第20話
あの後――私たちも街に出て魔物の討伐を始めた。しかし冒険者たちも頑張っていたようで、私たちが手を出したのはヘルハウンド2匹ほどだった。
いくつかのトラブルはあったものの街の復旧はつつがなく進み、ちょうど一週間が経過した朝のこと。
いつものように宿の食堂で朝食を囲んでいると、セシルが思い出したかのように口を開いた。
「聞きました? 今日から冒険者ギルドも再開できるようですよ。冒険者の皆さんはセラフィナさんに礼をしたいと言っていたので顔でも出してみてはどうですか?」
「セラフィナ様に感謝するとは、とても良い心掛けね」
満足そうに頷いているルナを横目に見ながら、セシルが小声で私にだけ聞こえるように続けた。
「かんっぜんにマッチポンプだと思いますけどね」
「……違うだろう。私は噛んでいない」
「噛んでいなくても結果論では同じじゃないですか」
ジト目で非難するように見るんじゃない。だからあの後も説明しただろうに。
あまりにも言ってくるものだから、ルナとエルミナがなにをやったのかを洗いざらいぶちまけていた。これで私は清廉潔白。もはや言われることもない、と思ったのだが違ったらしい。
……彼女らは私の為に行動を起こしたのだから、本来であれば二人を止める必要があるのだとか。
そこまでは無理だよ。私は全知全能じゃないからね。
「とはいえ理由はどうであれ冒険者ギルドとは懇意にしておくと良いですよ。ギフト探しでも有利に働く場面もあると思いますし」
「そう、か。では冒険者ギルドへは顔を出すとしよう」
「ところでセラフィナさんはこの一週間、ずいぶんと復興の手伝いをしていたようですが、反省でもしていたんですか?」
とげのあるセシルの言葉に私はやや口をとがらせる。反省はしてない。そもそも私のせいじゃないし。
でも復興の手伝いをしていたのは本当だ。ただでは起き上がらない。エルミナという名の始祖ヴァンパイアを撃退した私は、この街では非常に有名人になっていた。それを逃さない手はない。
そう、私は学んだのだ。これだけ感謝されているのであればギフトの調査もはかどるだろうということを。
私の読みは完全に的中しこの街の住人たちのギフト調査のほぼすべては終わったと言っていい。あと顔見知りもかなり増えたから声も、よくかけられるようになった。
「反省するのはルナとエルミナだろう。私はちゃんと注意した」
「そうですか。ま、そういうことにしておきましょう」
なんで私がセシルに許されるような感じになっているんだ。たしかにホムンクルスたちを作ったのは私だが、自立して動く彼女らの行動まで制限はできないのだ。
そもそもセシルに彼女らがホムンクルスであるなんて言ってないんだけどな。そんな考え事をしている時だった。
「セラフィナ様、ようやくお会い出来ました」
突如、声が聞こえたので振り返ると、そこにはクラリスが立っていた。
「クラリス……? なぜここにいるのだ?」
「エルミナから、セラフィナ様がこの街で復興を手伝っていると聞き、ぜひお力になりたいと思って参りました」
魔物暴走のことを聞いたんだろうか。でも残念ながら少し遅い。復興については、だいたい片が付いてしまっている。
「そうか、わざわざすまなかったな……だが、復興はほとんど終わっている」
「……そうでしたか。では当初の目的通り、計画の仕上げを行って帰るとしましょう」
なんのことだ?
私の知っている計画ってルナとエルミナが立てた魔物暴走計画くらいだ。でもアレに仕上げとかあるのか?
「さ、セラフィナ様。ギルドへと行きましょう。ギルドでの宣伝――それが私がこの街に来た目的。そしてセラフィナ様の目的をさらに推し進めるための仕上げとなるでしょう」
……どういうこと?
☆☆☆
私たち三人は冒険者ギルドを訪れていた。初日ということもあってか人がごった返している。加えて元ギルド長もいないこともあって、うまく回っていない。
そんな混乱を極めたギルドを眺めていると、冒険者の一人が声を上げた。
「セラフィナさんも顔を出してくれたんですね!」
混乱の中なら静かに気付かれずに新しいギルド長に挨拶できると思ったのに。考えが甘かったみたいだ。
一人の冒険者の声が伝搬して広がる。
「セラフィナさんが依頼受けてくれたらすぐ終わるぜ!」
「おいおい、そんなにたくさん受けられちゃっても困るだろ! 俺らの取り分がなくなっちまう」
「やっぱり今日は依頼、受けに来たんですよね? うちの街のエースですからっ!」
この街にとどまるつもりはないのにいつの間にかエースにされている。なぜだ。
「いや違う。ギルド長に挨拶をしようと思ってな。私はそろそろ街を旅立つ予定だ」
「え!?」
「そんな……!」
「街の守護者が……っ!」
「くそぉ、あんな可愛い天使ちゃんが行っちゃうなんて……!」
おい、最後の言ったの誰だ。出てこい。
そもそも私の目的はギフトを探すこと。いつまでも同じ街にとどまる意味は薄いのだ。
私が去るとなってギルド内が喧騒に包まれる中、一人の少女が冒険者の合間を縫って目の前に躍り出た。
そして、
「あなたがセラフィナ・ルミエールね!」
と、叫ぶ。その大声にギルド内に静寂が訪れた。この子は誰だろう。なんで私の名前を知ってるんだ?
