に選択する自由曲の出来栄えを競い合うものだ。
課題曲は毎年3月末あたりに発表されるが、その作曲には毎年著名なアーティストや作曲家が携わるので、コンクールの名前は合唱を嗜まない人々にも知られている。
各パートに別れて、音とりを始める。
佳苗は、電子ピアノを前にして同じパート、トップテナーの2人と向き合って立つ。
「さらっと弾いてみるので、各自イメージを掴んでみてください」
コンクールには「小学校の部」「中学校の部」「高校の部」が設定され、それぞれの部門で別の課題曲を取り扱っている。
高校の部の今年の課題曲は、著名な小説家である比嘉義嗣氏が作った詩に、近年大きな支持を得ている作曲家の馬場恭子氏が付曲したものだ。
比嘉氏の作品は、思春期を迎えて色々と不安定になっている子供たちの未来に対する不安や葛藤を描いたもので、だれかを元気付けるような言葉が一言もないというところが特徴的だ。
このコンクールの課題曲は基本的に未来に希望を与えるものが多いが、この詩にはそういう文言がなく、ただ心情を描写するにとどめている。
曲は混声4部・男声4部・女声3部が用意され、その全てが無伴奏曲。つまりアカペラだ。
「今までのとタイプ違うよなあ、この曲」
3年生の上田浩介が、楽譜を手につぶやく。
彼は温和で優しく、面倒見が良い。
マスコットキャラのように丸っこい体は、その性格を表しているようだ。
「三村ちゃん、この曲どう思う?」
浩介は、1年生の三村こずえに意見を求める。
こずえはグリー唯一の女子部員で、中学校時代は合唱部に所属し女声合唱をやっていた。
中3の冬に男声合唱に出会い、惚れ込んでしまったという。
「テーマが重い分、重くなりすぎない演奏が必要でしょうね」
「…かなぽん、この曲どう作ろうか」
浩介は向き直って、今度は佳苗に意見を求める。
「そうですね…。長調系のセクションの表現がミソでしょうね。作曲家が何を考えて付曲したのか考えつつ表現していきましょうか。…じゃあ、冒頭から練習記号チャーリーのCまで通して歌ってみましょう」
電子ピアノでメロディを引くのに合わせて、先程とった音を歌っていく。
「定着のために、同じところをもう一度やってみましょう」
今度はピアノを弾かずに、手でリズムを取りながら歌ってみる。
「うん。いいと思います。先に進みましょう。デルタのDから、ゴルフのGまで弾きます」
啓南グリーの練習は基本的に、ブレインストーミングのような形で行われている。
経験年数や学年に関係なく、演奏を良くするためにどんどん意見を言うことが奨励される。
些細な気付きが、大きな違いとなって演奏に表れることは往々にしてあるからだ。
遠慮は無用。改善すべき点とその方法を積極的に議論し合うことはより良い音楽を追求するためには効果的なことなのだ。
◇◇◇
一度すべて音をさらい終わったら、何度か曲を通してみて、必要なところを補っていく。
一度の練習で完璧に歌えるようになることは少なく、パート練習を重ねていくことで精度を上げることになる。
また、パート練習で歌えても他のパートが入ってくると歌えなくなる、なんてことや、何度やっても和音がはまらない、あるいは変な感じがする、と思ったら間違った音やテンポをとっていた、なんてこともあるので、音とりは慎重に進めなければならないのだ。
「それでは、合わせ練習を開始します。各パート、進捗状況を報告してください」
顧問の福山六華先生はあまり練習に顔を出さない。
生徒同士でやりたい音楽を追求してくれ、ということなのだそうだ。
それゆえ、部長の佳苗が前に出て練習をまとめる。
合わせ練習とは、全てのパートでハーモニーを確認し、全体のバランスを見て今後の曲の表現方針を考える練習だ。
パートで上がった問題点や改善すべき点、改善の方法などを持ち寄り、全体の技能の向上を目指す。
「トップは一通りさらって、そのあと必要な部分を補いました」
「セクはジュリエットのJまでとり終わってます」
「バリは最後までとり終わってます」
「ベースも終わってます」
各パートの進捗を確認し、どのように練習を進めるかを即時に判断する。
「わかりました。じゃあ、ジュリエットのJまで一度合わせてみましょうか」
出だしはなかなか好調だったが、曲が進むにつれて、だんだんと自信がなくなっていく感じがするようになる。
「どうでしょう。今の」
佳苗はメンバーに意見を求める。
「そやなあ。まだ初めてやさかい、自信があらへんのやろか。曲が進むにつれて、勢いが無うなっていっとるなあ」
バリトンの2年生、皆川響紀が口を開く。
彼は京都市出身で、今は学校付近の下宿に住んでいる。そしてなぜかいつも白衣を着ている。
「それとな、音がぶちぶち切れとる。もっと滑らかに繋がんと」
