1.諦めが悪い王子の求婚
再会した主は、琳華よりずいぶん背が高くなっていた。
(三年半前は、私のほうが高かったのに)
何度言っても着崩していた衿はきちんと整えられ、品のいい幅広の帯がしっかりと締められている。
「琳華!」
一瞬だけ知らない人のように思えた彼だが、無邪気に胸に飛び込んでくる様子は、昔のままだ。もう17歳なのに、昔とちっとも変わらない。
「殿下、お久しゅうございます」
その頭を撫でてやる。少しくせのある黒髪もずいぶん伸びた。
「昔みたいに、慧でいい」
「では、慧さま」
そのまましばらく抱き合った。かつては自分の胸にすっぽり収まっていた少年の腕の中に、いまや自分が収まっている。
「琳華」
慧は琳華の肩に手を乗せ、彼女を見下ろす。
(本当に、大きく)
この人を見上げる日がくるなんて。
「俺、あと半年で成人するんだ」
声変わりをし、低くなった声が耳にくすぐったい。
「おめでとうございます、慧さま」
「そうしたら――俺と結婚してほしい!」
「……は?」
(まだ分かっていないのか、この王子は)
「殿下。お気持ちは嬉しいですが、身分が違いすぎます」
「そんなこと関係ない!成人したら、琳華を妻に迎えるってずっと決めてた」
琳華は、ふうっと息をついた。
「あんなに教えて差し上げたものの道理を、すっかりお忘れになりましたか?そんな甘ったれたことを言っていないで、さっさと勉強を始めましょう」
◆
――3年後。
20歳になった慧は、自室の卓で資料を広げていた。卓の上の、亀の置物を見やる。緑色の玉でできたそれは、買ったときと同じ表情をたたえている。
夜市で見つけたとき、これだと直感的に思った。この亀と、少し小さい亀。親子なのか夫婦なのか。それとも姉弟か、師弟か、恋人か。自分と琳華にぴったりだと思った。小さいほうの亀を琳華に贈り、大きいほうはこうして卓の上に置いて愛でている。
(琳華も、まだ持ってるのかな)
自分のように卓に置いて、ときどき眺めてくれていたら嬉しい。
ふと顔を上げ、目の前の飾り窓を見る。幾何学模様のその飾り窓ごしには、満月の夜空が見える。この亀の置物を買った日も、こんな空だった。あの日の琳華を思い出す。
――慧さま、一回しか言いませんよ。
彼女はそう前置きし、続けた。
――だからあなたも潔く諦めてください。
琳華の切ない目を見て、その時やっと分かった。彼女がどれほど絶望していたのか。そして同時に、自分が何をすべきかも。
思いだけでは、現実は変わらない。
琳華のそばにいるためだったら、なんだってする。そう決めた。
おそらく、自分にならやり遂げられる。
(さて、どうしよう)
目の前の資料は、軍議で使われたものだ。
(この中で――武功は高いが、人格的に問題のある者)
それを知りたい。
のちのち、落とすことになる人物だ。分かりやすい欠点があるほうが望ましい。
(人格までは、資料からはつかめない……)
パンと手を叩くと、女官に扮した隠密が現れる。
「いつも、助かるよ」
そう言って慧が優しい笑みを浮かべるだけで、この腕利き隠密は、想定以上の働きを見せてくれる。この女は何かを期待しているようだが、それは与えられない。ただ、ちらつかせるだけだ。
「ちょっと調べてほしいことがあるんだ」
ためらいはない。自分が持っているすべてを、目的のために使い切ると決めた。持って生まれた外見も、王族という特権も、何もかも。
(まずは、外堀を埋めなくては)
窓からの風が、慧の髪をなぶる。琳華が髪を撫でてくれた感触を思い出し、彼は薄く笑った。
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