「……誰だ?」
「私を知らないなんて……噂は本当なのかしら。良いわ、私はオズ・メルティ! 最年少のSランク冒険者にして最も優れた魔術師よ!」
自分で最も優れた魔術師とかいう人って信用できないんだよなぁ。もしかして詐欺師かな?
「ずいぶん失礼な顔をしてるわね。本当に私のこと知らないの?」
「知らんな」
「はぁ……どうやら私の名声もまだまだのようね。良いわ、私がなぜ最も優れた魔術師と呼ばれていて、最年少のSランクになったのか。教えてあげようじゃない!」
いや、聞いてないんだけどな。早口で巨大な炎龍を倒してSランクになったとか話している。
「……セシル、このオズ・メルティというのはそんなにすごいのか?」
「すごいですよ……最も優れた魔術師と言われているのも伊達ではなく、あらゆる魔法を高いレベルで習得し、味方につければ負けなし――勝利の女神という逸話すらできているほどですから」
味方につければ負けなし、ね。魔力量は抑えているからか分からないけど、この自信に裏打ちされた実績があるということか。
「ちょっと!? 聞いてるの!?」
「……聞いている。偉業についてはよく分かった。それで、そんなオズ・メルティともあろうものが、なんでわざわざ、私に会いに来たのだ?」
「簡単よ! 現れれば国が滅ぶとも言われる伝説の始祖ヴァンパイアを撃退したという噂を聞いたからよっ! しかもそれが、Dランクの冒険者って言うじゃない。気にならない方がおかしいわ!」
そうか、私の成したことはかなり特殊なことなんだな。でもそれなら、私の冒険者ランクもあがっていいんじゃないか?
「言い分は解かった。それで、私に会ってなにをしようというのかね?」
「そうねぇ……本当に始祖ヴァンパイアを撃退した……と言うのであれば、ぜひとも私と手合わせをお願いしたいところね」
最も優れた魔術師のはずなのに言動が全く優れていない。やはり詐欺師なのだろうか。いや、考えなおせ。詐欺師だとして、手合わせをのお願いからどうやってお金を奪い取るというんだ?
もしや本当にただの脳筋——
私の中で高度な駆け引きを行っていると、ルナが間に入ってオズを睨みつける。
「待ちなさい、セラフィナ様が相手をするまでもないわ!」
「だれよ、あなた。あなたに用はないんだけど?」
「へぇ……言うじゃない……!」
ルナの目が据わっている。
「おい、ルナまて、ここで何をするつもりだ」
「セラフィナ様は見ていてください! 私があのチビを調教しますっ!」
「いや、だからそれをやめろと――」
私が言いきる前にオズに向けて爆炎を放つ。
「へぇ、なかなかやるじゃない」
せっかく再建した冒険者ギルドが今まさに壊れようとしているところで「なかなかやるじゃない」じゃないんだよ。
そもそも人がごった返しているのに爆炎なんて怪我人どころじゃすまない。ギルド内が阿鼻叫喚に包まれる。
しかし爆炎が弾けることはなかった。クラリスが冷静な表情で間に入ったのだ。
ルナが放った魔法と、それに応戦しようとして唱えられていたオズの魔法はクラリスのディスタブマジックによってかき消された。
「やめなさい、二人とも」
「クラリスお姉さま!? なんで止めるんですか!?」
「なっ、私の魔法をかき消した!?」
オズは信じられないものを見るような目でクラリスを見ているけど、別に特別なことはやってないんだよね。
やっぱり詐欺師なんじゃないだろうか。今のところ優れているのは脳筋な部分くらいだと思うよ。
「オズ・メルティ」
「な、何かしら?」
「私はクラリス、と言います。まずは私どものルナが矛先を向けたことを謝罪します。ルナ、あなたも謝りなさい」
「で、でもクラリスお姉さま」
クラリスが睨みつけるとルナは口を紡ぐ。
「理由はどうであれこの場で先に手を出すのは愚かな行為だと知りなさい。セラフィナ様に泥を塗るおつもりですか」
「い、いえ……」
「では謝りなさい」
「は、はい。すみませんでした……」
相変わらずクラリスはホムンクルスたちをまとめ上げるのが上手い。私とは対照的だよ。
もしかして、セシルが言いたいのはこういうことなのかな……いや考えるのはやめよう。
「謝罪なんていらないわっ! それよりクラリス、あなた何者よ!? 私の魔法をいとも簡単にかき消す!? そんなの誰にもできるはずないのに!!」
「誰にも、は言い過ぎかと思います。あなたの魔法は確かに優れていますが――優れている分だけ簡単にかき消せるのですよ」
