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国王陛下訪室(約1年ぶり)

ベッドに潜り込み暫く考えを巡らせていると、侍女に案内されて医術師がやって来た。

この世界にも治癒魔術というものは存在するが、適性者が少なく修得困難な為貴重だった。

王城にも治癒魔術師は居るはずなのだが、私はお目にかかったことがない。

一応王太子であり、国王陛下の次に高貴な身であるはずなのだが、多分優先度が低いのだろう。解せん。

どうせなら国の防衛の為に働く兵士や、重要な役職に就く大臣達に何かあった時の為に、治癒魔術を温存しておこうということだろう。

試しに医術師に「背中が痛むのだ。治癒魔術師を出せ」と居丈高にゴネてみたのだが、「1週間もすればよくなりますよ」と適当に宥められてしまった。解せん。

一応私、王太子なんだが?たった1人の、大事な王位継承者のはずなんだが?さっきまで3日も寝込んでいたわけだが?

ぶつぶつと文句を連ねてみるが、医術師も侍女も淡々としたものでスルーされまくっている。

まぁ、どうせ無理だろうと、断られる前提で言ってみたのだ。

本当に魔術師に来られても困る。前ならば何ともなかったのだが、前世の記憶を思い出した私にとって、魔術師に会うのはかなりの心の準備が必要なものとなったのだ。

背中に痛みがある今、会うわけにはいかない。

それでも何故連れてこいなどと要求したかというと、日頃の私ならばそれくらいゴネるのは当然だからだ。

いきなり粛々と大人しく受け入れるようでは不自然極まりない。

バカ王子が落馬を機に改心して、扱いやすくなったと思われても困る。今まで通りバカでなければ、動きづらくなるのだ。

今改心したと思われてしまったら、良い傀儡の一丁あがりと捉えられるか、不信に思われて監視を増やされるかだ。

どちらにせよ、周りからの接触や干渉が増える未来しか見えない。

そういったことは、なにがなんでも回避したい。


「そうだ。マリーナ、紙とペンを持ってこい」


私は殊更偉そうな態度で命令した。

マリーナはいつもの私に戻ったと安心したのか、残念がっているのか。ともかく感情の見えない表情で、指示通りの物を用意してくれた。


「父上は来てくださるかな?」

「おそらくは。何かご用でもあるのですか?」

「ふんっ、用がなければいけないのか?可愛い息子が怪我をしているのだ、来てくださるのが当然なのだ!別にもう1年も会っていなくて淋しいから、期待してるわけではないのだからな。父上にお仕事頑張ってくださいなんて、手紙を書こうとしてるわけではないのだぞ!」


聞かれもしないのに言い訳をしながら、ベッド上で文字を書く。

無言で仕事に徹する周囲の侍女や近衛からの、生温い視線が刺さる。

中には呆れた目を向けてくる者も居た。私がいつもと反対の手でペンを持っているからだろう。まだどこか悪いと思われているに違いない。


「殿下、宰相様がご面会にいらしてくださるとのことですが」

「お祖父様が?来ていただくなら父上が先だ!きっとお祖父様だってお忙しいだろうから、来るのは夕方以降だろう?夕方お待ちしていますと伝えてくれ」

「承知致しました」


じゃあ国王陛下はもっと忙しいはずだろ、という無言の視線は無視した。

ワガママバカ王子なのだから、然り気無いアホ発言は大事だ。

考えなしな発言と併用して無茶な要求をすることで、手が付けられないな、はいはい仕方ないご機嫌取っておくか、と最終的に思わせる為だ。

話が通じない奴が相手なら、仕方ないからこちらが妥協してやろう、と相手が大人になって対応してくれるのだ。まして私は子供なのだから、余計に。

私を都合よく傀儡にしたい連中は、バカはノせておけばよく言うことをきくと判断して、率先してご機嫌とりに走ってくれるはずだ。

もう少し大きくなったら使えなくなる手なので、今の内は是非活用したい。

何枚か手紙を書き、途中バカみたいに書き間違いに次ぐ書き直しを連発して見せ、やっと納得の1枚が完成した頃「陛下がお見えになりました」と侍従から取り次ぎがあった。

「早くお通しするのだ!」と無駄に声を張り上げて催促すれば、すぐに護衛や従者をぞろぞろ引き連れた父上が現れた。


「父上!」

「久しいな、クライエス。落馬したと聞いた時は胆が冷えたぞ」


現国王であるジギダリエス・フィストア・トリューシュ・ノースアークは、顔立ちは柔和に整っており、髪の色はプラチナゴールド、瞳の色は深い海のような蒼色をしたイケメンだった。

