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 部屋の中央にシャーロットを椅子に座らせ、わたしと会長とフィオは彼女の前に扇状に並んで立つ。


 わたしたちの後方では、エッダとリリアーネが壁際に立って見物している。


「さて、まずは何から始めようか」


 わたしは思ったことを口にする。周囲に告知しているわけではない。思考を言葉にすることで頭の中の計画を現実に引きずり出すのだ。ついでに考えがまとまることもあるので、いつもこの方法を使っている。傍から見たら独り言の多いヤバい人だが、ほとんど癖みたいなものだからどうしようもない。


 まるで絵画の中の貴婦人みたいに座るシャーロットに目を向ける。


 豪華とは言えないが、平民のものとは格が違うゆったりとした真っ赤なワンピースに、太い帯のようなもので腰のくびれを作るついでに下から胸を持ち上げてくっきりと谷間を作っている。


 ワンピースの下には、恐らくコルセットのようなものを着けているのだろう。わたしはしたことはないが、お腹を限界まで締めつけているので呼吸がし辛いし食事も苦しくて満足にできないらしい。


 だがシャーロットはまるで部屋着で寛いでいるように、涼しい顔をして座っている。これが貴族の嗜みか。わたしは彼女がこれまで積み上げてきた努力を見せつけられたような気がして、感心を通り越して尊敬した。


「シャーロットさん、いま貴族の間で流行っていることとかありますか? 特に女性の化粧や服装のことでわかることがあれば助かるんですが」


 商品を売るには、まずはマーケティングをするのが基本だ。客が欲しいものを理解していなければ、売れるはずもなかろう。マーケティングをしないのは、これから釣りをする場所が海なのか川なのか、はたまたただの水たまりなのか調べずに糸を垂らすようなものだ。


 シャーロットは「そうですね……」と小首を傾げて考える。そんな仕草でさえ、絵になるのが羨ましい。


 だが惜しむらくは、可愛い顔の上に乗った盛り盛りの髪だ。ひと昔前のキャバ嬢のように巻き上げられた橙色の髪が、まるでオレンジ味のソフトクリームのように天に向かってそそり立っている。


 それさえなければ、本当に清純そうな美少女なのに……。


「あの、つかぬことを窺いますが……」


「はい、何でしょう?」


 思考を中断され、シャーロットはきょとんとわたし見る。


「その髪型は、貴族の間で流行っているのでしょうか?」


「この髪ですか?」


「はい」


 わたしに指摘され、シャーロットは自分の髪に両手で触れる。弾力のある盛り髪を両手で挟むと、巻貝のような髪が伸びたり縮んだりした。


「流行っているかどうかはわかりませんが、昔から貴族の若い女性はこの髪型と決まっています」


 なるほど。シャーロットの母親が違う髪型をしているのは、振袖を着られるのが若い未婚の娘限定なように、きっと髪型にも年齢制限みたいなものがあるのだろう。


「流行というよりは慣習みたいなものなんですね」


「そうですね。他の国のことはわかりませんが、少なくともカント王国では皆そうしているはずです」


「せやったら貴族用に髪を結う商売を始めたら儲かるんやないか?」


 今でいう美容院みたいなものか。いいアイデアかもしれないと思ったが、


「髪はいつも侍女がしてくれるので、需要はあまりないかと……」


 控えめにシャーロットに否定され、フィオは「さよか……」と残念そうにする。


 ということは、特に疑問も持たずにそうしているということだろうか。わたしだって、特に深く考えずに年越しには蕎麦を食べるし、クリスマスにはケーキとチキンを食べる。慣習というのは、概ねそういうものだろう。


