第二戦:ファーストフードの戦い
漢の都、洛陽。
街は栄華を極め、人で溢れ、城内のあちらこちらで活気に満ち溢れる声が聞こえてくる。
しかし、ある男が宮廷の混乱に乗じ、洛陽を一瞬にして暗黒の世界に変えてしまった。帝をないがしろにし、兵士は略奪を繰り返し、揚句の果てには帝の弟、先代の帝の母親まで殺してしまう始末。
彼は今、天下を我が物にし、酒池肉林の野望を果たさんとしているのだ。
「董卓将軍、全て作戦通りに終わりました」
謁見の場の椅子に座るのは、かつて西涼の一将軍だった、董卓という男。
赤光りした鋭い眼光と、氷のように冷たい表情。そして彼の振る舞いから、世の人々は彼の事を魔王と呼んでいた。
「そうか……。ご苦労だった」
「はっ。では引き続き研究を致したいと思います」
「ああ、それでは私は寝る。何かあったら起こせ」
董卓はそれだけを言うと、椅子から立ち上がり、奥に消えていった。
李儒はその姿が見えなくなるのを確認してから、その場をゆっくりと後にした。
*
彼女が目を開けると、そこは違う世界が広がっていた。
周りの人達は鎧すら身につけていないどころか、見たことも無い服を着ている。
これは夢か。とキョロキョロ辺りを見回すも、見たことも聞いた事も無い世界に、彼女の頭はますます混乱する。
『黒いブラックホールのような物から、強い風と共に現れた少女』
と、彼女は周りの視線を一様に集める。しかし、当の彼女はそれどころでは無い。
キリッと左右に鋭く伸びる大きな目。彼女のその表情から、怜悧な、という印象を受ける。
「あら、あなた。もしかして……」
−−不覚。
この環境に戸惑っていたとは言え、知らぬ間に背後を取られていたなど、不覚以外の何物でも無い。
彼女は聞こえてきた声には構わず、腰に付けていた剣を右手で抜くと、素早く振り向き構えた。
「関羽ちゃんと張飛ちゃんの知り合いかしら?」
彼女が振り向いた先にいたのは、見た目はまだ20代後半くらいの女性だった。
*
「うむ。これがその、バンバーカーというやつか」
「ハンバーガーな。中に挟まってるのが牛の肉」
と、張飛にツッコミを入れながらハンバーガーの説明をする京介。
「いい匂いですね」
鼻をくんくんさせながら関羽が言う。
京介が、昼ご飯はどんな物が食べたいか。と聞いた所、張飛が、にくー。と言った為、京介はムックとドナルドというハンバーガー専門のファーストフード店に二人を案内した。
三人は四人用の対面席に、京介と関羽、張飛が向かい合って座った。張飛が通路側、関羽が窓側だ。
「しかし酒が飲めないとは思わなかったぞ。法律ってやつは面倒なんだな」
「張飛、軍律と同じですよ。守らなくては駄目です」
そう。張飛は何を思ったか、店員に酒を注文したのだ。
ファーストフード店に酒がある訳じゃ無し、そもそも張飛は未成年。
もちろんその店員はあっけらかんとした。
「あと四年も我慢しなきゃいけないのかー」
「えぇ。軍律なら仕方ないと諦めるのが一番です」
「くそー、こうなったらガンバープーのやけ食いだぞー」
「ハンバーガーな、ハンバーガー」
正解から遠ざかる張飛に、京介は二回言った。
「うぉー! すっごい美味しいぞー! 姉ちゃんも食べるんだぞ、このノンシュガー」
「ハンバーガーな」
「はいはい、分かったから静かにしてなさい」
大はしゃぎする張飛を関羽が宥める。
何回、ハンバーガーだ。と言っても理解してくれない張飛。もしや張飛は自分の話など聞いていないのでは? と、不安に駆られた京介は、一つ質問を投げ掛けた。
「張飛、今日の夕飯は何がいい?」
「うむ。今日も母上の作るカルカッタが食べたいぞ」
「カルボナーラな」
一応聞いてくれてはいたが、どこかやる瀬ない京介だった。
「あっほんとだ。美味しいですね、このバンクーバー」
「だからハンバーガーだって言ってるでしょ」
あなたにボケられるのが一番キツイ、と京介。
「ごめんなさい。面白そうだったので、つい……」
か、可愛い……。
少しはにかみながら言う関羽に、京介の鼻の下は伸びずにはいられなかった。
「それにしても……。この服は変わっていますね……」
