花畑の中で
崖から飛び降りる寸前、マリーは勇者に声をかける。
「そんなに死にたいなら私が殺してあげる」
マリーは勇者に決闘を申し込む。
あの日の勇者を取り戻すために。
「なぁ……何も聞かないのか?」
「何が」
「さっきの……俺が引退させた冒険者の話」
「別に、興味ないわ。あなたはそんな人じゃないもの」
「そうか。……って、お前が俺の何を知って……?」
山を三十分ほど登った後、少し傾斜のついた地面に草木が広がっている。
俺たちの仕事は薬草採取で、今回探すのは星形の紫色の花びらがついた「ラウェンダー」という薬草。
この薬草の効果は……
「さぁ、やるわよ。ゴル」
「あぁ、そうだな……薬草を」
「剣を取りなさい」
「あぁ!?薬草を取るんじゃ……」
「そんなの、後からでもいいでしょ。行くわよ!」
声に突き動かされ、反射的に剣を取る俺。
地を蹴ったマリーの剣が眼前にまで来ていた。
速い。足場が悪いのに転ぶ気配がない。
「くっ!」
「薬草採取」からは想像もできない金属音が散り、俺はひたすら防御する。
こういうのは普通木刀でやるものだろうに、マリーは真剣を使いたがる。
マリーの剣は速く、剣を受けたかと思えば、重心をずらして自分の剣がいなされ、また別の角度から襲われる。
速いだけじゃない。
剣の力は緩まず足の底まで響くように重い。
「防御してばっかり、あなたの今の剣はつまらない」
マリーの剣にせいいっぱいで、それ以外のことが見えなくなっていた。
だから俺は、地面にある小さな窪みに気がつかなかった。
後ろの石に躓いたその瞬間……。
「終わりね」
仰向けになった俺の首元に銀の刃が突き付けられる。
誰がどう見たって俺の負け。
俺なんか弱いやつに勝って何が楽しいんだろう。
「ゴル、手加減ばかりして本当に舐めてるの?」
「舐めちゃいない。これが今の俺の実力だ」
「チッ」
つまらなそうに顔を背け、舌打ちをする。
そして小さい声で何か言っていた。
「昔はあんなにかっこよかったのに」
「何か言ったか?」
黙って先を急ぐマリーについていく。
「なぁ、なんで俺なんだ?」
「それは……」
足を止めたマリーが戸惑った様子を見せ、こちらを見る。
考えているようだが、言葉にならないようで結局答えてはくれなかった。
「じゃあ薬草を……」
そう言いかけた途端、「ドスン」と大きな地響き。等間隔に揺れるその衝撃はだんだんと大きくなる。
「!?」
日の当たらない木の群れの奥に、やつはいた。一つ目の魔獣「サイクロプス」。
3mほどの巨体で、2mほどの発達した前腕。
本来はこんな森の入り口に出ない魔物、どうしてこんなところに……
呆けていると、サイクロプスが前腕を後ろに引き、構えを取る。
「危ない!」
サイクロプスは引いた腕で木を引抜き……投げた。
横薙ぎに飛んでくる『それ』を避けることができず、「ドンッ!」と腰に強い衝撃を受ける。
マリーを抱えたまましばらく転がり、50mほど離れた場所で止まる。
手の中を見ると、マリーは無事のようで。
「よかった……」
「良くないっ!」
目を開けたマリーがはっとして、俺の肩を支える。
「ねぇ……ゴル!ゴル!」
強く呼び掛ける声が遠退いていく。
よかった、今度は守れたと安堵する。
「ねぇ……ねぇってば!!!ねぇ……勝手に死なないでよ」
マリーの言葉が途切れ途切れになっていく。
悲痛そうな顔を見てはっとする。
俺は何を勝手に死のうとしてるんだ。この命はすでに俺のものじゃない。
この子に殺されるまでは。
最後の力を振り絞って、バッグに入っている見本用のラウェンダーを絞って傷口に塗る。
ラウェンダーの効能は……『強烈な麻酔作用』
「マリー、動けるか?」
「うんっ、うん!」
「よく話を聞いてくれ、あそこにラウェンダーの花畑がある。そいつを摘んでアイツの口にぶちこむんだ。俺が囮になる」
「死んだら許さないから」
「あぁ、分かってる。じゃあ、行くぞ!」
合図をして地面を駆ける。足場が悪い分相手の動きも鈍い。
サイクロプスが両手で木を掴み、引き抜く。
引き抜いたそれを地面に叩きつけた。
小さな石礫が顔を打ち、前が見えない。
剣の腹で目を塞ぎながら倒れた木の上に飛び乗る。
「遅い!」
サイクロプスは力は強いが、動きは遅い。
だから、攻撃の後は隙が生まれる。
再び木が持ち上がるころには、俺はもうサイクロプスの一歩手前。
木が持ち上がる反動を味方に踏み込み、跳んだ。俺はサイクロプスの眼前に飛びかかる。
「グアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
振り向き様にサイクロプスのまぶたを切り裂き、準備満タンの『そいつ』に合図をした。
「くたばれぇぇぇ!!!!!!」
大量のラウェンダーをすりつぶした玉をそいつの口の中に放り込む。
あとは……
「おらぁ!!!」
採集用の袋をそいつの頭に被せてぶら下がる。
サイクロプスは振り払おうとするが、腕の筋肉が発達しすぎているせいで首の後ろにまでは届かない。
10秒……20秒……30秒と時間がたつと、サイクロプスは倒れた。
この量だと1時間は持つだろう。
「はぁ……はぁ……」
マリーも疲れてるみたいだし、俺が後は処理を……と立とうとすると、頭がぐらっとする。
駄目だ……麻酔が……。
マリーの言葉が聞こえる気がするが、何を言っているかは聞こえない。
「……!」
「……ル!!」
「ゴルっ!!!!」
はっとして目を覚ますと、知らない部屋にいた。
「サイクロプスは……?」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
後で話を聞くと、解体までマリーがやってくれサイクロプスの頭をギルドに提出してくれたらしい。
「そうなのか、迷惑かけたな」
「ええ、ええ。大迷惑よ……私は……死んだかと」
泣いてる?
こんなに泣かれるとは思っていなかった。
「でも……ありがとう。やっと勇者らしくなったじゃない」
「勇者」、その言葉が懐かしく聞こえる。最後に人を助けたのはいつだっけな。
こんな風に面と向かって感謝をされたのはいつぶりだろうか。
不意に、ある少女の顔がフラッシュバックする。
「勇者様!ありがと!たすけてくれて。私もいつか勇者様みたいに……」
マリーゴールドの花畑、その中央にいる彼女はそのころ8才だったろうか。
断片ながら覚えている。
あれは……
読んでいただきありがとうございます。
作者も泣いて喜んでいます。