いや、積年の疲労と苦労皺が刻まれた顔は少しやつれ気味で、年相応に老けて見える。イケオジという表現が適切だろう。

私の正統派王子みたいな外見の8割は父上の遺伝子によるものだろう。髪と目の色はすっかり受け継いでいる。

しかし残りの2割、顔立ちに関しては母の影響を受けて少しキツめになっていた。

血統を疑われるような非イケメンに生まれた訳ではないのだから、良しとしよう。

そんなことより今はやることがあった。

父上に会えたことでニコニコと満面の笑みを浮かべていた私は、落馬という単語を耳にした途端、険しい表情をつくって見せた。


「何を言っているのですか父上、私は落馬などしていません!」


父上に席を勧めることもせず、声高に言い切った。

は?という空気が室内に充満し、呆気に取られたように全員が沈黙した。

その隙を突いて、私は言いたい放題持論を展開した。


「私が婚約者の目の前で馬から落ちるなんて、格好悪いことをするわけがないじゃないですか!あの日は熱が出て、オリシスティスには会えなかったのです。それで、今日まで寝込んでいたので、きっと心配をかけていることでしょう。断じて、私は男らしく馬を乗りこなせなかったわけではないのです!落馬なんて恥ずかしいところ、彼女には見られていません!」


そんなわけない。じゃあ背中の打撲はなんだというのか。すごく痛い。

自分でもそう思うし、実際周りからも何を言っているんだ?と残念なものを見るような視線を向けられている。

しかしここはこれで押し通す。このバカな発言を周知して、表面上は落馬なんてなかったよね、という雰囲気にさせるのだ。


「しかしクライエス、医術師が」

「そんなことより父上!私から贈り物があるのです!手を出してください!!」


不敬にも陛下の言葉を遮っての要望である。

気分を害されても仕方ないはずだが、父上はしょうがないなと苦笑いして手を差し出してくれた。

その目には、確かに私に対する愛情が感じられる。前世の記憶を思い出すまでは、父上が構ってくれないのは私を嫌っているからなのかと思っていたが、今日この目を見て確信した。前世の両親が、私に向けてくれていたものと同じだ。

父上は私を嫌ってはいない。

何らかの事情があって、私に構えないのだ。

大方の事情は察しがつく。

おそらく、私を傀儡にするべく父上との分断を謀っているのだ。

下手に親子で結束されないように。頼るべき先を、お祖父様に限定するように。

私は先ほど書いた紙を、ただ折り曲げた状態で封筒にも入れずに手渡した。


「これは?」

「手紙です!誰も居ない所で読んでくださいね!いつもお仕事お疲れ様です!」


ああ、と父上は嬉しそうに両目を細め、私の頭を撫でてくれた。

得意満面な顔をしながらも、父上の手が離れた後、私は彼の背後に控えている侍従達を睨み付ける。


「お前達出ていけっ」


いきなり無茶を言い出す息子に困ったのか、父上が両の眉尻を下げて宥めてくる。


「急にどうしたのだクライエス」

「彼らが居たら、私が父上に甘えられないではないですか。別に見られて恥ずかしいわけではありません、ただ、父上が私と親子水入らずで過ごしたいのではないか、と思うからです。だって1年ぶりですよ?次はいつ会えるか解らないのに……」


強がりを口にして、最後は淋しげに声を尻すぼみにしていく。

実際私は父上に久しぶりに会えて嬉しいし、2人きりになりたい。この気持ちに嘘はない。

しかし日頃の小生意気なバカ王子として、ワガママついでに屁理屈や駄々を捏ねるのを忘れてはならないのだ。

また始まった、と呆れ果てていた周囲の目も、僅かばかり同情が混じってきた。

一応見た目だけなら美少年な私の涙目を披露しているのだ、そうなってくれなければ困る。

父上の後ろで、一際鋭い視線で私達のやり取りを観察していた護衛も、面倒くさそうにしながらも、私の言い分が納得出来たのか渋々頷いていた。


「すまない、5分だけ外してくれ」


そう父上が命令すると、部屋から全員が居なくなる。

私は彼らが完全に退室しきる前に、大袈裟なくらい喜んで、父上にやっとベッド横の席を勧めた。


「クライエス、これでいいかな」

「はい、父上。ありがとうございます!」


大きな声で良い返事をした後、笑顔のままに私は声をひそめた。


「今回のことは幸いにも、私に対する警告、もしくは腹いせが目的のもの。落馬自体を無かったことにしていただく方が得策かと」

「クライエス……?」


私の言葉を聞き間違いと疑っているのか、父上が凝視してくる。


「お祖父様の言いつけに背いてオリシスティスを婚約者に選んでしまったので、強権派が警告してきたか。自分の娘を王太子妃にしそびれたダッカート侯爵が動いたか。そう判断しています」

「クライエス、そなた、練習不足で落馬したのではなかったのか?」

「父上、私は今まで落馬など一度もしたことはありません。今回の落馬は、なるべくしてなったのです。その紙に、当日妙な動きをしていた者達の特徴を書いておきました。変装している可能性もあるので、あまりアテにはならないかもしれませんが。万が一身辺に現れましたら、ご注意ください」


