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シャーロットの話をまとめると、貴族の女性のファッションはかなり固定観念に凝り固まっているようだ。ここまでガチガチに決められていると、職人も個性を出すのは大変だろう。
「生地を変えたりフリルを増やしたり宝石を散りばめたりと、結構色々できるものですよ」
シャーロットはそう言うが、それでも限度はあるだろう。一つの鋳型からできた物に凝らせる工夫なんて、そう多くはあるまい。まあその分洗練されるという強みはあるが。
「しかし、わたしたちが今から何かを足し引きするのは難しいですね」
これまで一流の職人たちが意匠をこらして今のデザインに落ち着いたのだ。素人のわたしたちがたった数日で何かできるような穴は無いだろう。だが、それでもやらなければならない。わたしたちには、それしかないのだ。
「そうかもしれません。とりあえず今は、フィオリーノさんの衣装を待って、話はそれからということにいたしませんか?」
頭の中であれこれ考えるよりも、現物を見れば何かアイデアが浮かぶかもしれない。ここは初見のインスピレーションに賭けてみるのも悪くはないか。
「そうですね。それがいいでしょう」
こうして衣装に関しての話は頭打ちとなり、現物が来るまでは保留ということになった。
そうこうしているうちに七日が経ち、会長が仕事を終えて再び合流してきた。
「いや~結構難儀したで。おかげで予定より二日も合流が遅なってしもたわ」
「お疲れ様です会長」
「ほいで、フィオはまだかいな」
「はい、予定でも帰って来るのはもう少し先ですし、向こうで何かあったらさらに遅れるでしょう」
「せやな。で、エミーたちの方はどないなっとるんや?」
わたしはこれまでの経緯を会長に説明した。
「フィオ待ちか。まあ、こればっかりはしゃあないな」
「他に何か今できることがあればいいんですが」
「待つのも立派な仕事や。それにまだ先は長い。今から気張り過ぎると当日までにバテてまうで。休める時に休んどき」
「はあ……」
会長の言うことは尤もだが、だからといってスイッチを切り替えるように頭から切り離すことはできない。
結局、わたしはフィオが戻って来るまでの間、やきもきした時間を過ごすことになった。
一方シャーロットは普段と何ら変わりなかった。世間知らずのおっとりしたお嬢様に見えるが、人間一度腹を括るとここまで図太くなれるのかと感心する。
図太いといえば会長も負けてはいなかった。いつの間にか宿を引き払い、ティターニア家に居候を決め込んでいた。合流した日の夕食の席にしれっと紛れ込んで一緒にテーブルに着いていた時は目を疑ったが、本人は元よりティターニア家の誰も気にした風がなかったのは若干ホラーだった。もしかして会長はわたしにだけしか見えない霊か何かかと疑ったが、メイドが食後のコーヒーのお代わりを彼に注いだ際にいくつか会話をしたのでどうやら実在しているようだ。
こうしてわたし以外が英気を養っていると、ようやくフィオがオブリートスから帰って来た。
「お待っとさん。真打登場やで!」
屋敷の玄関前に乗りつけた馬車から飛び降りると、フィオは荷台の中をわたしたちに見せる。
「すごい……」
荷台には、木箱が所狭し敷き詰められていた。居住性を犠牲にしてでも積載量を優先したのだろう。空いた空間は三人並んで寝るギリギリしかなく、さながら奴隷船だ。これでよく旅ができたものだ。
「どうや。オブリートス中からかき集めてきたで」
「おかげで帰りは寝返りも打てない夜が続いたけどな」
御者台からエッダが首を左右に振ってコキコキ鳴らしながら降り、
「今夜は絶対ふかふかのベッドで寝るからね」
同じくげんなりした様子のリリアーネが降りてくる。
「みんなお疲れ様。無事に戻って来てくれて本当に良かった」
「そしたら早速衣装を確認……と言いたいところやけど、今日はもう日が暮れる。三人も疲れとるやろし、続きは明日にしよか」
会長の言う通り、時刻はすでに夕方から夜に変わろうとしている。今日のところは無事に着いたことで善しとしよう。
翌朝。
朝食を済ませると、わたしたちは玄関前に集まった。目的は当然、フィオたちの持ち帰った荷物の中身を確かめるためである。
「ほな早速中を見させてもらおうか」
会長がバールを手に荷台の前に立つ。その後ろには、やはり自分が着る衣装が気になるのだろう、シャーロットと使用たちが立っていた。
「オブリートス中から最高の品をかき集めて来たで」
「えらい自信やな。こら期待が膨らむで」
会長がにやりと笑うと、バールを持つ手に唾を吐きかけた。やる気満々だ。
シャーロットの指示で、使用人たちが荷台から木箱を次々と降ろしていく。そして会長が次々と箱を閉じていた釘をバールで抜いて開封していった。
さすがに馬車がギチギチになるほど積まれていた木箱を全部外に出し、それを開封するとなるとかなり重労働だった。だがティターニア家の使用人たちは皆黙々と作業をしていく。
片や案の定というか、予想通り会長は途中で「腕がぁっ!」と悲鳴を上げて開封作業を庭師のおじさんにバトンタッチしてしまった。
「そもそもワイは商人で、力仕事は専門外やねん」
情けない言い訳をしながら、会長が開けられた木箱の中身を確認していく。
彼の手が木箱から取り出す品々は、どれも見事な物だった。豪華なドレス、職人が心血を注いだ靴に鞄。貴族どころか王族が身に着けても遜色がない品たち。たしかにこれならフィオがドヤ顔をしていたのも頷ける。
しかし煌びやかな衣装や装飾品たちが次々と切れ間なく取り出されるにつれ、わたしは言いようもない胸騒ぎを感じていた。
そしてとうとうそれら豪奢な品が最後の一箱に至るまで続いた時、わたしの胸騒ぎの正体をシャーロットが一言で代弁してくれた。
「あの……申し上げにくいのですが、これらの品々はわたくしが行くパーティーには派手すぎるのでは……」
それだ!
次回更新は明日0800時です。