そういう関羽が着るのは、こんな物しか無くてごめんねー。と由美が渡した、括れた形をする白い長袖のシャツと、ベルボトムのジーパン。由美が近くのコンビニに行く時によく着る組み合わせだ。
しかしこんなラフな格好でも絵になるんだからなぁ……。と京介は感心する。
「それにこの、ブラウニーとかいうやつはなんか窮屈だぞ」
「ブラジャーな」
そう言う張飛は、桃色のタンクトップに、もう少しで下着が見えるんじゃないか。というくらい短いローライズのジーンズを着ている。
胸が大きいなぁ……。と京介は感心する。
「京介達は、わざわざ息苦しくなってまでこんな物を付けてるのか? よく分からないぞ」
言いながらブラジャーをモゾモゾと動かす張飛。京介は目のやり場に困った。
「俺は男だから付けないけど……。ていうか……、息苦しいのは多分……、サイズが合ってないからだと思う……」
そしたら服だけじゃなくて、下着も買いに行かなきゃいけないじゃないか!? と京介は気付く。
「フフフフフフ……」
と、京介の耳に響いてくる関羽の笑い声。
「私は買う必要無いみたいですね……。だって胸が小さいんですから……」
えっー!? この人、何言ってるのー!? と、京介は心の中でツッコむ。
確かに関羽の胸はあまり大きくなく、AかB……際どい所だ。
「そんなのはあまり気にしない方がいいんじゃ……、そもそも張飛が大きすぎるんだから……」
京介は関羽の胸元をチラチラ見ながら、あのー。と話し掛けた。
関羽の目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「う、うむ、そうだぞ姉上。胸の大きさが全てじゃ無いぞ」
「いいんですよ、そんな慰め……。どうせ私の胸じゃお婿さんすら貰えないのですから……」
こんな卑屈な人だったのか!? 京介は驚かずにはいれなかった。
まぁ……しっかり者とは言え、まだ十六歳なんだから、欠点の一つや二つくらいはあるか……。
「あの……な、関羽。昔は知らないけど、今は胸の大きさを気にする男性なんか、実際これっぽーっちしか居ないんだぞ?」
「そんな慰めは無用ですよ」
年頃の女性って気難しーのな!!! 京介は半ば自棄になる。
「あのな、今の男は顔で女性を判断するんだよ。胸や性格はオマケなの!」
ちなみに京介は心底そう思っている訳じゃない。しかし、世間の一般論としてそう関羽に告げた。
「顔……、ですか?」
「ああ。世間一般論としてはな。だから胸なんて気にする必要は無いんだよ」
「しかし、顔と言われましても……」
そこまで俺に言わせるのか……。と京介は、関羽の何ともし難い性格に、少し呆れつつ。
「関羽だったら突っ立ってるだけで求婚されるっての。凄い……、その……びじっ……」
今まで威勢の良かった京介だが、美人だから。の一言がなかなか出てこない。
「びじ……何ですか?」
「いや……その……」
そういや、勢いとはいえ、こんなに女の子と喋った事無かったんだよな……。京介はその事を意識すればする程、美人だから。という一言から離れていく。
京介は今までサッカー一筋で生活してきた為、ボールの扱いは上手いのだが、女性の扱いに関してはてんで駄目。
話そうとしても、眼を合わせられない。顔が赤くなる。言いたい事が伝えられない。の三拍子が揃った、いわゆるシャイボーイなのだ。
『おいどうした京介! たった一言だろ! それをウジウジしやがって、お前は男か? そんなんだからお前はいつまで経っても彼女が出来ないんだよ!』
と、京介の脳に響く声が京介に喝を入れる。
『これはお前が大人になる為に必要なステップなんじゃないのか? お前に大人になって欲しい神様が与えた試練なんじゃないのか? お前も男ならのり越えてみせろ!』
……お前は誰だ。何故こんな事を俺に言う!? と、京介は心の中に問い掛ける。すると−−。
『−−この声はお前自身の中に眠るお前自身の声だ』
俺に眠る……、俺の声?
『ああ、そうだ。お前は自分自身に眠る自分自身の声が聞こえる、言わば選ばれし人間なのだ』
選ばれし……、人間? 俺が?
『ああ、そうだ』
マジでか!? マジなのか!? 俺は選ばれし勇者なのか!?