父上は先ほどの紙を開き読み進め、目をみはった。


「そなた、これは誰かに代筆を頼んだのか?」

「いいえ、そのような不用心な真似はしていません。私が書きました」

「我は、クライエスがろくに字も書けないと聞いていたのだが。見事な読みやすい字だぞ?」

「それは左手で書いたものです。日頃は右で書くよう言い含められているので、なかなか思うように字が書けないのです」

「……何故そのようなことに?」

「皆が右利きであるのだから、いずれ国王として国民の見本となるべき身である私は、皆と同じように右利きであるべきだそうなので」

「なんと!」


教師達は何かと私を貶めるのが好きで、その材料を見つけるのがとても得意だった。

字もそうだし、書き方に関しても、いちいち「このようなこともできないとは、王太子ともあろうお方が嘆かわしい」「まさかこれほどまで手間取られるとは、陛下がお小さい頃にはもっとお出来になられていましたよ」等と貶されていた。

その度に癇癪(かんしゃく)を起こして勉強を放棄していたので、教師陣は順調にワガママバカ王子に育っていく私に、ほくそ笑んでいたことだろう。

前世の記憶を得た今なら、そんな教育の仕方はおかしいと解るが、以前の私はあの教育しか知らなかったので、悔しい思いをしては機嫌を悪くし、怒鳴り、自分自身の悪評を高めていた。


「そんなことより父上、時間がありませんので手短に。私は落馬した日、見知らぬ侍女にきらびやかな衣装を着せられ、強い匂いの香水を振りかけられました。馬は臆病な生き物であり、強い匂いのものが嫌いです。それだけで興奮させるには充分だったでしょうが、あの日私が乗るように用意された馬は、いつもの馬ではありませんでした。まだあまり人慣れしていない、殊更臆病そうな馬だったのです。厩番(うまやばん)もいつもと違っていました。マリーナは用事を言いつけられて外していましたので、特にそれらについて注意を向ける者もいませんでした」

「それが本当なら、無かったことにはできまい。即刻犯人を探しだすべきであろう」

「いえ、必要ありません。下手に大事(おおごと)にして余計な警戒を持たれたくはないのです。私はまだ、命を落としたくはありません」


言うことを聞かないとなれば、用済みと判断されるかもしれない。

私がただのバカ王子で考え無しだから、派閥のことが解らず婚約者を指名したのだと。今回はきっとそれを確認したいだけなのだ。

もし何か思惑があって婚約者を指名したならば、今回の落馬の件を受け止め、大人しくなるなり、反発を明らかにするはずだと、そう見られているのだ。

だからこの場合の正解は、変わらないこと。

何も考えていないバカ王子であることを今まで通り続けるのが、長生きの秘訣だ。

そうすればお祖父様の派閥は、警戒心をそんなには抱かない。

寧ろ悪評だらけの王太子の尻拭い役を、オリシスティスの父の率いる派閥に押し付けることが出来るのだから。なんなら、難癖だってつけ放題だ。

父上が息を飲む。

憤りとやるせなさと悔しさと、一変に堪えるべき感情が湧いてきているのだろう。歯を食いしばり、肩を小刻みに震わせていた。

まだ8歳の私が、自分の置かれている立場を正確に理解し、死を予見しているのだから。

我が子の置かれている状況、国王でありながらも自分の権限の弱さ、そういったものが情けなくて辛いのかもしれなかった。


「それよりは落馬自体を無かったことにした方が、得る利益は大きいかと。私のワガママにより無かったことにされるのですから、私の悪評が更に高まり、強権派としては悪くない話です。何より、私が落馬していないのであれば、カザランドが罰されずに済むのです。同じ場所に居たオリシスティスも、表立って非難される理由は無くなるでしょう。これが最善手です。私はまだ、あの二人を遠ざけられるわけにはいかないのですから」


父上が困ったような顔で、本当にそれでいいのかと聞いてくる。

自分の悪評を更に高めたいのかと。

自分の命が危険に晒されたというのに、その犯人を捕まえなくて良いのかと。


「構いません。大を得るためには小を捨てるべきです」


私の悪評など今更だ。

些事なのだ。寧ろそれを利用して、有益な選択をした方が良い。

力強く頷いて見せると、父上は痛みを堪えるように、同時に感慨深そうに呟いた。


「クライエス、そなた、難しい言葉も知っていたのだな」


暫く会わない内に成長しているのだな、と。

父上は泣きそうな顔で、私の頭をぐしゃぐしゃにした。

だけど撫ぜるその手は、ひどく優しくて温かかった。



ブクマ、評価ありがとうございます。

しかしこれ、タグにあるようにギャグ要素も入ってくるのですが大丈夫ですか?

今のところシリアスしか見せていませんが……心配です。

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