第77話 異世界の始まり――(完)
おれにとって異世界は転生する前からあった。
しかしその世界では剣も魔法も無く、無双もできないしハーレムを築くこともない、誰であろうとも同じルールで戦う世界だった。
しかしそこにあるのは勝つか負けるか。
そして強さこそがその世界の全てだった。
勝った者が偉くて、負けた者が悪い。そんな恐ろしく醜い世界だというのに――それなのにいつまでもその恐ろしさに魅了されていた。
けれど……そんな世界と突然の別れを突き付けられ、いつの間にか本当におれの知らない《異世界》に連れて行かれてしまった。
いろんなことがあった。
おっさんが幼女になって、まさかの格ゲー知識でなんとかなってしまった異世界。
ゲームセンターと呼ばれるおれの知っていた《異世界》とは全く違う……それなのにおれはそんな別の世界で生きることができた。
そしておれは《まほうしょうじょ》ではなくなり、《荒使》の王となっていた。
王の敗北は世界の消失であり、《転生者》の敗北は《まほうしょうじょ》の記憶の消失――どちらも選びたくなかったおれは、おれ自身がその王さまの役目をすることでその二択から逃れようとした。
こんなカスのトンチを効かせてどうにかなるのか?
なんて、思っていたけれど……どうにかなってしまったのだから仕方ない。
異世界は消えなかった。
だからおれはこうしてここにいる。
しかしおれの時間はそこから止まってしまった。
《荒使》は元々は《まほうしょうじょ》の練習用に使うための人形でしかなかった。
なのに勝手に敵役にされて、へんな機能つけられて、挙句にサイズのデカい《荒使》にいたっては《まほうしょうじょ》を動力源に動いてるやばい人形だった。
ほんま最後までおれの前に神さまとか女神さまが謝罪に来ることはなかった。
よくある元の世界で死んだら転生する間のクッションで対面するであろう謎空間で話し合いをすることもなく。何の説明もないままこんなところに連れて来られてしまったわけで。
そんなこの異世界が元は格ゲーの世界だったとしても、それを一つの世界として創造した上位存在が姿を見せに来ることはなかった。面ぐらい見たかったもんだ。
元になったゲームが未完成だからって勝手にいろいろ手を加えたせいでめちゃくちゃにされて、《転生者》もこの異世界の住人たちも揃っていいように動かされてる。
「ぜってー10先やろ……。もし雲の上からこっちを見下ろしてるならいつか絶対おれが出向いてボコすわ」
声を掛けることもせず、ただ見ているだけの神さま連中がいるなら――いつの日かおれが必ずそいつらのところまで行ってボコボコにしてやりたいと思ってる。
なんて、そんな日が来ることはまだないけれど。
おれが王さまをやることで、この異世界はまだ現存している。
あれからどれくらいに時間が経ったのかはわからないけれど、おれがここにいる限り次の《転生者》が現れることはないと思う。
そして他の《まほうしょうじょ》もまだここまで辿り着くこともなく――おれはずっと独りでやることもなく、塔のてっぺんで座り込んだままだ。
「ひまだ~…………」
お別れをしたあの日、塔はふたつに割れて崩れたはずだった。
しかし次に目を醒ませばそんなことはまるで嘘のように塔は元の形を取り戻し、おれは塔のいちばん上にいたわけで。
それにしても空に手が届きそうなぐらいに高い塔だというのに、塔のてっぺんから見える景色は真っ白い霧のようなもので覆われていて何もみえない。
景色を楽しむこともできなくて、本当に何もないこの空間を独りで暮らしているのだが……、
「頭おかしなるで」
《荒使》はおれが全部ぶっ壊してしまった。
あまりにも暇だったから端から端まで対戦したら、気付けば一体残らず壊してしまったのでもうどこにもない。
まだ人の姿をしているだけの《荒使》はいいけど、《まほうしょうじょ》を介して動くタイプのモノとか悪趣味すぎて不要だ。
そのときはまだ身体を動かしてたから良かったけど、いまじゃもう八つ当たりできる木偶も無くなってしまったせいで更にやることがなくなってしまった。
空の色も変わらない。
外の景色は見えない。
朝も夜もどこにもなくて、腹は減らないし、時間というものがどこかへ捨てられて、おれはただ生きているだけ。
じゃあ、おれはそのままおかしくなってしまうのか?
