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「これで良し」


 ドゥーイによって切り分けられた石鹸は、レンガぐらいの大きさのものが九個になった。


 売る時はこれをさらに何分割かするが、今はこれで良しとしよう。


「ありがとうございます。次は洗浄力を試してみましょう」


「おお、ついに実用試験ですね」


「はい、何か適当な洗い物はありますか?」


「勿論でございます。このために昼食の洗い物をせずに残しておきました」


 ずいぶんと手回しがいい……。いや、まあ好都合なんだけど。


 石鹸は、小さく切ったおかげでどうにかバットから取り出すことができた。力づくで引き抜いたせいでバットに接地してた面がちょっと汚いが、これは商品にはしないので問題ない。それよりも問題は洗浄力だ。


 さすがにレンガ大のものは大き過ぎて使いづらいので、さらに小さくカットしてもらう。


「では、お願いします」


「了解しました」


 市販品の石鹸ぐらいの大きさになったものをドゥーイに渡し、洗い物をしてもらう。


 水を張った桶には、昼食で使った食器が漬け置きされている。皿に貼りついた卵の黄身に肉の脂。どれも落とすのに手を焼きそうだ。


 いつもなら濡らした海綿に灰を着けて洗っているのだが、今回はできたばかりの石鹸を使ってもらう。


「参ります」


 いざ尋常に、ドゥーイが海綿に石鹸を擦りつける。


 それから手際よく皿を洗っていくが、現代の台所洗剤のように派手に泡は出ないので、傍から見ているわたしには汚れが落ちているのかどうかわかりにくい。まあ、ただの灰よりかは汚れを落としてくれるはずだ。


「汚れの落ち具合はどうですか?」


「そうですね……良く落ちるとは思います。ですが――」


「何か気になる点が?」


「はい。これを見てください」


 そう言ってドゥーイは使った後の石鹸を見せる。


 見ると、石鹸はたった一度の使用で三分の二くらいの大きさになっていた。


「一回でずいぶん削れましたね」


「そもそも元からそう硬いものではありませんでしたからね。当然と言えば当然でしょう」


「汚れの落ちはいいんですよね?」


「それはもう、いつもの灰とは比べ物になりません。ですがこの減りようでは、石鹸の値段がいくらになるかわかりませんが、おいそれと使うことはできないでしょう。特に庶民には」


「う~む……」


 やはり硬度が全然足りなかったか。いくら汚れが良く落ちても、せっかく買った石鹸がすぐに削れて無くなるのでは勿体なくて使うのを躊躇うだろう。それならタダで竈から採れる灰を使った方がマシだ。


「やっぱり最初から上手くいくわけないかあ」


「もう少し減りが遅くて長持ちすればよろしいのですが」


「やはりアルカリ溶液の濃度が足りないのかなあ? となると、やはり灰だけじゃなく他のものから抽出することも考えないと……」


 製造工程の問題はあらかた解決できたが、今度は根本的な性能の問題が浮上した。どうにかして硬度を上げないと、このままでは商品として成立しないだろう。三回使ったら無くなる石鹸なんて、誰が買うんだ。


 しかし、ここから先は家庭でできるお手軽石鹸作りを超えて、歴とした化学の領域だ。文系のわたしには正直言って手に余る問題である。


 こういう時、現代なら専門家に質問したり専門書を読んだりネットで調べたりといろいろできるのだが、この世界に化学に詳しい人――所謂化学者って存在するのだろうか?


 いや、この世界で言うなら錬金術師か。


 錬金術師……なんて心惹かれる言葉だろう。ファンタジーだと思われがちだが、現実でも中世までは普通に研究されていた学問である。ここから化学に発展し、世界の謎が次々と解明されていったのだ。


 ……探すか、錬金術師。


 魔法使いがわりと身近に存在する世界なのだから、錬金術師も探せばいるかもしれない。石鹸の研究と同時に探しておくのも悪くないだろう。


 とりあえず今回の反省点はこんなところだろうか。改善点とそれらの解決法が得られたとても充実した実験だった。後は焦らず改良を加え、商品として売れるものを目指していこう。


「一応今回の実験はここまでです。今までお世話になりました」


 わたしは厨房の間借りだけでなく手伝ってくれたドゥーイに改めてお礼を言う。


「いえいえ、わたしも楽しかったですよ。また実験をする時は是非お声をかけてくださいね」


「はい、その時はまたよろしくお願いします。なのでその代わりと言ってはなんですが、今回出来上がった石鹸は全部ドゥーイさんに差しあげますので、どうぞ使ってください」


「え? いいんですか?」


 ぱあっと目を輝かせて喜ぶドゥーイ。こんなものでここまで喜んでもらえると、何だかこっちまで嬉しいやら申し訳ないやら。


「どうぞどうぞ。どうせ試作品で商品にはできませんので、使ってもらえるとわたしも助かります」


 揚げ物やプリントシャツを販売する時に試供品として配っても良かったが、ドゥーイにはいつも美味しいご飯を作ってもらっているし、この先もお世話になるからこうした方が良いだろう。そう思えば安いものだ。


 何だか物で釣ったようで心苦しいが、実際社会に出るとこういうちょっとした物のやり取りが意外と人間関係で効いてくるんだよなあ。わたしの経験だと、旅行や帰省した時に会社のみんなにお土産を買ってくるとか、そういう小さな気配りが潤滑油になるのだ。逆に言うとこれができないといじめとまではいかないが、上司の当たりがキツくなったり同僚にハブられるようになる。まあブラック企業しか知らないので、他がどうかは知らないけど。


 ともあれ、実験が終わったからと言ってのんびりしている暇は無い。今こうしている間にも、ティターニア家の財政はゴリゴリと削られているのだ。特にわたしたち居候のせいで。


 なので一刻も早く商品を作り、商売を始めなければ。


次回更新は活動報告にて告知します。

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