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ようやく石鹸が商品として完成し、これで本格的に商売が始められる。そう思った矢先、もう何度目か数えるのもうんざりするがまた問題が降りかかった。
石鹸作りも無事ひと段落し、メイドによってわたしだけ病院食みたいな昼食を終えた後の、ティターニア家の居間でのことだった。
思い出したように、フィオがわたしに言う。
「王都で商売するんやったら、王都の商業ギルドに入らんとアカンで」
そう言えば、そんな話もあったなあ。下着製作の時に王都のギルドに加入していないわたしたちは、現地の職人を雇えず散々苦労したっけ。まあそのおかげでゾーイに出会えたんだけど。
「フィオは入ってないんですか?」
「うちはオブリートスの商業ギルドに登録しとるからなあ」
「ひょっとして、二重登録って駄目なんですか?」
「別にかまへんで。いろんな国を渡り歩いてる行商人やと、複数の国の商業ギルドに加入してるのは珍しくないしな」
「なるほど、では――」
「あ、うちはアカンで」
当てにしていたフィオに、いきなり断られた。まだ何も言ってないのに。
「どうして?」
「だってうちはオブリートスの大店、コンスタンチン商会の会長の娘やで。お父ちゃんの跡を継ぐんやから、他の商業ギルドには入らへん」
「え~……」
大店なら、なおさら複数加入しといた方がいいんじゃないかなあ。たぶん会長もしてると思うよ。けどまあ本人がしたくないのなら、無理強いするわけにもいかないか。
「仕方ない。だったらわたしが登録します」
「うちもそれがええと思う。エミー商店の誕生やな」
エミー商店……。僅か八歳で自分の店を構えることになろうとは。いや、いきなり店舗なんて無理だから露店から始めることになるだろうし一国一城の主とはいかないか。
ともあれ、王都での出店はわたし名義ですることとなった。
そうと決まってからは早かった。
わたしはフィオとエッダに連れられて、王都オブリートスの商業ギルドまでやって来た。
「さあ、着いたで」
「ここが商業ギルドか。初めて来たぜ」
「冒険者にはあんまり縁が無いところやからね」
商業ギルドは冒険者ギルドとは建物の外観から違う。冒険者ギルドが西部劇の酒場だとすると、商業ギルドは町の信用金庫といった感じだ。伝わるかな、この微妙なニュアンス……。
「いつまでも突っ立っててもしゃあないし、とっとと中入るで」
先陣を切るフィオに続いて建物の中に入る。
商業ギルドの内部は、掲示板があったりカウンターがあったりと冒険者ギルドに似ていた。しかし決定的に違うところは、中にいる者が全員商人だということだ。鎧を着て剣を佩いたむくつけき荒くれ者たちと違い、商人たちは身なりが良く物腰柔らかだ。しかし常に自分以外を値踏みする鋭い眼光は、戦闘時の冒険者にも引けを取らない。
今も何人かの商人が集まって談笑しているが、腹の底から笑っている者など誰一人いない。皆相手の僅かな表情の変化や言葉の裏を読んで、自分だけ儲けようと企んでいる。
「エミー、こっちやで」
受付のカウンターの前で、フィオがわたしを呼ぶ。彼女は既にオブリートスの商業ギルドに登録してるので、勝手知ったる何とやらなのだろう。
「オリエルバスの商業ギルドにようこそ。ご登録ですか?」
受付は若い女性で、わたしやフィオではなくエッダに向かってにっこり営業スマイルで言った。しかし笑顔の端には、『獣人が商業ギルドに何しに来たんだ?』という疑問が見え隠れしている。
確かに子どものフィオやわたしよりは、計算が苦手というか、まっとうな教育など受けていない者が多い獣人だけど大人のエッダの方がまだ商業ギルドに用がありそうに見えるかもしれない。
「あ、いや、用があるのはあたしじゃなくこっちなんだ」
そう言うとエッダはわたしの首根っこを掴み、ひょいと受付のおねえさんの前に持ち上げる。
「え? こちらのお嬢さんですか?」
「はい、商業ギルドに登録したいんですけど、受付お願いできますか?」
猫の子みたいな状態のわたしが言うと、受付のおねえさんは一瞬眉間にしわを寄せるが、すぐにまた営業スマイルに戻る。さすがプロだ。
「商業ギルドに登録するには、簡単な読み書きと計算の試験がありますが、よろしいですか?」
言葉の端に『ここはお前みたいな子どもが来る場所じゃねえんだよとっとと帰れ』といううんざりした負のオーラを感じるが、わたしとて見た目通りの子どもではないし、この手の表面を取り繕った悪意には慣れている。伊達にアラフォーまで生きたわけではないのだ。
「大丈夫です。早く試験をお願いします」
物怖じせずわたしが答えると、おねえさんは一瞬こめかみをピキらせつつ、書類棚から一枚の用紙を取り出した。
「ではこちらの用紙にご記入願います。当然、登録する本人が自力でやるのが規則ですので、ご同行の方に話しかけたりしないでくださいね。もし不正されたら、その時点で登録資格ナシと判断しますのでご注意を」
「わかりました」
わたしは用紙を受け取ると、役所の用紙記入机みたいなテーブルに移動する。
が、商業ギルドはわたしのような幼児が登録することを想定していないので、(まあどのギルドでもそうだろうが)身長が足りずにテーブルまで届かなかった。
「あの……すいません、届きません……」
さすがに受付もこれはイカンと感じたのか、急遽奥から木箱を持ってきてくれたので、それに乗ってどうにか用紙の記入を終えることができた。
「終わりました」
「え? もう終わったんですか……?」
結果は当然余裕で合格し、商業ギルド内をざわつかせた。
「そ、それでは登録が完了いたしましたので、本日より王都オリエルバスでの商業活動を許可します。こちらはギルド証となりますので、商売をする時は必ずすぐ提示できるように携帯しておいてくださいね」
まだ衝撃が収まらないのか、呂律の怪しいおねえさん。それでも既定の文言を言い切ったのはさすがプロである。
登録料の銀貨一枚を払って渡されたギルド証は、薄い金属板に革紐を通した、まるで社員証みたいなものだった。
ともあれ、これで商業ギルドに登録完了。大手を振って商売ができる。
次回更新は活動報告にて告知します。




