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その前に

 謁見(えっけん)の形をとった見合いの席だったわけだが、肝心の第一王女がいないことにお気付きだろうか?

 じつは話が決まってから、彼女はハンガーストライキに入った。あの食いた虫の姉が菓子を我慢できるとは、よほど嫌だったに違いない。まあ、私だって本当に子供で、同じ立場だったら、死んでやるって(わめ)いたかもしれない。

 本来ならばこの後、大使は王と王妃、宰相、大臣たちを交えて、会議という名の最終調整に入り、第一王女が、未来の夫たるギュベニュー辺境伯に城を案内するというスケジュールだった。

 えーと、ここから回想ね。

 連日、天岩戸(あまのいわど)状態の、第一王女の居室前。

 親子とはいえさすがに貴人同士、無理に扉を開けるってことはしないのね。うん、まあ、彼女の《ファイヤーボール》対策として鋼鉄製にしちゃったから、安全に壊せないってのもあるんだけど。

 護衛が幾重にも囲んだまわりを、心配を装った使用人たちが行き来する。一人一人は声をひそめていても、空気はざわめく。特に、いまだちっちゃい《ファイアーボール》がぶち当たる振動と、それに驚く人たちの悲鳴は、城正面の噴水まで響いてくるくらい。

 ちなみにこの噴水、大掛かりかつ単純な仕組みすらなく、はっきり言ってただの池だ。動力は、魔法という名の人力。決まった時間に、仏頂面の小柄なお兄さんがやってきて《ウィオータージェット》と唱える。

 他に見ている人は、まずいない。私が居合わせると、よほどうれしいらしく、無表情なまま複雑な水の動きをサービスしてくれる。なので、なるべくその時間には、池の脇を通りかかることにしてる。

 なんの話だっけ? あ、そうそう。

 癇癪(かんしゃく)持ちの第一王女に、扉越しに理路整然と王族のつとめを説く正妃。その応酬は日々エスカレートしていって、使者到着予定日の一週間前ともなれば、まるであくたい祭りだね。

 そこに首を突っ込む、私。天真爛漫を装ってたけど、後がないからじつは必死だ。

「おはようございます、おうひさま。おはようごさいます、さいしょうどの」

「おお、これは。おはようざいます、キララ姫」

 宰相は髪を振り乱しつつ、振り向いてあいさつしてくれたけど、正妃はそんな余裕もないみたい。これは、なかなかめずらしいことよ? ちなみに王は側室のところです。けっ。

「なにを休んでいるのです宰相、叩き続けなさい」

 分厚い扉を義弟に叩かせて、廊下から王妃が説得を試みている。お高い蜂蜜をなめながらとはいえ、ちっとも声がかれてないのはさすが。おじさまの手、大丈夫かな?

 おかげで私は、今後の予定をすべて把握してから、ことにのぞむことができた。

「おうひさま。ギュベニューはくしゃくさまのごあんない、キララにおまかせいただけませんでしょうか」

 ポイントは、いかにも誰かに言わされているように棒読み風に話すこと。

 白粉(おしろい)(くま)を隠しきれていない王妃の視線。私の斜め後ろに控えている、乳母のユリリアをちらりと見たね。

 「おねえさま、しんぱいねー」とか、適当なことをほざいていた私が、まさかこんなことを言い出すとは。ユリリアの心境はいかばかりかと思うが、彼女もそれを表に出すほど初心(うぶ)じゃない。

 私は、これでいいかと問うように振り返る。うん。冷静になんか(たくら)んでそう。

「そう、そうね。ひとまず、案内だけでも頼もうかしら」

 心底、疲れたように王妃が決断を下す。苦渋のって感じでもなかったな。最初っから選択肢に入ってた?

 もっとも、相手のあることだ。ぎりぎりのところを探りながら、第一王女の説得も続けていくんだろう。

 あっちでもこっちでも微妙な駆け引きをしながら数週間。おぅ、面倒くさいな。

 どっちつかずの状態って、落ち着かないからきらいなんだけど、私だってせめて相手を一目見てから決定したかったんだよー。

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