オズが目を見開く。たしかにクラリスの言葉は正しい。
一瞬だけ見えたオズの魔力は基本に忠実だった。あれだけ基本通りだとかき消すのも簡単なのだ。
「言うじゃない……! ならクラリス、あなたが私と勝負しなさい!」
「お断りします」
「な、なんでよ!? 私のなにがダメなの!? 私は最年少のSランク冒険者よ!? 相手に不足はない……それとも私が怖いわけ?」
「いえ、そうではありません。場所が悪い、と言っているのです。ここは復興したばかりの冒険者ギルド。ここをまた壊すおつもりですか?」
「別にこんなギルド壊したって良いのよっ!」
「そういうわけにはいきませんよ。ここはセラフィナ様が復興を手伝った場所。神聖な場所なのです」
そんなクラリスの言葉にオズが私を睨む。なんでだよ。それとクラリスは私が手伝った場所を全て神聖な場所にするんじゃない。
「またこの女っ……! この女がなんだっていうのよっ!」
「はぁ!? この女なんて言った!? セラフィナ様に――クラリスお姉さま!?」
「ルナ、やめなさい。それとオズ・メルティ、あまり図に乗らないことです」
クラリスが底冷えするような声を出して魔力を解放する。気温自体は下がっていないはずなのに、周囲の冒険者が震えだす。たぶんクラリスの持つ膨大な魔力を本能で感じて恐怖を感じたのだろう。
そしてそれはオズも同じだった。顔を青くし目を見開いてクラリスを見ている。
「わ、悪かったわ……じゃあどうすれば良いのよ」
「わかれば良いのですよ」
オズの謝罪にクラリスが魔力を抑え、続ける。
「ウィロウ村の先――ルミナスへお越しください。私たちの住む町です」
「ウィロウ村の……先……? そんなところ何もないじゃないの」
「行ったことがあるのですか?」
「……行ったことは……ないわ。あれ、なんでかしら……?」
オズが「どうして」と呟きながら首をかしげている。それは普通の反応。なぜなら結界魔法によって、認識が阻害されて興味を失うようになっているからだ。
しかし逆に言えば、《《疑問を抱くきっかけ》》さえあれば、誰でもたどり着ける。セシルにはそのきっかけがあった。ただそれだけの違いだ。
「あの辺りには認識阻害の魔法が濃く残っている。だからあの先には何もないと感じ、自然と興味を失うのだよ」
「セラフィナ……いえ、それより認識阻害の……? その街、行ったことあるの?」
「当然だ」
行ったことはあるって言うか私の家があるんだよね。ただ街ではない。二度言うが、街じゃない。クラリス、間違えてるよ。
「認識阻害を破ってたどり着ける街……? どういうことよ、それっ! おかしい、おかしいわっ! 私は最年少でSランクにたどり着いた天才で――最も優秀と言われる魔術師よっ! その私が知らないことなんて……ありえない!」
「ありえない、と言われましても存在するのですよ」
オズがクラリスを睨みつける。
「うるさいっ! うるさい、うるさい、うるさい! 認めない、私は認めないわっ!」
いくら認めないと言ったところで、存在することには変わりないんだけどね。
「認める、認めないの問題ではないのですよ。大人になりなさい、オズ・メルティ」
「うるさいっ! だまれっ!」
半狂乱になったオズが周囲に膨大な魔力を展開する。冒険者ギルド内に無数の魔法剣が浮かび上がり、クラリスと私に向かって一斉に放たれる。
なんで私まで狙われているんだ。なにかした? なにもしてないよね。認識阻害について説明しただけなんだけど。
とはいえ、このままやられるわけにもいかない。なによりせっかく復興した冒険者ギルドが再び全壊するのは忍びない。
私は先ほどクラリスがしたのと同じようにディスタブマジックを使い魔法剣を全て消し去った。
「な、な…………なによ、なにが起きたのよっ……!!」
「セラフィナ様のお力ですよ、オズ・メルティ。実力の差は理解できたかと思います。これで満足でしょうか?」
ニコリと微笑むクラリスを見て、オズは敵意を込めて睨みつけた。
「バカにしてるの……!?」
「いえ、バカにしているつもりはありませんよ。現在の実力を諭すのは私の役目でもあります」
「実力を諭……っ! それがバカにしているというのよっ!」
「なるほど、そういうつもりではなかったのですが……確かにその一面はありますね。ではお詫びと言ってはなんですが、一つ秘密を教えましょう」
「……秘密……?」
「ええ、強さの秘密です」
「強さの……?」
