表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
殺し屋は詐欺師に跪く  作者: 男鹿七海
19/28

解けない式

 昨日とは打って変わり、今日の煙草屋は騒がしかった。

「──でさ、零くん、紫呉が猫抱っこしたら引っ掻かれそうになって。」

 声は軽く、しかし店内に響き、猫の毛の匂いや夜の冷気と混ざる。

「紫呉の顔が気に要らなかったんだろうな」

 嘲笑気味に返す神崎は、帳簿に目を落とし、数字を追う。

「えー?こんなに良い顔面なのに?」

「自分で言うなよ(雪都と零くんは普通に会話しているのに、お互いに踏み込もうとしない。…ずっと踏み切りの前に立っているみたいだ)」

 言葉の裏に微妙な距離感があり、目線や間合いが会話のテンポを支配していた。

 三剣は間を見計らい、「じゃ、俺行くね」とだけ言って煙草屋を後にする。

 君下は店内に残る。椅子に腰掛け、カウンター越しに神崎を観察する。神崎は帳簿をつけており、表情はほとんど変わらない。手は黙々と動き、作業に没頭している。

 君下は心の中で、小さな指示を与えるような感覚で声をかける。

「隼人、黙々とやるのもいいけど、ちゃんと俺の話を聞いてる?」

「聞かなくても分かるだろ」

「まあ、そういうところ、嫌いじゃないけどね」君下はそのまま観察を続ける。「触れられるのに、触れないのって……不思議だよね」

 神崎は短く「守ってるだけだ」と言った。言葉に指示や強制はなく、承認を求めるような口調が混じる。

 全てを把握している自分にとって、三剣と七条の関係は完全に言語化できる対象だった。しかし神崎だけは違った。感情があっても行動に出ず、嘘をついていないのに本心が読めない。

 君下の中に、初めてノイズが生まれた。

「……雪都、まだ居るのか?」

 神崎の問いに君下は答えない。観察することで得られる情報が、自分にとっての安全圏だった。踏み込めば壊れるものもある。踏み込まずに残せば、理解できないものを手元に置ける。

 君下は心の中で分析する。三剣は完全に支配せず、七条は壊さないために縛らない。この二人の関係を、すべて理解できる。

 しかし理解できるものほど、本質ではない。その直後に神崎を見つめる。理解できない。定義も言語化もできない異物が、そこにいる。

(……分からないものを、排除すべきか)思案するように、君下はつぶやく。「それとも——残すべきか」

 初めて、自分の中で選択が生まれた。理解できない存在を手元に残すかどうか。

 けれど、それを選んだ後の自分を——まだ定義できない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