派閥問題が解る8歳児は間違いなくチート
5分なんてあっという間だ。そろそろ父上の侍従や監視が戻ってくる。
私は父にまた別の四つ織りの紙片を手渡した。
「クライエス、これは?」
「手紙です。父上の監視の者に求められたら、これを見せてください。渾身の自信作ですよ」
監視という言葉を聞いて顔をしかめる父上に、あの一際鋭い視線の護衛のことを言うと、よく見ているなと感心された。
「中を見ても?」
「どうぞ」
私が返事をする前に紙を開き始めていた父上は、サッと目を通した後で困ったようにうーんと唸った。
「読みづらいな」
「そうでしょうね。右手で何度も書き直しました。特によくできたものです」
「……これがか?」
「ええ、出来の悪い王太子らしい、稚拙な内容で素晴らしく字の汚いワガママ放題ながらも、父上を思いやったお手紙です」
「これを見せるのか?」
「はい、お願いします」
父上は難しい顔をしながらも、渋々というように頷いた。
私の悪評を更に高める内容が気に食わないのだろう。
先ほど私は、部屋の者達に見せつけるように手紙を父上に渡したので、きっと父上についた監視は内容確認を求めてくるだろう。
どの派閥からの監視かは知らないが、父上の周辺に普通に食い込ませてくるのだから、多分お祖父様だと思う。
安全の為とかなんとか言いながら、父上の周辺に自分の手の者を紛れ込ませるのだ。
ここで派閥の話をすると、父上の元々所属していた派閥と、お祖父様の率いる派閥は別なのだ。
父上は王権派の後押しで王位に就いたのだが、王権派は前王までの代のいざこざで大分弱体化していた。
王権派は、血統の確かな正当な王を立てることを主眼とした派閥だ。
前代の王は病弱で在位が短く、呆気なく逝去してしまった。その為、父上はまだ成人する前に王位に就いたという。
いざこざが起きていたというのが、その前代の王が立太子する前のことで、病弱だった前王はもともとは王になる予定がなく、遠く離れた地で病気療養していたらしかった。
本来王位に就く予定だったのはその兄で正室の子だったが、側室の子にそれはそれは優秀な王子が居たらしく、どちらを王位に押し上げるかで揉めに揉めまくった。結果、側室の子を推していた派閥と正室の子を推していた王権派が共倒れとなり、各々の王子が唐突な病死と事故死に見舞われ、末の王子である前王が駆り出されることとなったらしい。
しかし病気療養をしていただけあって前王は政治に疎く、官吏はやりたい放題。地盤を固める臣下もなく、後ろ楯となるはずの王権派はガタガタ。政権を掌握することも出来ず、無念のまま崩御した。
そんな中で唯一の王子だった父上が成人前に即位したが、政権を牛耳る古狸達に太刀打ち出来るわけもなく、弱体化した王権派をなんとかかき集めて身の回りを固めるだけで精一杯だった。
しかしそれではいけないと、婚約者を定めるのを機に巻き返しを図った。
その婚約相手が母上であり、父上は強権派を率いるお祖父様の後押しを得ることに成功した。
強権派は力ある者が国を主導するべき、という理念で動いており、時には強引なやり方も辞さない派閥だ。
参加している貴族はさほど多くないが、1人1人が大貴族で力を持っている。各々が順調な領地経営をしている為懐の潤い具合は随一なので、別に政治資金をくすねるとか横領みたいなことには興味がない。
存在する欲求は、権威を握ること。
自分達の力で国を動かしていること、不用な貴族とそうでない貴族を選りすぐり、大鉈を振るえる力を有するという事実が、彼らにとって何よりも大事なことだった。
因みに、主にその大鉈の犠牲となったのが特権派で、貴族階級は特別な存在であり相応の権利を得るべきだ、という考えの連中だ。私服を肥やしたり、平民を見下して虐げたりするのが主な特徴で、自分より地位が上の者にはへりくだる。現在まだ派閥が残っている理由は、しっぽを掴ませない奴がいることや、強権派におもねることで一命をとりとめたりしてるというのもあるが、必要悪として敢えて残されてる所もある。
強権派が我が物顔で権威を振るい、自分達の力を見せつけられる相手が必要なのだと思う。
因みに前王の即位前にいざこざで消えたのが神権派で、神の教義に反しないことをしていこう、みたいな思想の連中だったらしい。実際は教会との癒着とかで、なかなか懐の暖まる思いをしていたらしいのだか、詳しくは聞いていない。
そして最近台頭してきたのが、正権派だ。
オリシスティスの父、メンディエンズ公爵の率いる派閥で、政治をあるべき形に戻そうという働きかけをしている。
