第1話:プロローグ、そして吹き飛ぶ今日の夕飯
「――だーっ! もう、またアンタはそうやって後先考えずに突っ込むんだからっ!」
あたし、マール=アベニールは、もうもうと立ち込める土煙と焦げ臭い匂いの中で、肺の底から搾り出すように盛大に叫んだ。
ここは王都から少し離れた、緑豊かな……というか、さっきまでは小鳥たちがさえずる緑豊かだったはずの「ささやきの森」
今の惨状を客観的かつ正確に描写するなら、「ごうごうと燃え盛る巨大クレーター跡」である。
本来ならば、この森には澄んだ小川が流れ、木漏れ日が差し込む美しい自然が広がっていたはずなのだ。
そして、その美しい自然の中で優雅に佇むのにふさわしいのが、このあたしである。明るい茶色のサラサラヘアーに、冒険者の服の上からでもはっきりとわかる発育の良い胸元。黙っていれば誰もが振り返る普通以上の美少女であり、自称・天才魔術銃士として名を馳せる予定の、うら若き乙女だ。
あたしの願いはただ一つ。いつか花の都で最高にイケメンな貴族と運命的な恋に落ち、玉の輿に乗って、一生お金に困らない優雅でバラ色の生活を送ることである。
そんな輝かしい未来が約束されたあたしが、なぜこんな土埃まみれの中で、胃酸を逆流させながら絶叫しているのか。
原因は、たった一つしかない。
「いや、すまんマール。だが、あのままでは逃げられるところだったぞ」
もうもうと立ち込める煙の中から、やけに爽やかで、まるで休日のピクニックでも楽しんでいるかのようなのんきな声と共に現れた大男。
やけに整った顔立ち。背中には身の丈ほどもある大剣。黙って立っていれば、王都の貴族令嬢が三人くらい一斉に気絶しそうな美形である。
ただし、中身は絶望的に筋肉だ。
この男の頭の中には、「斬る」「殴る」「走る」「飯を食う」くらいしか入っていない。たぶん脳みその八割は大胸筋に栄養を奪われている。
超一流の剣術と、どんなピンチでも全く動じない強靭なメンタルを持っているが、同時に「とりあえず斬れば解決する」と本気で思っている手のつけられない脳筋である。
おまけに極度の方向音痴で平らな道でも迷子になるくせに、なぜか猛獣を含む動物たちには異常に懐かれるという謎の体質まで持ち合わせている。事実、今も彼の肩には、この大爆発から奇跡的に生き延びたらしい一匹のリスが、ちゃっかりと避難してドングリをかじっていた。
「逃げられるところだった、じゃないわよ! あたしたちの依頼は『森に住み着いた暴れオークの群れを生け捕りにする』こと!」
あたしは頭を抱え、絶望と共に天を仰いだ。
オークの生け捕り。それは、日々の路銀を稼ぎ、今日の美味しくて温かい夕飯にありつくための、確実で安全な依頼のはずだった。あたしが魔法弾でオークたちの足を奪い、麻酔薬で眠らせるという完璧な作戦を立てていたのだ。
それなのに、この男は「俺が隙を作る!」と叫ぶなり、後先考えずに敵のド真ん中へと突っ込んでいったのである。
「アンタがその大剣で思いっきり地形ごと吹き飛ばしたら、生け捕りどころか灰すら残らないじゃないの! あのオークたちはどこに行ったのよ! 亜空間にでも消え去ったわけ!?」
「む? そうだったか?」
レオンは不思議そうに小首を傾げる。悪気がない。悪気がないからこそ、最高にタチが悪いのだ。
「そうだったか、じゃないっ! これじゃあ報酬はゼロ! どころか、森の修繕費を請求されて大赤字よ! あたしの今日の夕飯、どうしてくれんのよ!!」
お金の計算をした瞬間、あたしのぱっちりとした可愛らしい瞳は、スッと光を失って「死んで腐った魚のような目」へと変貌した。
借金。理不尽な賠償金。
その言葉があたしの脳内を駆け巡る。それが意味するのは、借金返済のために日の光も当たらない過酷な環境で強制労働させられる未来。泥水のようなスープをすすり、重いツルハシを振るう日々。そんなことをすれば、あっという間に手が荒れ、あたしの自慢のお肌がボロボロになって美貌が失われてしまう!
それだけは絶対に、何があっても阻止しなければならないあたしの譲れないプライドだ。
あたしは両手に構えた二丁の魔銃――右手に握る銀色の「カノン」と、左手に握る漆黒の「フリューゲル」の銃口を、真っ直ぐにレオンに向けた。
引き金にかけた指が、怒りと空腹と、未来への絶望でワナワナと震える。
マジで撃つ。こいつの頭のユルユルなネジを、魔法と物理のハイブリッド戦闘で撃ち抜いてやりたい。
「まあ待て、マール。怒るとお前のその……なんだ、可愛らしい顔が台無しだぞ?」
「……可愛らしい顔?」
不意打ちの褒め言葉に、あたしの指がピタリと止まる。
あらやだ。こいつ、たまにはまともなこと言うじゃない。ブチギレていたはずのあたしの心が、ほんの少しだけ揺れ動く。
そう、あたしは不意に容姿を褒められると、やっぱり嬉しくなっちゃう、自分でもどうかと思うほどチョロい一面があるのだ。
まあ、あたしがどこにでもいるごく普通の、いや普通以上の美少女なのは客観的事実だし? 怒って眉間にシワを寄せるのは、美容にも良くないわよね。
まんざらでもない気分で、あたしが少しだけ銃口を下ろしかけた、その時だった。
「ああ。怒鳴っている顔は、まるでオークの親玉みたいだ」
「…………」
カチャッ。
あたしは無言で、魔銃「カノン」の安全装置を外した。
先ほどのチョロい乙女心など、宇宙の彼方へ消し飛んだ。
魔力充填率、120パーセント。いや、あたしの怒りバフが乗って150パーセントを超えているかもしれない。
銃身に刻まれた幾何学模様が真紅に染まり、バチバチと青白い火花が散り始める。
「ちょ、待てマール! なぜ銃口から青白い光が漏れている!? それは対城壁用の――」
「問答無用! 塵となって消え去りなさい、この脳筋バカァァァァァッ!!」
あたしは容赦のない罵倒と共に、躊躇なく引き金を引いた。
どっかぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!
ささやきの森に、本日二度目の、そして先ほどよりもさらに巨大な大爆発が響き渡った。
強烈な爆風があたしの髪型を乱し、周囲の土煙をさらに高く舞い上げる。
「げほっ、ごほっ……」
あーあ。これで完全に今日の夕飯は抜きだ。
それどころか、対城壁用の高価な弾薬まで無駄撃ちしてしまった。あのカートリッジ、高いのに。
またしても増えてしまった大赤字を思い、あたしは血の涙を流したい気分になった。
静まり返った、というより更地になった森の中で、あたしのお腹の虫が盛大なコーラスを奏で始める。
あたしは美貌を保つための必需品である手鏡を取り出し、煤で真っ黒に汚れた自分の顔を見て、心の底から大きくため息をついた。
明日はギルドの親父に頭を下げて、また前借りを頼まなくちゃいけない。
全く、どうしてあたしの冒険は、いつもいつもこうなっちゃうわけ!?
最後まで読んで頂いてありがとうございます!
ブクマ・評価・リアクションを押して頂けると嬉しいです!(◍•ᴗ•◍)




