帰還①
雪が降らなくなった。気付くと橇ではなく、馬車が用意されいる。
もう、《回復》してないのは、領主館の周辺だけだ。
こんな荒地にも花は咲くんだなぁ。名前も知らない雑草たちが、とても愛おしく思える。
ちょっと喉が乾いた。意識した時には、ハンナが魔法瓶からお茶を注いで、ソーサーごと差し出している。
この子も成長したよ。もともと一生懸命だったけど、私やユリリアの指示を待つことが多かった。いまは、王都に連れて行くにも不安がない。うん。屋敷に着いたら、家令と相談して、侍女に格上げしなきゃね。お給料もあがるから、楽しみにしてて!
今回《回復》の旅をするにあたって、乳母のユリリアは屋敷に置いてきた。私が生まれてから、一日たりとも離れたことがなかったから、向こうもきつかったろうけど、私も驚くほど寂しくて、何度かこっそり泣いちゃった。
でも、王都行きには、メイド長のスカレを連れて行こうと思ってる。王都に向かう道中、通る領地を治める貴族たちの情報が絶対に必要だし、王都に着いたらついたで、影に隠れた情報網と実行力をいかんなく発揮してもらわなければならない。
当然、メイド長に代わる人材は育てられていて、家令のイマージもいるし、領内を回すことには何の問題もない。
ただ、私が私の影響力を残しておきたいだけ。
前世でもよくあったんだ。よそのプロジェクトを手伝わされてるうちに、もともとのチームに居場所がなくなってるなんてことは。
でも、一の子分をおいておけばどう? もっとも、向こうの現代社会に忠誠心なんて言葉は存在しないから、まめにご飯をおごって、ぐち聞くくらいしかできなかったけど。
出先から手紙を送れば、ユリリアは即行動してくれるだろう。放っておいたって私のために動く。いわば私の分身。何よりまわりが、そう認めてるってことが大事だ。
その上で、特に力を入れてほしいのは、双子たちの教育。
相応の年齢になれば専門の教師をつけることになるし、いまいる彼らの乳母も、気立てのいい賢い娘。
ただ、平民なんだ。差別してるわけじゃないよ?
ケセラサ人の育児って、わりとアバウトっていうか。まあ、いまの段階でも寝てる時間が長いしね。まず、寝具や衣服を清潔に保つこと。あとは、しっかり食べさせて、思いっきり遊ばせる。理想的といえば理想的。
私としては、目を離してる時間が長いのが気になるかな? 基本的なあいさつや、食事のマナーくらいは教えておいてほしかったと思うし。うん。
はじめて双子と一緒に食事をした時、じつは驚いた。可愛いから許せたし、すぐこちらの真似をするように誘導したけどね。
私とユリリアの関係とはだいぶ違う。それでも、双子はよく懐いているし、一緒に自分の子供も育てちゃう度量はすごい。ユリリアの途中参戦にも、嫌な顏ひとつしなかったよ。
近くの村長の娘である彼女は、急に忙しくなった実家や村のことが気になるって理由で、すんなり身を引こうとしたんだけど。
いやいや。愛情をもって接しつつ、あるていど距離を置いて見守りもできるなんて人材、そう簡単には手放しませんよ? うちの子たちとの関りも保ってほしいしね。
朝ミーティングで協議した結果、彼女には保育園の園長をしてもらうことに。アスレチック広場の宿泊施設を利用して、まずは試験運用だ。
通える範囲は限られてくるけど、近隣の村から十数人、家臣団の子たちも同じくらい、五歳までの年齢制限を設けて希望者を募ったんだけど、思いのほか集まったね!
有望そうな子には、ユリリアに礼儀作法をたたき込んでもらおう。いずれは小学校もつくってみようかな? なんて、のん気に考えてたんだけど。
うわさを聞きつけた領民から、うちの近くにもつくってくれって要望が、くるわくるわ。お、おぅ。反応が早いな。まだ、はじめて一週間もたってないのに。
もう、教育関係は全部ユリリアに任せよう、そうしよう!
それが、旅に出る直前のこと。相変わらず行き当たりばったりだけど、我ながらいい判断だったと思うわ。
これから、ギュベニュー辺境伯家は難しい局面に立つ。私っていう力のある不確定要素を抱えている上に、なんたってこの立地! 自国の王家や貴族たちに加えて、隣国とも渡りあわなければならない。
日頃ユリリアは、三歩下がって私に仕えてるけど、暦とした子爵家のご令嬢だ。一般的にオールドミスって言われる年齢だけど、王族の乳母という経歴は、貴族の女性にとっては、これ以上ない箔付けになる。
私が一筆書けば、好条件のところに転職できるし、後妻や側室限定になるけど、家格が上の侯爵家や伯爵家に嫁ぐことも可能。私もユリリアも、そんな気ぜんぜんないけどね。
そもそも、彼女のいちばんの強みは、王国一、礼儀作法にうるさいノブル家出身だってこと。下級貴族にもかかわらず、私の乳母に選ばれた理由でもある。
礼法自体が、長い年月をかけて磨かれてきたってこともあるけど。
たとえば、あきらかに罪を犯してるのに、もろもろの事情で断罪できなかったり、あまりのさばらせると、王家にとって都合の悪い貴族がいたとする。
ノブル家の人たちが、そいつの無礼を微に入り細に入り指摘するわけよ。一見ちょっとした嫌がらせにしかみえないけど、公衆の面前でチクチクやられるのは地味にきつい。
張本人が開き直ったところで、家族や親族、親交の深い面々までそうだとは限らないもんね。我が実家ながら、王家って怖いわ。
そんなわけで、ユリリアも当然のように各貴族家の歴史、特に負の部分にくわしい。いまはふんぞり返ってる連中も、どこかの時点で必ず、ご先祖様がなにかしらやらかしてるからね。
ぜひ、その知識、行儀、ヤラレタのこすっからい貴族どもと遣り合えるノウハウを双子たちに伝授してほしい。そのことがいずれ、ギュベニュー辺境伯領を背負って立つ、ギーブ君の助けにもなるだろう。




