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食堂と言えば毎日処理に困るぐらい廃油が出るイメージだったが、それは現代だけの話だったようだ。
この世界の料理は基本的に焼く炒める煮るといった単純なもので、蒸すや揚げるという調理法はまだ確立していない。なので大量に油を消費することがなく、廃油も肉を大量に焼いた時に出るくらいだった。その脂も工房に提供され、ほとんど捨てられることはない。
「それでこれだけですか」
事情を知ると、どれだけフィオが頑張ってくれたかがよくわかる。きっとあちこちの食堂で頼み込んで、僅かに出る廃油をかき集めてきたのだろう。
「代わりに食用油が安く手に入るツテを手に入れたんやけど、新しい《サラ》の油をそのまま使うのは勿体ないしなあ……」
廃油の少なさにガッカリするフィオを不憫に思い、飲食店の人が教えてくれたらしい。だが彼女の言う通り、新しい油を石鹸に使うのは勿体ないオバケが出る。
「そうか、廃油は出ないか……」
本来捨てるはずの廃油を使うからこそ、石鹸のコストも下がるしエコロジーにもなる。なので廃油を使うのがベストなのだが、手に入らないのなら仕方がない。
いや、待てよ。わたしの中で何かが囁く。
『廃油がないのなら、作ればいいじゃない』
お、お前はわたしの中のダメなマリーアントワネット!? 生きていたのか……。
だが彼女の言う通りだ。無ければ作ればいいのだ。
だから考えろ。
効率的に廃油を作る方法を。
「油を大量に使うには……」
そうだ。あるではないか。この世界にはまだ無いが、わたしの元居た世界に存在した方法が。
「これだ!」
わたしは厨房に向かって駆け出す。
「みんなついて来てください!」
「なんや、なんかええ方法でも思いついたんか?」
「そうだよ、無ければ作ればいいんだよ」
「廃油ば作る? どげんして?」
「それは実際やってみてのお楽しみ」
そうこうしている間に、ティターニア家の厨房に到着した。ドタドタと足音騒がしくやってきたわたしたちに、厨房の中からドゥーイが何事かと出てくる。
「これはこれは皆さんお揃いで。いったいどうなさいましたか?」
「ドゥーイさん、厨房を貸してもらえますか?」
「おや、さっそくですか? もちろん構いませんよ」
ドゥーイは快く承諾してくれる。
「どうぞ、ご自由にお使いください」
厨房は綺麗に片付いていて、異世界とは思えないくらい衛生的だった。どうやらどの世界でも厨房は清潔第一で整理整頓が鉄則のようだ。Gやネズミだらけだったらどうしようかと思った。
大きさは牛丼屋のチェーン店のものとさほど変わらない。この規模の厨房をワンオペで回しているとは、ドゥーイは料理人としてかなり優秀なのかもしれない。
「料理は私一人でしておりますが、配膳など他のことはメイドがやってくれますので何とかなっております」
ドゥーイはそう謙遜するが、突然居候を始めたわたしたちの食事にも即座に対応していたのを考えると、やはり優秀なコックだと思う。
「それで、いよいよ石鹸とやらをお作りになるのですか?」
「いえ、残念ながら……。まずは廃油を作ることになりました」
「廃油ですか?」
「ええ、なのでちょっと厨房と食材をお借りします」
「廃油を作るために料理をするのですか?」
「はい、揚げ物をしようかと」
「揚げ物?」
そう。効率よく廃油を作るのに揚げ物はうってつけの方法だ。フライヤーを使っている飲食店だと、油交換の度に何十リットルもの油を棄てることになる。
業務用のフライヤーだと実験には多過ぎるが、一般家庭でやる揚げ物程度の油の量なら充分だろう。
ってことでドゥーイの了承を得て、わたしは揚げ物の準備を始める。
「エミーさんはお料理ができるのですか?」
「ホンマ、絵以外は何でもできるなあ」
慣れた手つきでジャガイモの皮を剥くわたしを見て、シャーロットとフィオが意外そうな声を漏らす。絵以外は余計だ。
わたしとて一応女の端くれ。社会人になると同時に一人暮らしを始めて早や十余年、自炊はお手の物である。
特に料理には自信がある。何しろ前世のわたしは歴戦の婚活ファイターだったため、いつか出会う男性の胃袋を掴むためにお料理教室に通ったことがある。まあ結局は無駄な努力だったが……。
ともあれ皮を剥いたジャガイモを茹で、その間に玉ねぎをみじん切りにして軽く炒める。次に挽き肉が無いので牛肉を細かく刻んでミンチを作ると、これも炒めて粗熱を取る。
茹で上がったジャガイモを潰しながら粗熱を取った挽き肉と玉ねぎと塩コショウを混ぜる。
タネができたら次は衣をつける。俵型に固めたタネに小麦粉をまぶし、溶いた生卵にくぐらせた後はパン粉を全体にまんべんなくまぶす。
最後にこれを揚げれば、みんな大好きコロッケだよ。キャベツはどうしたと言われても、今回は廃油を作るのがメインで料理はおまけなので無視。
鍋に七分ほど油を張り、火にかける。木を削って作った即席の菜箸を油に漬けて、軽く泡が立ったら揚げ頃の温度なのでコロッケを投入。
「これは初めて見る料理ですね……」
キツネ色に揚がったコロッケを見て、ドゥーイが感嘆の声を上げる。
「食べてみます? 揚げたては美味しいですよ」
油を切ったコロッケを一つ小皿に移し、ドゥーイに手渡す。プロの料理人に異世界の料理が通用するのか。緊張の瞬間である。
「では、失礼して……」
神妙な面持ちで、ドゥーイはコロッケにフォークを突き立てる。サクッと衣が砕ける音が食欲をそそる。半分に割ったコロッケを口に運ぶと、熱そうにはふはふと息を吐く。
それでも何とか飲み込むと、ドゥーイは全神経を味覚に集中するかのように目を閉じる。彼の口の中ではきっと、コロッケが原子レベルまで分解されて分析されているのだろう。
本当なら中濃ソースをかけて完全体を食べて欲しいところだが、無いものは仕方がない。タネに下味として塩コショウを利かせてあるから、そのまま食べても美味しいはずだ。
わたしの予想通り、ドゥーイはコロッケを飲み込むと、恍惚とした表情で言葉を漏らす。
「美味い……」
来た!
やはり異世界ものと言えば、現代料理で無双!
これまでチート無しの異世界転生者として肩身の狭い思いをしていたが、ようやく王道を走り始めたのだ。
次回更新は活動報告にて告知します。




