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番外編⑬『温泉郷編』最終話――洗濯屋、スローライフを満喫する(後編)

かぽーん。


何処かで桶の音が鳴る。


煙る湯気に、きらきらの王都の夜景。

そして満天の星空。

温泉に浮かべた桶にはきらスラが気持ちよさそうにぷかぷか。


控えめに言って――最高。


今日はマイクさんと一緒に、あの温泉旅館。


今回は、お酒は控えめにして、割烹料理を堪能した。

まあ、途中で徳利とおちょこをマイクさんに取り上げられましたが。


でも、おかげで食後にこうやって、

ほろ酔い気分で温泉を堪能できる。


道中、ポチの背でもマイクさんと温泉談義。

でも、私の頭の中は温泉でいっぱいで、

「何の記念日か」を聞き忘れてしまった。


ま、後でいっか。


だって――


「ふわぁ……極楽極楽……」


だから。


と、思ったら……。


「……きらりちゃん?」


湯気の向こうに動く影。


「マイクさん?」


彼は困ったように鼻を掻く。


「ははは、また一緒になったな」


「……ですね」


一拍の間。

私はきらスラの桶を水面で滑らせて、

マイクさんの隣へ移動した。


ちょっとだけ……緊張するけど――

やっぱり、この距離で聞きたい。


「……マイクさん。

 この間、私、何かしました?」


マイクさんは宙を見上げたまま、

ぼそり、と言った。


「いや、『私を、見て』。ただそれだけだよ」


その瞬間、私はあのときのことを思いだした。



「マイクしゃん」


「……どうした」


机に突っ伏すアレンさんとレオンさんの寝息。


――ああ、宴会場のみなさんと、

「一気!一気!」とか言って盛り上げて、

私が酔い潰したんだった……。


ありありと思い出す。

机に足ドンに、扇子をふりふり。


宴会部長かっ!

やばい。これは、確かに恥ずかしい……。


でも、翌朝はもうしゃんとしてた。

さすがは、勇者と騎士団長――。


そして――


「わたしをどう思ってるんれすか?」


「それは……きらりちゃんは可愛いと思うぞ」


「だから、そういうことじゃないんれすってば!」


ぐい、と距離を詰める。


「き、きらりちゃん……近い」


「近いの、だめれすか?」


「マイクしゃん、ちゃんと――わたしを、見て……」


そのまま畳に倒れ込んだことだけは覚えている。

そこで記憶は途切れた――。


じゃあ、どうやって部屋に?

昨日のマイクさんが慣れた様子だったのは――。


だめだめ、目の前のマイクさんに集中!



私はマイクさんの頬を両手で挟み、ぐいとこちらを向かせる。


「き、きらりちゃん?」


こちらを向きながらも、

マイクさんは目を合わせない。


「ちゃんと、私を見て」


観念したように、ゆっくりと目を合わせる。


どきっ。


「……もう一度聞きます。

 マイクさんは、私をどう思っているんですか?」


「……酔っぱらってる?」


「いえ、限りなくしらふに近い酔っ払いです!」


一拍の間を置いて彼は口を開く。


「そりゃあ、可愛いって……」


「それは聞きましたし、知ってます。

 もう一度、ちゃんと私を見て」


顔を両手で挟んだまま、

じっと彼を見つめる。


ちゃぷちゃぷ。

きらスラがお湯で遊ぶ音。


「……きらりちゃん」


低い声。


「俺は、一年前の今日――

 君を拾ったつもりだった」


(……拾った?

 まあ、確かに拾われたんだよね……。

 で、一年前の――今日?)


そして気付く。


(だから記念日だったんだ……)


胸がじんわりと熱くなる。


「……でも、拾われたのは俺の方だった」


「……え?」


思わず目を瞬く。


「君は、くすぶっていた俺の人生を拾ってくれたんだ」


「そ、そんなこと……」


私は思わず目を逸らした。


暫くの沈黙。


「俺は――君が笑うと、安心する。

 君が無茶すると、心配する。

 君が泣きそうになると、いても立ってもいられなくなる」


私は息を呑み、もう一度彼を見つめた。


「守りたい、とか。見守りたい、とか。

 そういう立派な言葉じゃなくて――」


私は息が止まったまま、

彼から目を離せない。


「……隣で支えたい。ただ、そう思ってる」


私はマイクさんの顔から手を外すと、

顎に人差し指を当て、しばし湯面を眺め――


「……80点です」


「え……何が?」


(マイクさんの告白の点数です。

 でも、今は――)


