第30話:そして大爆発、からの……
『大爆発マデ……アト、五十五秒』
無機質なカウントダウンが、崩壊を始めた要塞の中枢に響き渡る。
青白いマナが臨界点を超え、空間そのものがブクブクと歪み始めていた。
「走るわよレオン!! 王都まで全力疾走!! 借金背負ったまま死んでたまるもんですかァァァァッ!!」
あたしは床に転がっていたナビコの黒こげの残骸と、白目を剥いて気絶しているインテリ眼鏡、スナイダーの襟首をガシッと掴み、レオンの広くて逞しい背中へと飛び乗った。
スナイダーの身柄は、帝国に高く売りつけるための大事な人質、もとい換金アイテムだ。置いていくわけにはいかない。
「ガハハ! しっかり掴まっていろよマール! 最高の筋肉ジャンプを見せてやる!」
『アト、四十秒』
「出入り口まで戻ってる暇はないわ! レオン、そこらへんの壁をぶち抜いて真っ直ぐ外に飛び出しなさい!」
「おう! 任せろ!」
レオンはボロボロの大剣を構え、要塞の分厚い外壁に向かって猛突進した。
魔法の防壁はもうない。ただの古代合金の壁など、この脳筋剣士のフルスイングの前には障子紙も同然だった。
ズガァァァァァァァァンッ!!!
『アト、二十秒』
壁が粉砕され、外の景色が広がった。
目前には、目と鼻の先に迫っていた王都の巨大な白亜の城壁と、青い空。
レオンは一切の躊躇なく、その空に向かって要塞から大きく跳躍した。
「いっけええええええええええっ!!」
あたしたちの体が、凄まじい風切り音と共に空を舞う。
そして。
『臨界点突破。サヨウナラ』
ピカァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!
背後で、太陽が地上に落ちてきたかのような、圧倒的な閃光が弾けた。
音すらない。
ただただ純白の光と、凄まじい熱風が世界を飲み込んでいく。
「ぐおおおおッ!!」
レオンが空中で身を翻し、己の背中で爆風を受け止めてあたしを庇う。
直後、鼓膜が破れるかと思うほどの轟音が遅れて響き渡り、超巨大な人型要塞は、大地のマナと共に盛大な花火となって大空に散っていったのだった。
その爆風の余波は、眼前に迫っていた王都にも到達し……。
パラパラ……。
ガラガラガラッ……。
王都を守る強固な外壁の一部が、衝撃波に耐えきれず、無惨にも崩れ落ちていくのが、あたしの視界の端にスローモーションのように映った。
「……あ。城壁が……」
あたしの小さな呟きは、爆発の轟音とレオンの「ガハハハハ!」という笑い声にかき消されていった。
――
―数日後。
王都・冒険者ギルド本部。
「ん〜〜〜っ! 最高! やっぱり王都の大通りの新作ミルフィーユは世界一ね!!」
あたしは、ギルドの応接室のふかふかのソファに腰掛け、両頬を押さえて至福の溜息を吐いていた。
熱波でチリチリになっていた赤茶色の髪は、高級サロンのトリートメントで自慢のサラサラヘアーに完全復活。
常備している愛用の手鏡を開き、小柄で華奢ながらも出るべきところはしっかり出ている自分のパーフェクトな容姿を、うっとりと確認する。
新調した冒険者用の服に、二丁の魔銃を収めたホルスターとポーチもしっかり決まっている。
黙っていれば誰もが振り返る美少女。
それがこのあたしだ。
隣では、レオンが山盛りの骨付き肉を豪快に平らげている。
そしてテーブルの上には、元の丸っこいボディのまま、あちこちに『修理中』の金属パッチや耐熱テープをベタベタと貼られ、微かに青い火花を散らしているナビコが置かれていた。
「ピキュ。マール、頬張リ過ギデス。顔ガ豚ミタイニナッテマスヨ」
「うるさいわね! 命懸けで持ち帰って、高いお金払って修理に出してあげてる恩を忘れんじゃないわよ!」
憎まれ口を叩き合いながらも、あたしの心は晴れやかだった。
帝国工作部隊の陰謀を阻止し、暴走する古代要塞から王都を救ったあたしたちは、間違いなく英雄だ。
国王陛下からも直々に感謝の言葉をもらったし、スナイダーの身柄も帝国との交渉材料としてギルドに高値で引き取られた。
これはもう、借金帳消しどころか、特別報酬で一気にお金持ちコース間違いなし。
そう、思っていた。
ガチャリ、と。
応接室の扉が開き、ギルドマスターの渋い顔をした親父が入ってきた。
「おお、マスター! 待ってたわよ! さあ、あたしたちの輝かしい報酬と、借金帳消しの証明書をちょうだい!」
あたしがホクホク顔で手を差し出すと同時に、あたしのぱっちりとした両目は、無意識のうちに完全に金貨の形にキラキラと輝いていた。
しかし、ギルドマスターはなぜか深く、ひどく深いため息をついた。
「……マール。レオン。お前たちが王都を……いや、この国を救ったのは事実だ。それは誰にも否定できないし、ギルドとしても鼻が高い」
「でしょでしょ? だから、早く――」
ドンッ!!
