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DAGOKU-ダゴク-  作者:
4/5

ふきつな記憶

 僕がジンに拾われてから、数か月が経った。


 時が経っても、僕は未だに記憶を取り戻すことができずにいる。自分の名前さえ思い出すことができない。思い出そうとすると頭が酷く痛む。だから、僕はもう自分の記憶を無理には思い出そうとは思っていない。

 それに、ジンが僕に「無理に思い出す必要はないよ」と言ってくれたのだ。

 僕にはその言葉が嬉しくて、今では記憶がないことに不安を感じていない。


 それでも、記憶の欠落は僕の中で不安の欠片ではある。


 今僕がいるのはジンの家の二階にある角部屋の一室。ジンが僕のためにそれほど大きくはないが、一部屋をまるまる貸してくれたのだ。

 僕はソファーに座りこんで、木製のドアをただ眺める。そのドアにはめ込まれたステンドグラスを通して、鮮やかな光が差し込んでくる。今日はなにもすることがないので、ベッドで寝ようかと考えてふと右を見る。

 壁に沿うようにして、奥の隅にベッドが置いてある。僕はソファの上で膝を抱えると、背もたれに体を預けて、左の方に体を向けた。

 そこには長ダンスがあり、その手前にある出窓はこの部屋にある唯一の窓である。その窓からは青天が見える。ここ二、三日は天気が悪く、曇天や雨模様が多かったけれど、今日は久々に晴れたのだ。ちょうど窓から真上に上って行く途中の太陽が見える。

 空が青いなあと当たり前のことを僕が思っている時だった。


 コンコンとドアを叩く音がする。


 僕には誰がノックしたのかすぐにわかった。この家に来てから僕はジン以外には会っていない。そう、彼以外にこの部屋を訪ねて来る人物は誰一人としていなかった。だからこそ、今回もジンだろうと思って、僕はドアに向かって返事をしようとする。

 けれども、僕が返事をする前にガチャという音と共に向かいのドアが開く。誰が入って来るのか、あらかじめ予想はついていたのに、それでも僕の体はビクッと反応してしまう。

 ジンのことを急に目にすると過剰に反応してしまうのだ。それは、ここ数カ月の時を経ても、変わることはなかった。


 信頼しているのに。


「傷、大丈夫そうだな。もう、飛べるのか?」


 そう、変わったのは僕の背中にある翼ぐらいだ。もう、二度と飛べないと思ったぐらいぼろぼろに傷つき、折れ曲がっていた。けれど、今では三対の翼は綺麗に元通りになり、純白の輝きを取り戻している。

 ジンに翼のことを質問されて、僕は自分の背中にある翼を見る。自分の意思で羽を動かそうとすると、未だに感覚がおかしいけれど、パタパタと少しだけ動く。

 でも、まだこの翼では飛ぶことはできそうにはない。


「傷は完治してるけど、まだ飛べないかなあ。でも! 二、三日すれば飛べそうだよ」


 僕は傷が治り、もう少しで飛べそうなことが嬉しくて、少しはしゃいだ声で言った。自然と頬が緩む。「へぇ」と言葉を返してきたジンの表情が見えなくて、彼が何と思ったのか僕にはわからない。

 僕が不安な顔をして彼を見ていると、彼は真剣な表情をして僕を見てきた。


「……連れて行きたいところがあるんだ」


「えっ。……うん」


 いつになく真剣な声音のジンに、僕は返事をすることに戸惑ってしまう。急なジンの変化に僕はついていくことができずに、ただ茫然と彼を見上げるだけだった。


 ジンは急に僕の腕を掴むと、僕をソファから引っ張って立たせる。僕の腕を掴む力が強くて少し痛い。


「ジン。痛いよ」


「……」


「ねえ、ジン。痛いよ」


「……」


「ねえ!」


 その後も、僕が何と言おうがジンは決して返事をしなかった。

 彼は手の力を緩めることさえしない。僕はただ彼が連れて行こうとしている場所まで、必死で着いていくしかなかった。家の階段を下りて、玄関に向かって連れて行かれると、僕は抵抗するのをやめた。

 ジンの家を出ると、彼は鍵をかけることもせずにそのまま森の中を進んでいく。


「ジン。鍵忘れてるよ。鍵!」


 ジンにそう声をかける僕の言葉を無視して、ジンは大股で歩いていく。

 道のない森の中をスタスタと速足で進んで行く。すると、目の前に古城が見えてきた。その古城を囲むようにして高い塀があり、その塀には蔦が絡まっている。それがより一層城を古くみせている。


 城?

 こんなに目立つ建物に僕は気がつかなかったなんて。でも、どうしてだろう。

 僕はここには入ってはいけない気がする。


 嫌な予感が胸の中を過るが、そんな僕の思いなど露知らず、有無を言わさずにジンが引っ張り続ける。抵抗と言うほどの抵抗もすることができず、古城はすでに目の前だった。僕は自動で開いた門を潜ると、厳つい鎧を着た兵士たちの間を通り抜けていく。

 その恐ろしい兵士たちの姿をあえて僕は視界に入れないように、一向に振り替える気配すらないジンの背中を一心不乱に見続ける。だから、気がつかなかった。


 ジンが僕の腕を離していたことに。

 次の話で終わりです。

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