「うん。そうだね。音とりがまだ不十分だろうから、その辺はパート練習で補いましょう。次は音をつなげるイメージを持って歌ってみましょう」
続いて、ベースの2年生、武内薫が意見を出す。
「俺は入りを揃えたい。この曲はアカペラだから、揃ってないとすぐバレる」
「そうですね。じゃあ、もう一度合わせましょう。次はあまり後ろまで行きません。練習記号のデルタのDに入る前まで合わせます。音をつなげるイメージを持って、かつ入りを合わせて。それじゃあ行きます」
もう一度合わせる。
今度は、入りを合わせようとするあまりに、攻撃的な印象を与えてしまっている。
「入りの時にアタックかけるのやめたほうがいいと思うな。流れが切断されてしまうし、何より曲のイメージと合致しない」
「そうだね。ここは指揮を見て入る、ということにしよう」
バリトンの3年生、赤羽根淋漓が佳苗の意見に応える。
「よし。じゃあ俺が軽く振ってみるので、アタックかけないように柔らかく入ってみてください。本番はフクヤマンなんであくまで参考程度に。さっきと同じことやりますね」
フクヤマンとは、福山先生のことだ。
本人がそう呼べと言っているので、グリーの面々はそれに従っている。
佳苗の指揮に合わせて演奏が始まる。
今度は良さそうだ。
「うん。入りに関してはいいと思います」
「それじゃ、今のを定着させるためにもう一度同じことをやってみます」
◇◇◇
「それでは、今日の練習はこれで終わります。伝達すべき事項はありますか」
「気をつけっ」
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
運動部さながらの挨拶で、活動時間が終わる。
部活が終わると、部員たちは思い思いに過ごす。
自主練習を始める者、家に帰る者、他の部員と駄弁る者。
佳苗は、同期の響紀と薫とミーティングを行っていた。
「今日の練習、どうだったかな」
佳苗は2人に感想を求める。
「良かったんちゃう?正直、初めてとは思えへんかったわ」
「そうだな。スタートは上々、ってとこだな」
「いや、実際は結構ヒヤヒヤしてたんだ。いつ響紀に変われって言われるかと思って」
響紀は、はっはっは、と笑って、冗談めかした口調で言った。
「俺が仕切ってもええよ?そのかわり、俺の独裁になるけど」
「やめれやめれ。そんなの誰も得しない。俺の独裁の方がまだグリーのためになるわ」
薫も響紀の悪ノリに絡み始める。
止められなくなる前に、佳苗は二人に話を振る。
「なあ。薫、響紀。俺、今年はなんだか行けそうな気がする。女声にも負けない演奏ができる気がする」
「そうやなあ。今年は10人超えたしなあ。問題は、小日向はんを頷かせるだけの演奏ができるか、やな」
「女声の連中を頷かせる演奏を創るのが俺らの役目、だな。啓南グリーの底力、見せつけてやろうぜ」
そう言って、パチン、と指を鳴らす薫。
現状、グリーが確実に出られる本番は4つ。
ひとつめは、啓明市主催の「春の市民合唱祭」。
ふたつめは、全日本合唱組合主催の全国大会の県予選。
みっつめは、啓明市主催の「秋の市民合唱祭」。
よっつめは、啓明地区合唱組合主催の「アンサンブルコンテスト」。
残念ながら、グリーは放送局主催のコンクールに出られない。
コンクールの参加規定で、各校1団体までしか大会への参加が認められていないからだ。
以前はグリーと女声合唱団が合同で混声合唱団として出場していたが、何年か前に音楽の方向性の違いにより合同での参加をやめた。
それ以来、部員が多く実力もある女声合唱部が出場し続けている、というわけだ。
グリーが課題曲を練習するのは、7月初頭に行われる文化祭の公演で使えるようにするためだ。
そこで女声合唱部の顧問・小日向なずなを唸らせるような演奏ができれば、来年度以降グリーがその放送局主催のコンクールに出られる可能性が出てくる。
しかし、文化祭の前にも本番がある。
春の市民合唱祭、通称「春市」だ。
全国大会につながるような本番ではないが、観客に「今年の啓南グリーは一味違うぞ」という印象を与えることは今後のためには必要なことだろう。
「まずは6月末の春市に向けて、フルスロットル入れていこうな」
そう言って、佳苗は、ふっと短く息を吐き出して、帰宅の準備を始めた。
コンクールの名前とか主催者とかの名前を出して訴えられるのが怖かったんで、それとなーく示す形で折り合いをつけました。
放送局のコンクールの課題曲についても、存在する楽曲をそのまま紹介するのもまずいんじゃねえかと思って架空の曲を課題曲として登場させています。
追記)内容をマイナーチェンジしました。大筋は変わっていません。
説明が不十分なところへの補足を行いました。