いや、全然――トレモはできるから。
木偶がなくなってコンボ練習はできないけれど、それでもコマンド精度が落ちるのは嫌すぎるので時間も一生あるなら、それだけは怠らない。
だっておれがいまこの異世界の王さまを担当してるんだ。
もしここまで来た《まほうしょうじょ》に簡単に勝たせるわけにはいかないだろうに。
待ってる。
ずっと、待ってる。
早く戦いたい――強くなったおまえらと対戦いたい。
ずっとここにいる。
ずっと、ここで待ってる。
おれより強いやつが、会いに来い。
「ほんま、どんだけ待ったことか」
覆われていた濃い白い霧が突然、晴れた。
こっちはずっと陰鬱みたいな気分だったのに、馬鹿にしたみたいに真っ青な空に、アホみたいに眩しい陽射しは入り込む。
塔の頂上に、太陽よりも眩しい金色の光がおれの前に立ちはだかる。
《首輪》は《虹色》を示す、無数の色を煌めかせて黒いマントを翻しながら、
「待たせちゃって、ごめんね」
初めて会ったとき、おまえは勝つために必要なことを知らなかった。
初めて知ったとき、おまえは勝つことを切望し、それは叶えられた。
きっとお前は気付かないだろう。
何度も、何度も……《転生者》が敗れることで、《記憶》を消されてはまた一から始められて、それでも、勝ちたいという想いだけは決して零にはならなかった。
それだけは零さずに、おれと出会っただけだ。
おれがすごいんじゃない。おまえがすごいんだ。
おまえが、数え切れぬ喪失をその身に受けても――前を向いて歩いて進み続けたからこそ、ここまで繋いだ。
そんな、おまえだからこそ……いつか必ずここまで来れると信じていた。
「なぁ……ソアレ――ここまで来るのに何回負けた?」
「いっぱいかな」
「そうだろうな」
でも、
「ここまで来るのに何回勝った?」
「いっぱい、かな」
だから、おれは笑った。
「それでいい」
どれだけ負けても、勝つためにその歩みを止めなければ今よりずっと強くなれる。おれも、そうだったから。
マントがなびいている。
真っ直ぐ見据えるソアレ。初めておれと出会った頃のソアレとはまるで別人のように――自信に満ち溢れた、自分を信じてここまで来た者の表情をしたまま。
「……わたしかルミアちゃんのどっちかだったんだよ。ギリギリわたしが勝てたんだけどね」
そう言ってわざとらしく笑うソアレの横で、少し悔しそうな顔をするルミアの姿が見えた。
「……トリノ、ひさしぶり」
ルミアも《首輪》の色が《金色》に染まっている。あの対戦することすら怯えていたこの子だったけれど、あの日――ミソギと対戦して、おれたちを塔の屋上へと連れて行ってくれたあの時点で完全に生まれ変われたんだなって。
「ひさしぶりだな。《穢濁》も元気そうでなにより」
ってか初めて会ったときはもっとこうデカい獣のバケモノのようなおぞましい見た目をしていたのに気付けばルミアの小さな肩に乗ってマスコットキャラと化しているのだが……。
ってかコイツもコイツでおれに向かって小さい手を上げてる。どうやらおれのことをちゃんと覚えているようだ。
「ギリギリだった……ほんとならルミアが、勝ってた――」
「あはは……」
あれから何度も何度も対戦を繰り返していたのだろう。
そして《まほうしょうじょ》たちは《首輪》を《虹色》に変えるために対戦し、
「パイセンとスティルはどうしてる?」
「そりゃ毎日対戦してるよ。勝ったり負けたりを何度も何度も」
「そうか……はは……そうかぁ――――」
うらやましいな。
おれがガキだったころ……将来の夢とか、未来の不安とか――そんなもん気にもせずに、ただひたすらに格ゲーのことしか頭になくて、あのときがいちばんいろんなことを考えていた。
相手の使ってるキャラの対策だの、そもそも相手の手癖だの、自分のコンボ精度を上げるためにひたすら練習して、ただ勝つためだけに全ての時間を対戦に捧げていた。
おれは、それだけで満足だった。
でも、いつか大人になってしまったとき――やりたかったことも、なりたかったことも、なにもかも空っぽのまま……おれはここまで来てしまった。
おれの目の前にいるソアレたちは、おれがもう一度戻りたかった……帰りたかった過去そのものだ。
おれも、もういちどそこで生きたい。
望んだわけじゃない。
気が付けばそこにいた。
だけど、これが、ここが……おれの本当に望んだ場所なのかもしれない。
「みんな、変わっていくんだな」
そして、おれはソアレたちに背を向けて外の景色を見た。
「そうだよ。森しかなかったこのせかいに……おっきな水たまりができたんだよ」
おれもいま知った。
塔はずっと霧に覆われていて、何も見えなかった。しかし霧が晴れたことで外の景色がよく見える。
森の向こうには海が見える。
城と森しかなかったこの世界に、新しい舞台が出来上がっている。
未完成だったこの《異世界》が、大きくなっていく。
きっと――この世界を創造した作者が、完成に向かって動き出したのだろう。
「これでおれが負けたら、この世界はどうなると思う?」
そして振り返って、おれはソアレに問う。
この異世界は《荒使》の王を倒す物語――
けれど《転生者》の敗北は《まほうしょうじょ》の記憶が消え、また物語の冒頭へと戻る作りになっていた。
そしていまはおれがその王さまの役をやっている。
ソアレたちがここに来たということは、やるべきことは一つだ。
もしも、おれが負ければ――――この世界は、どうなる??