え、強さの秘密ってホムンクルスっていうことを言うのかな。でもオズは生粋の人族であるしホムンクルスには出来ないんだけど。
どういうつもりなんだろう、という私の不安をよそにクラリスが続ける。
「ええ、そうです。あなたはいま、私たちの力の前に無力感を感じておられます。それならばルミナスへ訪れるべきです。地下に世界で最も難易度の高いと言われる大迷宮——冥界の迷宮があるのですから。そこで腕を磨き、今度こそ名実ともに最も優れた魔術師を目指してはいかがでしょうか」
「冥界の迷宮……?」
「ええ、そうです。この迷宮こそ、ルミナスが認識阻害をかけられていた理由そのものなのです。この迷宮は――世界最高難易度であるとともに、大量のアーティファクトが眠っているのです」
なんだろう、その設定。私が知らない設定がポンポン飛び出てくる。今のところあってるのって地下迷宮があってアーティファクトがいっぱい眠ってるってことだけだよ。
いちおう補足しておくと、認識阻害をしていた本当の理由は私が婆様に男に戻るための研究がバレたくなかったからだ。
「あ、アーティファクトがいくつも……?」
オズの言葉にクラリスが自信を持って頷く。しかしその言葉はオズ以外の者たちもたきつけることになった。
周囲で聞き耳を立てていた冒険者たちだ。
「おいおい……アーティファクトがいくつも眠ってるだと?」
「ルミナス……お宝の眠る街じゃねえか!?」
「そんなうまい話あるかよ……?」
「でもあのクラリスって言う人、Sランクのオズの魔法を止めてたぞ?」
爆発的に広がる地下迷宮の話に、冒険者たちの口もが止まらない。先ほどまで爆風と魔法剣で静寂に包まれていたギルドとは思えないものだった。
その広がりを見つつ満足そうに頷くクラリスがさらに冒険者たちを焚きつける。
「冒険者の皆様もぜひ、セラフィナ様の作られた街——ルミナスへお越しください。世界最高難度の地下迷宮にはアーティファクトがいくつもあります」
「「「「ルミナスへ行くぞ!!」」」」
「「「「うおおおおおおおおお!!!」」」」
……あれ、なんかしれっと私の名前混じってなかった?
私が作った街だとかなんとか。いや、確かに私が作ってるけどね。私の家だからね?
まあ冒険者諸君は聞いてないね。それだけが救いかな。
と、雄たけびが続く中でクラリスがオズの前に立つ。
「さて、オズ・メルティあなたはどうするおつもりですか? 私の魔力に怯えていたあなたには――まさに打ってつけの迷宮かと思いますが?」
「……! お、怯えていたなんてそんなことはないわっ! わ、私は……私は……最年少のSランク冒険者にして天才なのよ……っ!」
「いいえ、オズ・メルティ。あなたは明確に怯えていましたよ、このようにね」
クラリスはもう一歩、オズの前に出ると周囲に小さく魔力を展開した。その瞬間にオズの顔が再び恐怖に染まり、小さな悲鳴を上げる。
「ひっ……!」
「怯えているではありませんか」
「お、お……お、怯えてなんて……」
「ではこのまま死にますか?」
「……い、いやっ! いやよっ……! やめてっ! こ、こんなところで死ぬわけにはいかないのよ……」
その言葉を聞いて満足したのかクラリスは魔力を抑える。
「ようやく認めましたね。では再び問いましょう。オズ・メルティ、あなたはどうなさいますか?」
「……か、考えさせてちょうだい……」
オズはそう答えると、ふらふらとギルドの外へと出ていく。大丈夫だろうか。ちょっといじめすぎではないか。まるでオズの心を折ろうとしているかのような気にさえなる。
そんなオズの背中を見届けたクラリスが今度は私に向き直る。
「さて、セラフィナ様。予定外のこともありましたが……おおむね問題ないでしょう」
いや、問題しかないと思うけどね。一人の魔術師のハートをブレイクしてるよ。しかも相手はSランクだからね。大問題だよ。
「本当に問題なかったのか?」
「ええ、もちろんです。全てはセラフィナ様のご意向のまま――全て予定通り進んでおります」
Sランクの最も優れた魔術師のハートをブレイクすることが私の意向。どういうことだろう。
もしかしてここで心を折っておけば私のギフトが探しやすくなるってことなのかな。
本当にこれが正しかったのだろうか。ルミナスへ導いた冒険者たち、折れてしまったSランクの冒険者の心、そしてクラリスの自信満々な微笑み……すべてが私の望んだことだと言うなら、私はいったい何を望んだのか。
……私は男に戻りたいだけなんだけどなぁ。