 だとすると、ここに風穴を開ける隙があるかもしれない。


 だが、当然ながらそれには大きなリスクが伴う。皆が右に倣えをしているのに、一人だけ左を向いていたら厭でも目立つ。


 目立てばそれだけ注目され話題にもなるが、同時に周囲の和を乱しているため疎まれる。集団の中で和を乱す者は攻撃されるか無視されて、やがて排除されるのが世の常だ。匙加減を間違えるとシャーロットが、いやティターニア家が貴族社会から村八分になる可能性もある。


 貴族なのに村て……フフッ。


 脱線しそうになる思考を、頭を振って追いやる。いけないいけない。


「考えてみましたが、やはり特にこれといった流行のようなものは思い当たりませんでした。わたくしがあまり他の方々とお喋りしないせいかもしれせんが……」


 本人が内向的なだけかもしれないが、他の貴族に今の家の経済事情を知られたくないせいもあるのかもしれない。


 ともあれ、目立った流行が無いのならむしろ好都合だ。


「それでは、こちらが流行を作ってやりましょう」


「流行を作るやて?」と会長とフィオの声がハモる。


「そうです。流行は自然発生するものもありますが、多くは人が意図的に作ったものです。だから、わたしたちで貴族たちに流行を作ってしまうのです」


「なるほど。で、具体的には何を流行らせるつもりなんや?」


 腕組みをしながら問うてくる会長には答えず、わたしはシャーロットに質問する。


「シャーロットさん。貴族の若い女性が髪を短くするのって、何か問題がありますか?」


「え、それは……大変なことだと思います」


「どうしてですか?」


「どうしてと言われても……。そんなことは許されないし、そんな人は今までいなかったからとしか言いようがありませんけど」


「許されないとは、誰に許されないのですか?」


「お父様やお母様はきっとお許しにならないだろうと思います」


「ではご両親がお許しになれば、シャーロットさんは髪を短くしてみたいとは思いませんか?」


「おいおい、ちょっと待て。お前まさか、貴族の娘さんに髪を切れって言うんやないやろな?」


 会長が恐る恐る訊いてくるが、わたしだってそこまで大きな博打は打たない。もし失敗したら、シャーロットさんの髪は取り返しがつかないのだから。髪は女の命だ。


「まさか。けど、髪を切らなくても髪型を変えるくらいできるでしょ? そして実際に切るわけじゃなければ、ご両親も強く反対はしないかもしれません」


「そうか。カツラか」


「会長、コンスタンチン商会の商品にカツラってありますか?」


「ナンボでもあるで。演劇用から女性向けのオシャレなやつまで選り取り見取りや」


 わたしの世界でもお金のために女性が髪を売り、その髪でカツラが作られていた。なのでこの世界も似たようなものだと睨んでいたが、どうやら正解だったようだ。


「そうか。カツラやったら自分の髪は切らずにいくらでも髪型は変えられる」


「盛り髪はもう古い。これからは貴族も髪型を自由にする時代ですよ。いいえ、わたしたちがそうしてやるんです!」


「なんやおもろなってきたで!」


 興奮するフィオ。だが肝心のシャーロットはあまりピンときていないようだ。


「シャーロットさん。もしかしたらこの計画で、辛い思いをすることになるかもしれません。それでも協力していただけますか?」


 皆がこれまで続けていたことを否定するのだ。下手をすれば、貴族社会の中で爪弾きに遭うかもしれない。だがどんなに由来のある伝統だって、誰かが始めなければ発祥しなかったのだ。わたしたちが新たな伝統を作る。それぐらいの気合と覚悟でやらなければ、この計画は成功しないだろう。


 果たして、その覚悟が彼女にあるのか。


 わたしはシャーロットを見つめる。


 彼女もわたしを見つめると、にこりと笑って頷いた。


「昨日も言いましたが、わたくしはもう覚悟を決めております。それがこの家のためになるのでしたら、わたくしはいつでもこの身を捧げるつもりです」


 固い決意を秘めた眼差しに、今度はわたしがにやりと笑って頷く。


「よござんす。ご寸法、頂戴しましょう」


次回更新は明日0800時です。

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