番外編⑬『温泉郷編』最終話――洗濯屋、スローライフを満喫する(後編)
かぽーん。
何処かで桶の音が鳴る。
煙る湯気に、きらきらの王都の夜景。
そして満天の星空。
温泉に浮かべた桶にはきらスラが気持ちよさそうにぷかぷか。
控えめに言って――最高。
今日はマイクさんと一緒に、あの温泉旅館。
今回は、お酒は控えめにして、割烹料理を堪能した。
まあ、途中で徳利とおちょこをマイクさんに取り上げられましたが。
でも、おかげで食後にこうやって、
ほろ酔い気分で温泉を堪能できる。
道中、ポチの背でもマイクさんと温泉談義。
でも、私の頭の中は温泉でいっぱいで、
「何の記念日か」を聞き忘れてしまった。
ま、後でいっか。
だって――
「ふわぁ……極楽極楽……」
だから。
と、思ったら……。
「……きらりちゃん?」
湯気の向こうに動く影。
「マイクさん?」
彼は困ったように鼻を掻く。
「ははは、また一緒になったな」
「……ですね」
一拍の間。
私はきらスラの桶を水面で滑らせて、
マイクさんの隣へ移動した。
ちょっとだけ……緊張するけど――
やっぱり、この距離で聞きたい。
「……マイクさん。
この間、私、何かしました?」
マイクさんは宙を見上げたまま、
ぼそり、と言った。
「いや、『私を、見て』。ただそれだけだよ」
その瞬間、私はあのときのことを思いだした。
◆
「マイクしゃん」
「……どうした」
机に突っ伏すアレンさんとレオンさんの寝息。
――ああ、宴会場のみなさんと、
「一気!一気!」とか言って盛り上げて、
私が酔い潰したんだった……。
ありありと思い出す。
机に足ドンに、扇子をふりふり。
宴会部長かっ!
やばい。これは、確かに恥ずかしい……。
でも、翌朝はもうしゃんとしてた。
さすがは、勇者と騎士団長――。
そして――
「わたしをどう思ってるんれすか?」
「それは……きらりちゃんは可愛いと思うぞ」
「だから、そういうことじゃないんれすってば!」
ぐい、と距離を詰める。
「き、きらりちゃん……近い」
「近いの、だめれすか?」
「マイクしゃん、ちゃんと――わたしを、見て……」
そのまま畳に倒れ込んだことだけは覚えている。
そこで記憶は途切れた――。
じゃあ、どうやって部屋に?
昨日のマイクさんが慣れた様子だったのは――。
だめだめ、目の前のマイクさんに集中!
◆
私はマイクさんの頬を両手で挟み、ぐいとこちらを向かせる。
「き、きらりちゃん?」
こちらを向きながらも、
マイクさんは目を合わせない。
「ちゃんと、私を見て」
観念したように、ゆっくりと目を合わせる。
どきっ。
「……もう一度聞きます。
マイクさんは、私をどう思っているんですか?」
「……酔っぱらってる?」
「いえ、限りなくしらふに近い酔っ払いです!」
一拍の間を置いて彼は口を開く。
「そりゃあ、可愛いって……」
「それは聞きましたし、知ってます。
もう一度、ちゃんと私を見て」
顔を両手で挟んだまま、
じっと彼を見つめる。
ちゃぷちゃぷ。
きらスラがお湯で遊ぶ音。
「……きらりちゃん」
低い声。
「俺は、一年前の今日――
君を拾ったつもりだった」
(……拾った?
まあ、確かに拾われたんだよね……。
で、一年前の――今日?)