「ひみつです」


「え、ええ?」


マイクさんが困ったように笑って、鼻を掻いた。

その仕草に、胸がちくりとする。


(……ずるい)


私は、湯の中で肩まで沈み直し、夜景を見上げた。

隣でマイクさんの気配が動く。


「……きらりちゃん。

 俺、今……ちょっと焦ってる」


「……そうなんですか?」


彼が私を覗き込んだ。

でも、私は目を上げて夜空を見る。


「どうしたら100点になるかな?」


「ふふ」


「笑うな」


「笑います。だって可愛いから」


マイクさんが息を呑むのが、湯気越しでも分かった。


(ほら。そうやってすぐ真面目になる)


私は目を落とすと、桶のタマをつつく。

タマが嬉しそうに、ぷるん、と震えた。


「……マイクさん」


「ん?」


「“見守りたい”も、“支えたい”も、すごく嬉しいです。

 でも、それって――」


言葉を探して、指先で湯をそっとなぞる。


「――騎士団長としても、洗濯屋の番頭さんとしても。

 騎士たちにも、村のみんなにも、言えますよね?」


ちょっぴり、意地悪かも。

マイクさんの呼吸が一瞬止まった。


「きらりちゃん……」


でも。

ちゃんと、告白して欲しいから。


「だから、私が欲しいのは――

 “私だけ”に向けた言葉です」


心臓が、どくん、と鳴る。

湯気が流れて、星が瞬く。


そして、マイクさんは――

やっぱり鼻を掻く。


もう一度掻く。


(……あ、だめだこれ。かわいい)


湯気の向こうで、琥珀色の瞳がこちらを見た気がした。


「……君が大切だ。きらりちゃん」


世界が、静かになった。

星が瞬く音が聞こえそうなくらい。


私は、息を吐く。


「……90点です」


「点数つけるのやめろ」


「やめません」


私は、湯の中で一歩近づく。


そして――

指先で、マイクさんの頬についた水滴を、そっと拭った。


「……ねえ、マイクさん」


「ん……?」


「ちゃんと、私を見てくれて――ありがとう」


マイクさんが微笑み――


ちゃぷ。


私は少しだけ、顔を近付ける。


心臓が高鳴り、頬が熱い。

マイクさんがそっと私の肩に手を触れ、前へ。


近い。生まれて――一番近い。


目を閉じる。

唇に熱を感じるのは、彼の体温か、湯気の熱か――。


その瞬間。


びちゃっ!


お湯が跳ね、私たちは慌てて背を向ける。


ぷるぷるぷるっ!


見れば、

桶の中でタマがいやいやをするように、

ぶるんぶるんと震えてる。


「……タマ、空気読みなさい!」


ぷるぷるぷる……。


読む気はないらしい。


「ぷっ」

「あはははは」


二人で肩を揺らしてひとしきり笑い合う。

桶が揺れ、必死でバランスを取るタマ。


そして――


「こうして君といられる俺は、幸せなのかもな」


「ふふ……そうです。

 マイクさんは幸せ者です」


「ええ?」


「でも、まだ90点なので。

 お預けです」


胸の奥が、じんわり温かくなる。

温泉のせいだけじゃない。


明日からは――また、いつもの洗濯屋。


最初はたった一人、放り出されただけだった。

でも、今はこうしてマイクさんも、ポチもタマも、マルタさんもいる。

勇者アレンも、騎士レオンも、警備隊長のカイルさん。

それに洗濯屋のみんなだって。


(……異世界、最高かよ)


かぽーん。


どこかでまた桶の音が響いた。


(今はこれでいいのかも。

 でも――本当に落ち着いた時、

 ちゃんと100点の告白をくださいね?

 マイクさん)


だって。

洗濯屋きらりのスローライフは、

まだまだ続くんだから。


二人で湯舟に並んで空を見上げる。


目に映るそれは、あの日と同じだけど――

ほんの少しだけ違う星空だった。



――番外編『温泉郷編』(完)

番外編『温泉郷編』お読みいただき、ありがとうございます。

よろしければ、★評価やブクマ、感想などをくださいますと、とても励みになります。


温泉郷編は、きらりにとっても「立ち止まる時間」でした。

楽しんでいただけていたら、嬉しいです。


きらりも作者も少しだけお休み頂いて、第二部に進む予定です。

引き続き応援よろしくお願いします。

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