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 翌朝。


 メイドによって一口で収まる量にされた朝食を済ませると、わたしは早足で厨房へと向かった。


「おはようございます」


「おはようございます、エミーさん」


 お互い挨拶を済ませると、それ以上言葉を交わすことなく揃って昨夜石鹸を詰めたバットを保管している所に歩む。


 ドゥーイは食器を保管する戸棚の一番下の段に、石鹸を置くスペースを作ってくれていた。戸を開くと、見るだけで重量感のあるバットが目に入る。


 棚から出し、明るいところで見ると以前作ったものよりもしっかり固まっているように見えた。


 ゆっくりと指で触れてみる。


 硬い。


「ガッチガチですね」


「……ということは」


「はい。成功です」


「おお!」


 昨日作った灰汁は、廃油を硬化させるのに充分な条件を満たしていたようだ。それぞれの分量が適当だったので上手くいくかかなり不安だったけど、成功して本当に良かった。これで灰汁を作る時間が一気に縮まった。材料の適切な配分は後々余裕が出てから考えればいいや。


「それではバットから取り出してください」


「はい」


 気を良くしたわたしに指示されたドゥーイは、バットをテーブルの上ですばやくひっくり返す。


 すると前回あれほど手こずったのが嘘のように、石鹸はバットからつるりと落ちた。勢い良く落ちすぎて、テーブルがドスンと大きな音を立てたぐらいだ。


「おお、いとも簡単に落ちましたな」


「やっぱりバットに紙を敷いて正解でしたね」


「この紙には蝋が塗ってあるのですね。それがまた功を奏したのでしょう」


 クッキングシートがなかったので紙を敷くという苦肉の策だったが、存外上手くいったようでわたしは満足だ。この方法は大量生産する時に是非マニュアルに入れたい。


 そして紙に一工夫して蝋を塗っておいた昨日のわたしを褒めてあげたい。蝋のおかげで石鹸から紙がスムーズに剥がせるのだ。それにより接地面もきれいで、これなら売り物にしても何の問題もないだろう。


 テーブルには紙を剥がした石鹸が置かれて、後はこれを小さく切るだけだ。


 だがここで新たな問題が発生した。


 希望通り硬い石鹸ができたのは良いが、今度は硬過ぎて包丁では歯が立たないという問題が発生した。


「すみません。これ以上は包丁を駄目にする恐れがあるのでわたしにはとても……」


 歯がわずか数センチほど入ったところで、ドゥーイがギブアップ宣言した。包丁は料理人の命と聞いたことがある。彼が断念するのも無理はないだろう。


 そんなに硬い? と思わず言いそうになったが、現代の石鹸も刃物で切ろうとすると結構苦労することを思い出す。現代のステンレス製の包丁でも手こずるのに、この世界の未熟な鍛造品ならなおさらだろう。


「そうなるともう鋸で切るしかないですかね……」


 しかしそれをやると、細かい石鹸のカスが大量に出てロスが大きくなる。まあ出てもそれを集めてまた固めればいいだけなのだが、それをする時間と手間のロスが惜しい。


 そこでふと、この屋敷にドゥーイの他に〝切ることの専門職エキスパート〟がもう一人いたことに気づく。


「ちょっと待っててください」


 ドゥーイにそう告げると、わたしは厨房を出て居間へと駆ける。


 居間に行くと、いつもの定位置に目的の人物はいた。というか暖炉の前で寝転がっていた。


 そうですエッダです。


 鎧を着た相手や硬い皮膚や鱗を持つ魔物を斬れる彼女なら、石鹸ぐらい一刀両断だろう。


「エッダ、起きて起きて」


 エッダの肩を揺さぶると、昼寝していたのか「うにゃ……エミーか。なんか用かにゃー」と眠そうな声を上げる。にゃーとかそういうキャラじゃないだろあんたは。寝ぼけているのか。


「いいから早く起きて。そして剣持って厨房まで来て」


「剣? 厨房にゴブリンでも出たのかよ?」


「説明はあと。とにかくすぐ剣持って厨房に来て。はい復唱!」


「……すぐ剣を持って厨房に行きます」


「急いで! 駆け足!」


「はい!」


 しゃきっと飛び起きたエッダは、剣を取りに駆け足で自分の部屋へ向かう。これで良し。わたしも急いで厨房へと戻る。


 厨房で待っていると、言われた通りに剣を持ったエッダがやって来た。


「お~いエミー、厨房に剣なんか持って来いってどうした?」


「あ、やっと来た。遅いよも~」


「いや、言われた通り走って来たんだけど……」


「それよりエッダにお願いがあるんだ」


「話聞けよ」


「あのね、その剣でそこの石鹸切って」


「は?」


「ようやく石鹸ができたんだけど、今度は硬くて小さく切り分けられなくて困ってたんだ。だからお願い」


「いや説明されてもわかんねーよ。むしろ疑問が増えたわ」


 そう言えばエッダは石鹸制作には一切関わっていなかったっけ。よくよく思い返せば、石鹸作りの発端になった話し合いの時にはリリアーネと一緒に仕事でいなかった。そりゃ知るはずもないわ。


 わたしはエッダに石鹸が何なのかと、これまでの経緯を簡単に話す。


「事情はわかったが、お前あたしの仕事を何だと思ってんだよ」


「こんなことエッダにしか頼めないの。お願い!」


 顔の前で両手を合わせて拝むと、エッダは怒ってるのか悩んでるのかわからない表情で唸る。


「まったくお前は、誰にでもそういうことを言う……」


「いやいや、エッダにしか言わないって。本当にいつも頼りにしてるんだから」


「ン~~~~~~~~~~~~~~……」


 ひとしきり悩んだ後、結局エッダは折れたようで、「ったくしゃーねーなー」と大きな溜息をつきながら剣を抜いた。


「で、どうすりゃいいんだ?」


「この石鹸を切り分けてほしいの」


「大きさはどれくらいだ?」


「そうだな……とりあえず縦五等分、横四等分で」


「わかった。危ないからちょっとどいてろ」


「うん」


 エッダはわたしが数歩離れたのを見届けると、テーブルに乗った石鹸の上部に剣を軽く乗せた。


「フッ」


 わたしには、彼女がまったく力を入れずただ軽く息を吐いただけにしか見えなかった。だが刃はまるでそこに何も無かったかのようにすんなりと通り、コトンと小さな音を立ててテーブルに当たった。


「……え?」


 その様子を見て、ドゥーイが信じられないものを見たという顔で声を上げる。


 だがエッダはその声が耳に届いていないくらい集中しているのか、淡々と石鹸を切り分ける。


 トン、トン、トンと一定のリズムで剣がテーブルに当たる音が厨房に響くと、あれほど硬かった石鹸が綺麗に二十個に裁断された。


「よし、終わり」


 エッダは剣を鞘に収めると、振り返ってじろりとわたしを睨む。


「言っとくが、いくらエミーの頼みでもこんなことするのはこれっきりだからな」


「うん、わかった。ありがとうエッダ」


 さすがに剣士の剣で石鹸を切らせるのは失礼だったか。これはちょっと反省しないと。それと今後の裁断方法も考えなければ。


 ともあれ、小さくなっても石鹸はその硬さから洗い物で使ってもそう簡単に減らず、わたしとドゥーイの満足のいく結果となった。


 これで実用テストもパスしたし、無事商品として完成した。これで揚げ物と二本柱で商売を始められるぞ。


 あれ、そういえば何か忘れているような……?


次回更新は活動報告にて告知します。

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