「んな訳無いじゃない」
友樹でした。
「関羽さん、ごめんね。京介、女の子に慣れてないから照れてるんだ」
と、何事も無かったかのように友樹が言う。
「照れている……のですか?」
京介は小声で、おい馬鹿っ。と言うが、友樹はそれを無視して話を続ける。
「そっ。京介は美人だから。って言おうとしたんだと思うよ」
「び、美人!? 私がですか!?」
それを聞いた関羽は急にオタオタし始めた。
「うん。関羽さんは誰が見ても美人だと思うよ。ねっ、京介?」
「お、ぉ、ぉ、俺に振るな!!!」
「私がび、びびびびび美人!?」
関羽は今まで武術一筋だった為、男性から美人と言われた事が無いどころか、女性として扱われる事すら初めてだった。
「あはは〜、二人して照れてる〜」
「姉上の照れた顔を見るのは初めてだぞ」
ハンバーガーに乗るケチャップみたいな顔をする二人を見ながら、友樹と張飛は大きな声で笑った。
*
「はぁ……。ここは一体何処なのよ……」
太陽が世界を茜色に染め上げる夕刻。鎧を身に纏う少女は、一人住宅街を歩いていた。
周りをキョロキョロと見回しながら歩くこと、かれこれ四時間。普段は馬を使って移動している彼女は、歩くのに慣れていない。その為、四時間の徒歩に彼女の足は悲鳴をあげてしまう。
「水を貰おうかしら……」
彼女はそう呟き周囲見渡す。そして他の家より一回り大きなそれに向かった。大きい家ならば、泊めてもらえる可能性も大きいと思ったからだ。
彼女は門をくぐり、家の扉と思われる所へとずんずん歩いていく。すると−−。
「あら、曹操はんやありまへんか」
この間延びした声。独特の喋り方。
この世界に来てから初めて名前で呼ばれた彼女は、聞き覚えのある声にすぐさま振り向いた。
「り、劉備!? 無事だったの!?」
「もちろんどす〜」
と、曹操は劉備に駆け寄った。
「それにしても、ここは何処なんやろな〜?」
それを知っていたら苦労はしない。
曹操はがっくりと肩を落としながら、ははは。と愛想笑いを浮かべる。
「でもよかったわ。私一人じゃ心細かったから」
「ウチも、曹操はんに合えてよかったわぁ〜」
そこから二人はお互いの状況を話し合った。
曹操も劉備も、気付いたらこの世界に居た。それ以外に分かる事は無かった。
とりあえず、水を貰うついでにここが何処なのか聞こう。という結論に至る。
辺りを見渡すと、その家の周りには木々がおいおいと繁り、入口には大きい門がどんと構えてある。
そして一番不思議なのが、扉の前にあるこの鈴だ。これは呼び鈴なのだろうか。
曹操はその鈴から伸びる綱を手の平で包み、前後に動かした。
シャンシャン。
「…………。何も反応が無いわね」
「そうやなぁ〜」
鈴を鳴らしてから三分以上が経過したが、家の人が出て来る気配は一向に無い。
「留守なのかしら」
「そうやなぁ〜」
「誰かいませんかー」
と曹操が大声で呼ぶと。
「はいはい。何の御用かしら……。あら、珍しい恰好のお客さんね」
一人の巫女が現れた。
*
一人はうきうき。一人はおどおど。そしてもう一人は憂鬱な顔をしていた。
「なんだかとっても可愛い服ばかりだったぞっ!」
うきうきな張飛がはしゃぎながら言う。まるで自分が違う世界に飛ばされた事などすっかり忘れてしまっているようだ。
「こっちは張飛がはしゃぐから、疲れたっつーの」
憂鬱な顔をした京介が言う。
「私が……可愛い……」
昼食の時以来、終始おどおどしていた関羽がぼそっと呟く。
そして既に暮れてしまった空を見上げる張飛。
「兄者は無事かな」
「ええ。明日にでも探しに行きましょうか」
二人だけに探させたりしたら、ミイラ取りがミイラになってしまう。京介は明日も休めそうに無かった。
「着いたぞ」
ふーい、今日は疲れたぞーい。と京介は心でぼやきながら、明かりが灯る家の扉をゆっくり開けた。
「動くな」
そう告げられた京介の目の前には、それはそれは立派な日本刀が。今まさに京介の首を掻き切ろうとしていた。