そして気付く。
(だから記念日だったんだ……)
胸がじんわりと熱くなる。
「……でも、拾われたのは俺の方だった」
「……え?」
思わず目を瞬く。
「君は、くすぶっていた俺の人生を拾ってくれたんだ」
「そ、そんなこと……」
私は思わず目を逸らした。
暫くの沈黙。
「俺は――君が笑うと、安心する。
君が無茶すると、心配する。
君が泣きそうになると、いても立ってもいられなくなる」
私は息を呑み、もう一度彼を見つめた。
「守りたい、とか。見守りたい、とか。
そういう立派な言葉じゃなくて――」
私は息が止まったまま、
彼から目を離せない。
「……隣で支えたい。ただ、そう思ってる」
私はマイクさんの顔から手を外すと、
顎に人差し指を当て、しばし湯面を眺め――
「……80点です」
「え……何が?」
(マイクさんの告白の点数です。
でも、今は――)
「ひみつです」
「え、ええ?」
マイクさんが困ったように笑って、鼻を掻いた。
その仕草に、胸がちくりとする。
(……ずるい)
私は、湯の中で肩まで沈み直し、夜景を見上げた。
隣でマイクさんの気配が動く。
「……きらりちゃん。
俺、今……ちょっと焦ってる」
「……そうなんですか?」
彼が私を覗き込んだ。
でも、私は目を上げて夜空を見る。
「どうしたら100点になるかな?」
「ふふ」
「笑うな」
「笑います。だって可愛いから」
マイクさんが息を呑むのが、湯気越しでも分かった。
(ほら。そうやってすぐ真面目になる)
私は目を落とすと、桶のタマをつつく。
タマが嬉しそうに、ぷるん、と震えた。
「……マイクさん」
「ん?」
「“見守りたい”も、“支えたい”も、すごく嬉しいです。
でも、それって――」
言葉を探して、指先で湯をそっとなぞる。
「――騎士団長としても、洗濯屋の番頭さんとしても。
騎士たちにも、村のみんなにも、言えますよね?」
ちょっぴり、意地悪かも。
マイクさんの呼吸が一瞬止まった。
「きらりちゃん……」
でも。
ちゃんと、告白して欲しいから。
「だから、私が欲しいのは――
“私だけ”に向けた言葉です」
心臓が、どくん、と鳴る。
湯気が流れて、星が瞬く。
そして、マイクさんは――
やっぱり鼻を掻く。
もう一度掻く。
(……あ、だめだこれ。かわいい)
湯気の向こうで、琥珀色の瞳がこちらを見た気がした。
「……君が大切だ。きらりちゃん」
世界が、静かになった。
星が瞬く音が聞こえそうなくらい。
私は、息を吐く。
「……90点です」
「点数つけるのやめろ」
「やめません」
私は、湯の中で一歩近づく。
そして――
指先で、マイクさんの頬についた水滴を、そっと拭った。
「……ねえ、マイクさん」
「ん……?」
「ちゃんと、私を見てくれて――ありがとう」
マイクさんが微笑み――
ちゃぷ。
私は少しだけ、顔を近付ける。
心臓が高鳴り、頬が熱い。
マイクさんがそっと私の肩に手を触れ、前へ。
近い。生まれて――一番近い。
目を閉じる。
唇に熱を感じるのは、彼の体温か、湯気の熱か――。
その瞬間。
びちゃっ!
お湯が跳ね、私たちは慌てて背を向ける。
ぷるぷるぷるっ!
見れば、
桶の中でタマがいやいやをするように、
ぶるんぶるんと震えてる。
「……タマ、空気読みなさい!」
ぷるぷるぷる……。
読む気はないらしい。
「ぷっ」
「あはははは」
二人で肩を揺らしてひとしきり笑い合う。
桶が揺れ、必死でバランスを取るタマ。
そして――
「こうして君といられる俺は、幸せなのかもな」
「ふふ……そうです。
マイクさんは幸せ者です」
「ええ?」
「でも、まだ90点なので。
お預けです」
胸の奥が、じんわり温かくなる。
温泉のせいだけじゃない。
明日からは――また、いつもの洗濯屋。
最初はたった一人、放り出されただけだった。
でも、今はこうしてマイクさんも、ポチもタマも、マルタさんもいる。
勇者アレンも、騎士レオンも、警備隊長のカイルさん。
それに洗濯屋のみんなだって。
(……異世界、最高かよ)
かぽーん。
どこかでまた桶の音が響いた。
(今はこれでいいのかも。
でも――本当に落ち着いた時、
ちゃんと100点の告白をくださいね?
マイクさん)
だって。
洗濯屋きらりのスローライフは、
まだまだ続くんだから。
二人で湯舟に並んで空を見上げる。
目に映るそれは、あの日と同じだけど――
ほんの少しだけ違う星空だった。
――番外編『温泉郷編』(完)
番外編『温泉郷編』お読みいただき、ありがとうございます。
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温泉郷編は、きらりにとっても「立ち止まる時間」でした。
楽しんでいただけていたら、嬉しいです。
きらりも作者も少しだけお休み頂いて、第二部に進む予定です。
引き続き応援よろしくお願いします。