ギルドマスターは、あたしの目の前のテーブルに、辞書のように分厚い書類の束を叩きつけた。
「……何よ、これ」
嫌な予感がして、あたしの瞳から金貨のマークがスッと消える。
「今回の作戦における、諸経費の精算書だ」
マスターが書類の一ページ目をめくる。
・カジノフロア全壊および清掃ロボット破壊による損害
・第十一層ボイラー区画、冷却パイプ完全破壊
・メインエレベーターシャフト物理的貫通および扉の破壊
・超硬度・魔力遮断隔壁の粉砕、レオンによる物理的破壊
・中枢核コアルーム、自動防衛砲台全損および古代メインフレームの大破
「……な、なによ! 要塞の設備をちょっと……ほんのちょっと壊したくらい、国を救ったんだから必要経費で落ちるでしょ!?」
あたしが冷や汗を流しながら抗議すると、マスターはさらにページをめくり、最後の一枚をあたしに突きつけた。
「問題は、これだ」
そこに書かれていた項目を見て、あたしの心臓がピタリと止まった。
・王都・第三外壁ブロック全壊、修復工事費用一式
「……え?」
「お前らが要塞のコアを完全に粉砕したせいで、あのバカでかい鉄屑は大爆発を起こした。……その爆風の余波で、王都の外壁が一部ぶっ壊れたのは知ってるな?」
「…………あっ」
空を飛びながら見た、パラパラと崩れ落ちる城壁の映像がフラッシュバックする。
「国王陛下は命が助かって感謝しておられるが、国の財政もギリギリでな。『歴史的建造物である外壁の修理費は、原因を作った冒険者の報酬から相殺するように』とのお達しだ」
「そ、相殺って……」
「スナイダーの懸賞金や、今回のミッションの特大報酬をすべて差し引いても……」
マスターが、無慈悲な最終金額を読み上げる。
「お前たちの借金は、前の倍以上に膨れ上がったぞ。おめでとう」
「…………」
その瞬間。
あたしの瞳は、完全に光を失い、死んで腐った魚のような目へと濁りきった。
手から食べかけのミルフィーユがポロリとこぼれ落ちる。
倍。
倍以上。
命を懸けて、全財産の弾薬を撃ち尽くして、国を救って……残ったのは、天文学的な数字に膨れ上がった大借金。
「ガハハハハ! こいつは傑作だ! まさか前より借金が増えるとはな! まあいい、また一から稼げばいいだけの話だ! な、マール!」
レオンが腹を抱えて大笑いする。
「ピキュ。全クデス。マールノ強欲ガ招イタ、見事ナ自業自得デスネ。ザマァミロデス」
修理中のナビコが、テープだらけの体を揺らしながらピコピコと嘲笑の電子音を鳴らす。
「…………」
あたしは、ゆっくりと立ち上がった。
深呼吸をして、王都の空に向かって、ありったけの肺活量を込めて叫んだ。
「ふざけるなああああああああああああああああああああああッ!!!!」
天才美少女魔術銃士、借金倍増。
その絶望の叫びが、平和を取り戻した王都の青空に、いつまでもいつまでも、虚しく響き渡っていた。
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