第二話
「ちょっと、こんな客室の真ん中で寝るなんて。そぉんなにわたくしに叩き起こされたいの?」
ーーそんなに耳元でキャンキャンと鳴かれてしまったら起きる気も失せてしまうよ。
「もう、甘えてばかりいないでくださること?」
ーーそれは無理な話だろう。君には僕の本性をさらけ出したって怒らないだけの度量があるじゃない。
「ほら、起きてくださいまし?寝坊助さん。文豪みたいな口ぶりしていないで。」
やがて、目を覚ました。
一人称を俺じゃなくて僕と言ってしまう幼少期の癖が出る相手は、いつだって綾野姫子一人しかいない。
「ひめ、なんで僕の家にいるのさ。」
「なんでもかんでもなくってよ。わたくし――」
「――ああ、ひめには合鍵渡してしまったのだったね。ふぁ。」
「まぁ、みっともない。こんな美人でお世話を焼いてくれるレディを目にして、欠伸ですの?わたくし退屈な女に見られるような育ち方、していなくてよ?」
ひめこはいつも自分のルックスを気にしている。
「ひめがかわいいことなんて、太陽が昇るのと同じくらい確かなことだのに。」
「まあ嬉しい。それって嫌味かしらね?」
「本音だよ、ホ・ン・ネ。ほら、いつものように僕のご飯もあるんだろう?今日は何だい?」
ひめこが家にくると、毎回朝ごはんを給仕さんかの如く出してくれる。
決まって和食だ。ぼくは朝に弱いというのに、量を出してくれる。
味はいいのと、ひめこのエプロン姿に見とれている間に眠気が覚めるのとで必ず食べきってはいるのだけれど。
トントンと鳴るまな板。
「あなたはいつも自分勝手ね。わたくし、結構いい身分のはずなのですけれど。」
「許しておくれよ、ひめが作るごはんじゃないと朝食べられないんだ。」
「お上手なことで。誰から教わったのやら。」
「……ほかでもない君からだろうに。褒めなきゃ食わせてくれない。」
「あら、今日の分のお弁当はいらないのかしら?」
ここ数日の受験でも、姫子がお弁当を作ってくれている。
母さんのいない日が多かった家では、姫子が多くの家事を回してくれていた。
彼女も受験をしているわけではない。だが決して暇ではない。
腕時計AYANO、蒸留酒あやの、世界に誇る名家(流行りで「ぶらんど」と言うらしい)「あやの」は本流、綾野家の跡目。頭脳明晰で勉学こそ右に出るものはなし。
運動面はどうかというと、腕時計を作れるような目の良さ手先の器用さで、彼女曰く「射撃が一番得意でしてよ。」と。まあ、一番というか、それ以外全部下手っぴだ。激しい動きに彼女のその美しく荘厳な胸は邪魔らしい。異性としては目を離せなくなる大きさは、彼女にとっては邪魔らしい。でも胸が痛くなるから激しい運動は控えるようになり、より一層胸へ栄養が行きわたり、その結果また運動を控えての繰り返し。どうしてか太っちょとは全く持って思えない姿形、これ僕の幼馴染ですか。
エプロンでは縛れないその胸の揺れ動きを目で追いながら、今日の献立を考える時間は何物にも代えがたい。鼻孔に届く卵の焼け始めた香りが不思議と僕を笑顔にするなあ。
いやはや神様仏様ありがとう!
「そんなにわたくしの体をジロジロみて、わたくし気が付かないとでも?」
神様ぁ?
「と、とんでもないことですよ姫子さま。まさか。僕が見とれていたのは君のその女神みたいに美しいご尊顔でございます。玉翡翠のような瞳、イチゴのように食べたくなちゃうかわいいツンとしたお鼻!」
「あら、わたくしのお鼻がイチゴのようにブツブツでして??」
「そ、そういう意味ではないよ姫子!君の柔肌は山清水のように透き通っていますとも。」
「あらあら、わたくしのお化粧は味気なかったかしら?」
「な、なんでさ、君のそのリップも鮮やかで牡丹のようだし、から!」
「……はぁ、まあ及第点」
「よかった!」
「届かず、ですわね。」
「異議あり!それは浪人が決まった僕に言っていい冗談ではないと思う!」
主人公が胸派なのは、母に十分甘えられない環境であったためです。
嘘です。




