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 ドゥーイに礼を言い、厨房を後にする。


 初めての石鹸作りが終わり、いろいろな問題点が見えてきた。


 まずは灰汁の問題から片づけよう。


 今回の石鹸が硬度不足だったのは、恐らく廃油に混ぜる灰汁のアルカリ濃度が低かったからだろう。料理で言うと、とろみをつけるための水溶き片栗粉の量が足りなかったといったところか。


 なので解決策は片栗粉、じゃないアルカリ濃度を上げてやればいい。


 そこで今度はただ灰を煮るだけではなく、一緒にアルカリ性のものを足して濃度を高くする方法を試してみようと思う。上手くすれば、一度で灰汁の濃度を廃油が固まる基準まで上がって時間短縮になる。是非試したい方法だ。


 足す材料は、もう決まっている。カルシウムとカリウム、そしてナトリウムだ。どれもアルカリ性で、灰汁のアルカリ濃度を上げてくれるだろう。何より入手しやすいのもいい。卵の殻と芋の皮、そして塩なのだから。


 これらを使えば、一度の工程で必要なアルカリ濃度の灰汁が作れるかもしれない。そうなると次は灰汁の採取だが、問題はその方法だ。濃度を上げるために灰汁を煮ると、灰を沈殿させるために一晩寝かさないとならない。これがかなり時間のロスだ。


 寝かさずに灰汁を採取するためには目の細かい濾し布が必要だが、それはまだ見つかっていない。


 濾し布が見つかるまでは、灰を沈殿させる方法でやるしかないか……。


 いや、ここは大幅な時間短縮のために、何とか濾し布を入手する努力をしなければ。


 しかし、どこを探せば……。


 いや、ちょっと待て。


 高価なシルクの布と言えば、ドレス。


 ドレスなら身近に当てがあるではないか。タンスの中にずらりと豪華なドレスが並んでいるような、貴族のお嬢様が。


 だが、「灰を濾すのでそのドレス駄目にしていいですかドゥヘヘ……」と訊くのはさすがに気が引ける。わたしだったら即答で「NO!」だ。


「う~ん……」


 食堂を出たところで悩んでいると、廊下の向こうでわたしを見つけたシャーロットが声をかけてきた。


「石鹸作りはうまく行きましたか?」


「初めてにしては上出来ですが、商品としてはまだまだといったところですね」


「そうですか。残念ですね」


 シャーロットはまるで自分のことのように、心底残念そうな顔をする。


 いや、決して他人事ではない。脱コルセット計画が破綻した今、わたしが新たな事業を立ち上げなければティターニア家の財産は目減りするばかりだ。


 このままずるずるとお金が減り続け、再び困窮するのは絶対に避けたい。なので一刻も早く何かでお金を稼がないと。


「わたくしにできることがあれば、何でも仰ってくださいね」


 だが、彼女がそんな自分の利益のことばかり考えるような人ではないことは、さほど長い付き合いではないがよく知っている。もちろん、まったく純粋に善意だけとは言わないが、今もきっと心からわたしを思って言ってくれているのだろう。


 だからきっと、遠慮をするのは逆に失礼なのかもしれない。そう考えたわたしは、思い切って彼女に打ち明けてみた。


「では、一つお願いがあるんですが……」


「はい、何でしょう? わたくしにできることでしたら何なりと」


 わたしは石鹸を作る工程を説明する。そこで時間短縮のため灰汁を濾す目の細かい布が必要だとも。


 するとシャーロットは事もなげに言った。


「でしたら、わたくしの服をお使いください」


 わかってはいたけど、まさかここまで即答するとは……。


「いいんですか? 一度使ったら灰まみれでもう二度と着れなくなるんですよ」


「構いません。服の一着や二着を惜しんでこの機を逃す方が、よほど愚かなことです」


 エミーさんは今必要なのでしょ? と微笑みながら問う彼女に、わたしは深い感動と同時に彼女の覚悟の決まり方に少しばかりの畏怖を覚えた。


 この人、商売の才能もあるんじゃなかろうか。


 しかし、こうも何度も覚悟を見せられたら、そろそろわたしも腹を括らねばなるまい。元より走り続けることを宿命づけられた計画だ。最初から止まる気なんてなかったはずだ。


「わかりました。ご協力お願いします」


「喜んで」


 シャーロットは誇り高い微笑みを浮かべてそう言うと、わたしを連れて自室まで足を運ぶ。


「どうぞ」


 部屋の主に招かれて中に入ると、室内は意外と簡素なものだった。ベッドに天幕はないし、衣装箪笥の数も大きさも極めて普通だ。貴族のお嬢様の部屋ってもっと豪華な家具とキラキラフリフリしたもので埋め尽くされているものだと思っていたが、拍子抜けだった。


「少々お待ちください」


 ぽかんと立ち尽くしているわたしをよそに、シャーロットは衣装箪笥を開けて中の服を吟味する。


 赤や青の綺麗なドレスをかき分け、目的のものを引き抜いた。


「どうぞ、これを使ってください」


「こ、これは……」


 彼女が手にした服を見て、わたしは自分が勘違いしていたことを思い知らされた。


「わたくしの花嫁衣裳ウェディングドレスです」


 それはエクスウルマの貴族に輿入れした時に持参した花嫁衣装だろう。結局使わなかったようなので、ほぼ新品だ。大事に保存しておけばいつかまた使えるだろうに、それを惜しげもなく差し出してきた。


 これは覚悟を決めたとか生ぬるいものじゃない。


 彼女は家の再興だけを求め、


 それ以外を全部捨てたんだ。


 それを〝覚悟を決めた〟と言うのなら、あまりにも壮絶な決意。僅か十六歳の少女がしていいものじゃない。


「ほ、本当にいいんですか……?」


 掠れる声で問うと、シャーロットはにこりと笑って頷いた。


「もちろん。どうぞお好きにお使いください」


 差し出された花嫁衣装を受け取ろうとするが、手が震える。


 ビビるなわたし! ついさっき腹を括ったところだろう!


 止めていた手を再度動かし、しっかりと花嫁衣装を受け取る。手に取って触ってみると、間違いなく上質なシルクだ。髪の毛よりも細い糸で編まれた生地は、指でなぞるときめの細かさに思わずうっとりする。だからといって破れやすいわけでもない。試しに引っ張ってみたが、びくともしない。これなら濾し布として使用しても問題ないだろう。


「では遠慮なく使わせていただきます」


「はい。良い石鹸をお作りになってくださいね」


 シャーロットは天使のような笑みで、わたしの退路を断った。


 これでもう『できませんでした』、では済まないぞ……。


次回更新は活動報告にて告知します。

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