「……トリノちゃんが負けちゃう世界なら、いらない」
「ん……トリノが、負けるなら……ルミアもいらない」
しかし返ってきたのは意外な言葉。
だからおれは笑う――悪手にもほどがある。失敗した。おれがいまソアレたちにした問いは、あまりにも恥ずべき言葉だった。
「対戦する前から負けたら~とか、言うもんじゃなかったわ」
自分が恥ずかしい。
全戦全勝だろうが。
「トリノちゃんが負けるなんてありえないもん」
でも、ソアレはおれの前に歩いて来る。
「だから、だからね……」
ソアレは微笑みながら、
「もう、もう…………どこにも、行かないで――――」
「ああ、もう……どこに行かない」
どこにも行けない。
おれはこれ以上、自分からどこかへ行くような選択は取れないから。
もうソアレたちを悲しませるような選択を取ることもない。
迷うこともない。おれの願いは既に叶っている。
若く目を輝かせてレバーとボタンに触れたあの頃のおれに、この異世界なら戻れそうな気がして。だからおれはこの異世界に来て、今日までずっと腐らずに生きて来れた。
ソアレやルミアに知識を教えたことも、教えてことで上達していく様子が見れたこともおれは嬉しかったんだ。おれが誰かの役に立ててることが本当に。
そしてそんな《まほうしょうじょ》たちが今日までランクを上げて対戦を繰り返す様子も、こうしておれと対戦するためにランクを上げてきたソアレたちを前に、おれはもっとこの子たちを強くしたいと思った。
おれがもし負けたら、この異世界が終わるのなら――そのときはその結末を受け入れると思う。だっておれが育てた《まほうしょうじょ》たちに敗れるなら悔いもないしな。
だからここでずっと《虹色》のランクとなった《まほうしょうじょ》を待ち続けて対戦し続ける。そして勝ち続ける。いや、もしかしたらこの世界がまだ未完成なせいでそうなのかもしれない……完成することでルールは変わるかもしれない。
確証もないしおれにはわからないけれど、そんな期待をせずにはいられない。
でもこの異世界に新たな海のステージが追加されたのだから、もっと別の仕様も、戦い方も増えていくかもしれない。
でも、他人に頼るよりおれが負けなければいいだけだ。
「よし、じゃあ10先するで」
久しぶりの対戦なんだ。一回で終わりなんて寂しいやん。
「トリノちゃんに教えてもらって、ここまで来れた」
ソアレは拳を構える。片手剣はもうなくて、おれと同じ素手のまま。
「でも、一度でいいから……トリノちゃんと戦いたかったんだよね」
もうおれはどこにも行かないし、ずっとここにいる。
「トリノちゃんが負けるなんてありえないけど、そのありえないをわたしは変えたい」
その目には強い意志が宿っている。ここまで来るために数え切れない対戦を重ねてきたのだろう。だからおれもソアレがどれだけ強くなったか確かめたい。
「おれもや、最後まで楽しませてくれよ」
なんてイキってみせるけど、おれは内心ワクワクしてる。
やっぱ対戦は対人がいちばんや――もう、我慢できねぇ。
そして対戦が始まる。
もちろんおれは絶対に勝ちに行く。負ける要素はない。
こうして、おれの異世界の物語は再び始まり――――
望まぬ転生は、いつしか望んだ転生へと変わっていく。
だから、おれはこの異世界で生きていく。
これからも、どこまでも。
――――おわり。
ここまでお読み頂きありがとうございました。
↓↓の☆☆☆☆☆から★1から★5で評価してもらえると嬉しいです。
作品のブクマもしていただければ次回作への励みになります。
書くのが遅いのでまた間が空いてしまい、
ひと月以上お待たせするかもしれませんが四作目を投稿する予定です。
それではまた投稿したときはよろしくお願いします。




