彼は衝撃を受ける
視点が何回か変わるのでご注意ください。
涼白家の家事、その他軽作業を業務としている私、小鉄田 五三は涼白家の廊下を歩いている。先程までダイニングからは楽し気な声が聞こえていた。たこ焼きはパーティはつつがなく終わり、私もご相伴にあずかったが大変美味であった。調理道具なども綺麗に元あった場所に片付けられており、竜胆さんと日下部さんの育ちの良さが伺える。
その日下部さんは帰宅し、アリアさんは竜胆さんと一緒に部屋に戻っていった。2人は今日はお泊り会をするそうだ。アリアさんは高校生活を満喫しているようで大変羨ましいことだ。私も好きな男の子を部屋に招いて勉強会したかった。
さて悲しみとソースの匂いに身を包みながらやってきたのは、旦那様、アリアさんのお父様の書斎だ。ドアを開けるといつも通りの本の匂い。そのまま部屋の中に入り硝子戸の本棚の前に立つ。エプロンから古めかしい鍵を取り出すと硝子戸を開け、アガサ・クリスティの名著『そして誰もいなくなった』の背表紙に手を当て奥にぐっと押し込んだ。かちりと何かが押される音。私はゆっくりと本棚を押して、本棚の後ろの部屋へと入った。最初は映画で見た扉だと興奮したが、今はただ面倒なだけである。どの本で仕掛けを起動するのが一番カッコいいかなど聞かれても知ったことではない。映画だとアップで映るので、スポンサーの本にしたらどうでしょうか。
本棚の後ろの隠し部屋の真ん中には簡素な木の机と椅子。机の上にはパソコンが開かれた状態で置かれている。
ブォン。
起動するパソコン。画面に映るのは影坊主。シルエット的に机の上に肘をつき、口元を組んだ手で覆っている。
「小鉄田くん。上手くいったかね?」
低い声でそう問いかけるこの影坊主は恥ずかしながら旦那様である。
「はい、アリアさん達は旦那様があげたチケットでテーマパークに行くようです」
「そうか。よくやってくれた」
「これも仕事ですので」
これぐらいだったら軽作業の範囲内だ。20キロの荷物を運ぶ作業を軽作業と謳ったあの派遣会社はまじで許さん。私の白魚のような手が傷ついたらどう責任をとってくれるのか。責任をとってイケメンで家事が上手くてユーモアがあって身長が高くてお金持ちな男性を紹介してくれるのか。
「それで、彼、ええと、何て言ったかな」
「日下部宗介さんです」
「ああ、そうだった。そうだった。日下部くん、日下部くんだ。最近歳かな。忘れっぽくて困る。……私の許可もなしに娘の部屋にまで入り込んだそいつだよ」
低い声が更にぐっと低くなる。
「今日も私の家に来たのだろう?どんな様子だった」
「アリアさんと竜胆さんと大変楽しそうにしておりましたよ」
「そんなことは聞いてないんだよ」
「聞いておりましたが」
「しただろう。悪事を」
「いいえ」
「しないはずがないんだ。悪事を」
「いいえ」
「もうしたことにしないか?悪事を」
「いいえ」
倒置法がうっとおしい。
「差し出がましいようですが。日下部さんはただの親しいご友人だと思います」
むしろ一線を超えそうなのはアリアさんだと思う。ちょこちょこ日下部さんの事を怪しい目で見ている。俗な言い方をすればエロい目で見ている。逆に日下部さんはいやらしさを感じさせない。むしろ見守るようなそんな目で見ている気すらする。
「そんなはずがないんだよ。いいかい、小鉄田。これは50年生きた男の経験から言うがね」
旦那様はドンとパソコンの向こうで机を叩く。
「アリアちゃんと竜胆ちゃんと下心なしで一緒に居れる男がいるはずがないだろう!あんなに可愛いんだぞ!」
あんた、失礼、旦那様は50年分の重厚さを使って何を言っているんだろうか。
「きめ細やかな髪、透き通るような肌、思慮深さを感じさせる瞳、鈴の音のような声。まさに2人は神が与えたもうた奇跡を一身に受けた存在なのだ。あの2人こそ互いの運命の人なのだ。もう我慢できない。ここに私は教会を建てるぞ」
