パーティーにて④
私は素直に、自分の感情を解放する。
てらいのない七歳の少女の涙。これは目の前の女が、前世の私が、もう二度と持ちえない最高の武器だ。
こんな女同士の浅はかな争いも、いまの身分も、前世でつくりあげた大人の意地も。全部忘れて、ドレスのことだけ考えたら、自然と泣けた。
これはワルサさんが私のために用意してくれたもの。鏡を見てとても満足した。似合うって褒められて、この上なくうれしかった。彼と私の気持ちそのもの。それが汚れてしまった。守れなかった。私のちゃちなプライドなんかより、神様に任されたなんだか大変そうな使命より、いまのわたしには大事なものなんだ。
ふぇっと出そうになった声をこらえて、なんとか笑う。
そうそう、えらいよ私。素直な感情を見せるのはいいけど、流されてしまったらダメだ。私は、武勇に優れた辺境伯ワルサ・ノテム・ギュベニューの妻なんだもの。
視線の先に両手を伸ばして歩き出す。ちょっと涙がこぼれちゃってるのも、唇がふるえちゃってるのもご愛敬。
ワルサさんは、周囲の男性たちに「失礼」と一言かけて、ほんの数歩で私の前に立つ。
ふわりと、自分が綿毛にでもなったみたいだ。いわゆる子供抱きだけど、すっごく安心できる腕の中。
「へ、辺境伯さまにいただいたドレスがぁ」
厳しかった表情が、溶ける。ちょっと旦那様、そんなやさしい顔みせないでよ。ここ、おうちの中じゃありませんよ?
「大丈夫ですか?」
駆け寄ってきたペコトス街長夫人に、私は頭を下げる。ずが高くてごめんなさいね。
「お、おさわがせして、すみません。ペコトス街長夫人」
「そんな、ギュベニュー辺境伯夫人がお気になさることではありませんよ。こちらこそ、気分を害させるようなことになってしまって、申し訳ございません」
忌々しいといわんばかりの視線は、キライヤス男爵夫人の方へ流れ、深々と頭を下げる前にちらりと見えた顔は、本当に悔しそうだった。たとえ自分のせいじゃなくても、無事にパーティーを催せなかったって、不名誉なことだもんね。
彼女に寄り添う夫も、同じように頭を下げる。
さて、どうしよう? せっかく「キララ様」って呼んでもらえてたのに、また、少し距離ができてしまった。気分的にも状況的にも、ずらかるタイミングなんだけど、ちょっとはフォローもしておきたい。
でも、いま私はショックを受けてるわけだから、ぺらぺらしゃべるのはおかしいし。
ワルサさんの指先に一瞬、力が入る。お? 任せろってことかな。
打合せなんてしてないけど、彼はここでの自分の役割を心得てた。さすがは旦那様。だてに辺境伯やってないよね!
「いや、十分にもてなしていただいた。楽しいひと時だったが、それもいずれは終わるもの。妻もすでに満腹なようなので、これにて失礼させていただく」
思わず顔が熱くなる。すぐ俯いて顔を隠したけど、ペコトス街長さんも笑いをこらえたみたいよ。そりゃもう、ぱくぱくぱくぱく食べてたからね。うちの旦那様も、悪戯っぽいいい顔してるんだろう。
「ごちそうさまでした」
頬の熱が冷めぬまま、消え入るような声でつぶやくと、ペコトス街長夫人もやっと微笑んでくれた。