有能な人間をとりたてるようにしているため、派閥のほとんどを構成するのが平民出身者や下級貴族などであることが、反発を受けやすい所だった。仕事で有能さを見せつけても、侮りの目や嫌がらせは受けている。メンディエンズ公爵は地位が確かなのでそんな扱いは受けていないが、今の政界の筆頭派閥に成り上がるには少し弱い。
そして、そのどれにも属さないのが中立派だ。
派閥問題に巻き込まれて共倒れしないよう様子見をしている、まとまりのない個だ。
中央政権に近くても様子見ができるのは、ある程度力を持つ貴族だからだし。政権から遠くて辺境の地にいれば、力はなくとも中立の表明は許容される。特に思想があるわけではないが、今のところは各派閥間の緩衝役というか、調停役のようなことを担っている。
因みに私の世話をしている侍女や衛兵の割合は、1:5:4で王権派:中立派:強権派となっていた。
本当は強権派で固めたかったろうけど、反発とかがあったんだろう。詳しくは知らないが。
ここまで整然と振り返ってみて思うのだが、私はやはりチートなのだろう。
今まで意識して勉強しようとか、努力して他人の名前を覚えようとかしてないのに、一回教えられたり、なんとなく耳にしただけでちゃんと頭に入ってる。
乙女ゲームをプレイしていた前世の私も、「ちょっとヒロインに誉められてやる気だしただけで、すぐ総合1位獲得とか、ナメんな!」とダメ王子にキレていた。おそらく地頭が悪くないからできたのだろうが、なるほどと自分のチートを実感するばかりだ。
なにせ、ちゃんとあの長ったらしい人の名前まで、労せずフルネームで覚えているのだ。
前世のことを思い出して羨ましく感じたのは、みんな名前が短くてシンプルだということ。
私の国では平民も貴族も関係なく名字があるが、名前・父の名字・母の名字・出身地、みたいな表現方法なのでやたら長くて面倒くさい。
私の名前でいったら、フィストアが父の名字、バハラマが母上の名字で、ノースアークが国名だ。私が王族だから、ノースアークを名前に入れても良いのだ。
平民なら出身地は村や町の名前になる。引っ越したらその部分を変えてもいい。届け出は必要になるが。たとえば結婚などである。結婚しても変えない者はいるが。
しかし旅芸人になったら、わざわざ届け出ず、最初の名前を貫き通していたりするらしい。(会ったことはないから、本当かどうかは知らないが。)
貴族なら最後の出身地名は領地名になる。
法衣貴族なんてものは存在しなくて、貴族になれば大なり小なり必ず何らかの領地が貰えるのだ。考えようによっては太っ腹である。貰えるのが統治しやすい、問題ない領地なら、と注釈がつくが。
そんなわけで、我が国の国民は総じて名前が長い。
いっそのこともっと短くなればいいのにと、日本という国のことを思い出してからは、ここと違って良い国だなぁと溜め息が溢れるばかりだった。
「父上、最後にお願いがあります」
「なんだ、クライエス」
両目を細めて優しい笑みを形作る父上に、私は勇気を振り絞り、自然と拳を握りしめた。
「私を、抱きしめてはもらえませんか?」
今まで生きてきた人生で1度も、家族の温もりを感じたことはない。
滅多に会えない両親。
時々顔を見に来るが、臣下の態度をとる祖父。
いつも父上に迷惑をかけてはいけない、これ以上嫌われたくないと思って我慢していたが、父上が私を嫌っていないなら、少しくらい甘えても良いのではないだろうか。
次にいつ会えるのかも解らないのだし、私だって年相応に淋しいのだ。
ベッドの端に寄ってそっと見上げると、父上は破顔して両腕を広げてくれた。
「成長したと思ったが、まだまだ子供だなクライエス」
すっぽりと父上の温もりに包まれて、生まれてきて初めて、安心感を覚えた。
そんなに鍛えられてない、華奢な体だ。それでも私よりは大きくて、硬いのだ。
自然と、目に涙が滲んでくる。
温かいんだな、人って。
「父上、壮健でいてください」
「ああ、そなたもな」
か細い声で呼び掛ければ、優しい声が降ってくる。
見た目に反して力強い包容に、そっと私も腕を回して抱きしめ返した。
「少しでも長く、玉座をお守りください。私も、きっとお力になれるようにがんばります。今はまだ難しいので、大きくなってからですが」
「うむ、期待している。くれぐれも無理はするなよ」
「はい。父上も、ご無理なさいませんよう。お命を一番にお考えください」
ああ、そうだなと、ひたすら優しい声音の後、私達の交流は予定通りの時間で終わった。
戻ってきた侍従や護衛達に連れられ、父上は帰っていった。
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タイトルに反して……もう少しシリアス感は続きます。