「止めてください。結婚式も開きません」
娘を褒めてるだけだが、言葉のチョイスが気持ち悪いなと思いました。旦那様は息を荒げたせいではぁはぁと疲弊している。
「それなのに、どうして2人ともあんな軽薄な男と友人関係を築いているのか。私にはわかるあれは絶対女好きだね」
「どうしてそう思ったのですか?」
「勘だよ。私の50年がそう叫んでいる」
根拠が自分が生きた時間しかないなんて、それはもう立派なろうが……いや言うまい。こんなのでも私の雇用主なのだから。なだめすかし、旦那様のメンタルをいい感じにしとくのも奥様から言われた大事な仕事。
「小鉄田くん」
「はい」
「わかるだろ。私はもう小学生の時のような失敗はしたくないんだよ」
「存じ上げております」
旦那様のその言葉を今までと比べ物にならないほど真剣味をおびていた。
「本当に困っている時に何もできなかったそんな父親にはもうなりたくないんだ。私の勘違いなら、心配しすぎならそれでも良い。私が笑われるだけだからね。でも万が一の可能性も残したくないんだ」
「その気持ちはアリアさんにも伝わっていると思いますよ」
現に今もその証拠は冷蔵庫の中にある。アリアさんが旦那様用にとアリアさん自身が作ったたこ焼きが。……まあ日下部さんに手取り教えてもらっていたが。初めての共同作業であったが。
……アリアさんが夜食で食べないように、後で移動しておこう。そんなことあるはずないけども、うっかりということがありますからね。
「そうか。わかってくれているか」
「はい」
「それでは、アリアちゃんたちがテーマパークに行く日予定を開けておいてくれたまえ」
「はい?それは構いませんが、もしかしてついて行けと?」
それはどんな拷問だろうか。双方にとっても。
「いいや、尾いていってくれ」
それはどんな犯罪だろうか。
「学校から離れて、こういった非日常に放り込むとね油断して、調子に乗って本性がでるんだよ。だからいざという時にはアリアちゃんたちの安全を君には守ってもらいたい」
旦那様は嫌な笑い声をあげる。
「フハハハハハ!首を洗って待っているが良い日下部宗介!必ずその腐った本性を暴いてやるからな!フハハハハ、はっごほっ、うぇ」
聞くに堪えない音が聞こえてきたので、私はパソコンの電気を落とした。もうよいお年なんだから落ち着けばよいのに。
私はぐるりと部屋を見渡す。そこにはアリアさんに関するありとあらゆる思い出が並べられていた。アルバムにホームビデオだけでは飽き足らず、今までアリアさん作ってきた工作や作文、果てはテストまで残っている。年齢ごとのアリアさんの写真が校長先生の写真の様に並んでいるのは狂気の域である。ビデオを編集して作ったボーカロイド「涼白 詠唱ちゃん」による楽曲『究極完全寵愛娘』はどこかに流出する前にこの世からなくした方が良いと思う。おそらくアリアさんにここが見つかったら、焼き払われ、反抗期に突入するだろう。
私はこの秘密の部屋からでると、本棚をしっかりと元に戻す。
しかしむざむざ3人にテーマパークのデートの機会を与えるなど本末転倒ではないのだろうか。
***
――同時刻 アリアの部屋
「由々しき事態なんだよね」
お風呂から出てきて、アリアの部屋でまったりとしている時、唐突にアリアが言う。
アリアはテーブルに肘をつき、組んだ手で口元を覆っている。何だか深刻風だ。
「アリア、そのパジャマ可愛いわね。冬仕様かしら」
茶色のもこもこのパジャマを着たアリアを褒める。垂れた犬耳がついたフードもとてもキュートだ。私はアリアのフードをかぶせると、犬の耳の裏辺りをわしゃわしゃと撫でる。いい感触ね。
「くっすぐったいよ。もう。でもありがとう。りんちゃんもそのパジャマ似合ってるよ。猫じゃらしで遊んであげたいぐらい」
「ありがとう。猫じゃらしでは遊ばないけどね」
私も白色のもこものパジャマに身を包んでいる。フードには猫耳がついている。誤解してほしくないのはこれは決して私の趣味ではないということだ。アリアがどうしてもこのパジャマを着て欲しいと駄々をこねるので着ているのである。私もアリアにフードをかぶせられる。……アリア特有の甘い匂いがふわりと香った。
「じゃなくて由々しき事態なんだよ」
「そうなのね」
「……何がって聞いて?」
「何が由々しき事態なの?」
「おほん。進展がないんだよね」
「…………。」
アリアは何のとは言わなかったが、私にも自覚はある。私たちの恋の話だ。
「覚えてるよね。神社でのこと」
「勿論覚えてるわ」
「あれから2か月経ってさ、いくつかイベントもあったよ。りんちゃんの誕生日とか球技大会とかね。球技大会に至っては、私女の子としてはすごい憧れるポジションにいたんだよね。知ったのは終わった後だし」
「でも終わった後に、部室で良い感じに2人きりになったんでしょう?」
「なったよ。でも手ごたえはなかったよ」
「そんなことを真っすぐな目で言われても……。話を聞いた限り、日下部くんが悪い気もするけれど」
女性に膝枕されている状態で、普通に雑談できる日下部くんが悪い気がするけれど。
それと進展しない理由には心当たりがある。一旦、私たちのどちらかが告白しないからという理由をとても高い高い棚に上げて言うが、彼はすっかりこの関係に満足しているのである。
「……日下部くんの昔のエピソードを聞く限り、日下部くんって多分今まで友達少なかったじゃない?」
「そうだね。本人は全然気にしてなさそうだけど、それだけ聞くとすごい哀しいね」
「だから、その、日下部くんってこの友達の関係をとても楽しんでいる節があるのよね」
「ああ~」
「あともう1つ問題あるのが……」
「問題……1つかな?」
「……もう1つ問題があるのが、日下部くんが面倒見がよい尽くすタイプであることよね。今日もたこ焼きを率先して作ってくれたけど、すごい甲斐甲斐しいかったじゃない。これは庇護対象に入り始めているような気も……」
「そうだね。至れり尽くせりだったね。わかってるよ私も。私たちをとても慈しみのある目で見ていることは」
普段の冗談しかでない言動からは想像しがたいが、彼はとても気の遣える人である。一緒に歩くときは必ず車道側を歩くし、段差があったら言ってくれるし、後ろから車や自転車がきたら何気なく庇ってくれる。椅子は引いてくれるし、重いものは持ってくれるし、立ち上がるときにちょっと手を貸して欲しいと思ったら手が差し出される。おそらく本人は無意識にやっており、お姉さんの教育の賜物だと思われる。
「だから今度行くテーマパークはチャンスなんだよ」
「チャンス?」
「うん。やっぱり非日常はね、時に人を大胆にさせるじゃない?普段はできないけど、テーマパークだからできることはあると思うんだよ。学校というテリトリーから離れるからこそできることはあると思うんだよ」
「例えば?」
「それを今から2人で考えるんだよ!」
ドンとアリアは机の上に大量の本を置く。
向かうテーマパークのパンフレットにファッション誌、それに恋愛漫画などなどだ。
「さぁ!ここから私たちの武器をさがすよ!宗介くんの顔をそれで真っ赤に染めてやるんだ!」
「赤面ということよね?鮮血ではないのよね?」
アリアがファッション誌に手を伸ばしている一方で、私は手始めに恋愛漫画を手に取った。恋愛漫画の中ではヒロインが主人公の顔面にとび膝蹴りを喰らわせている。え?鮮血の方?
***
――同時刻 宗介の部屋
「やりやがった!!マジかよあの野郎ッ やりやがったッ!!」
「甘織 れ○子 すげぇ!」
それぞれの想いが交差するデートが今始まる……!
宗介の想い……?ああ、あそこ、あそこ、見えるかな?ねじれの位置にあるよ。




