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三人の魔王  作者: 零夜
第四章 立ちはだかる巫女
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第四十九話 侵食する不安

 つぅっと自分のほほに何かが伝う感覚がした。それは汗だと見なくてもわかった。


 空気が見る見るうちに張りつめていく。ルチルとコーライトの二人しかいなかった先ほどの時間でも空気は堅かった。

 だが、コーライトに何かが憑りつきそれを察知したかのように現れた二人によってさらに険悪な空気になっていく。


「なんなんだ」


 ジェイドとラピスならば答えを知っているだろう。だが今は答えてくれそうにない、それはわかる。ピリピリとした殺気が肌をさす。

 重いと思った空気が、今だかつて経験したことのない空気を味わうルチルは気分を紛らわせるために二人に問いかける。


「こいつはいったいなんだ?」

「悪夢」

「悪夢?」

「この世界に落ちてきた悪夢、忌々しいな」


 吐き捨てるようにラピスが言う名前を言わないところを見ると、相当嫌悪していることがわかる。ジェイドは何も答えない、ただ彼の周りを渦巻く風が鋭くなっていく。

 それが答えだということを察した。いつものおちゃらけた明るい雰囲気がなく真剣な表情をして油断なく構えている。


「風ト水ダケトハ好都合」

「いってくれるぜ、俺たちだけでも後悔させてやるよ」

「ソコノ無ノ魔王ヲ守リナガラカ?」


 ケタケタと笑いながら悪夢は自分のことを指示してくる、気持ち悪さが増して半歩下がる。守るようにラピスが前に立ち水龍を呼び起こす。

 ジェイドの周囲を渦巻く風は形を変えて不可視の刃になり、彼が腕を振って放つようにすれば凄まじい速度で襲い掛かる。


 悪夢はうっとうしそうに打ち払う動作をすれば、風の刃は奇妙なオーラを纏って四方八方に飛び散る。散ったかと思えばそれはルチル達に襲いかかってきた。

 反射的に剣に手をかけたルチルに手を出すなと、鋭くラピスはいい水龍を使役して刃を打ち砕きそのまま向かっていく。


「喰らい尽くせ!」


 吠えるように叫ぶラピスの声に咢を開き食らいつかんと言わんばかりの攻撃態勢を取り応える。すうっと悪夢が青白い掌を水龍に向ければそこに触れた瞬間、水龍は蒸発して消えた。


「え?」

「さすがに一筋縄ではいかないか」

「厄介だよな、あの『破壊』の力]


 忌々しそうにつぶやく二人の声を聞きながらルチルは攻撃するか否か迷った。実力の差があることがすでに分かっているので、下手に手を出せば命を落とす危険がある。

 オブシディアンにもらったお守りがあるとはいえ、かなり危険な賭けに出る羽目にはなる。


「二人とも」

「うん?」

「俺が魔法を使っても同じか?」


 二人は何とも言えない表情をしてアイコンタクトをとる。そしてルチルに理解できないことを二人は言った。


「私たちの力ならば、打ち消される」

「だが、お前自身(・・・・)の力ならば傷つけられる」

「どういうこと?」

「今の魔法じゃ傷つけられないってことだ」


 威嚇するかのように短剣を飛ばしまくる。魔法がだめならば物理攻撃だといわんばかりに、かなりの速度で飛ばされるが見えざる壁で弾き飛ばされる。

 ケタケタという笑い声が響き続ける。


「どうすればいいんだ?」

「双炎の魔王ならばいける」

「リアンとカーネ?」

「そうだ」


 なぜという理由は二人は口にしない。また秘密なのかとルチルの心は沈む、それをあざ笑うかのように笑い声が耳に滑り込んでくる。

 お前は無力なんだと。


「ルチル」

「なに?」

「呼びかけてくれ、もしかすると二人は締め出されているのかもしれない」

「え?」

「結界、ここは結界に包まれた場所。でも契約を交わしたものが呼ぶのならば、それを無視して飛んでこられるだろう」


 だから、時間を稼ぐから頼むぞとラピスは緩く微笑んで走り出す。白い空間に飛び込んでいったのを見て反射的に飛び出しかけるが、風の拘束に止められる。

 痛くはないが振りほどけない強さの拘束に戸惑う。


「お前はあっちの空間で戦う術を知らないからすぐ飲まれちまう。だから、つらいかもしれないがここで二人を呼んでくれ。お前の声が一番届く」

「俺の声?」


 頼んだといってジェイドも白く禍々しい空間に飛び込んでいく。彼らの足元には黒い影のようなものが広がっているが、徐々に小さくなっているのが見えた。

 あれが消えたらまずいとルチルは直感で感じ取り、とりあえず大声で二人の名を叫んだ。


「リアン! カーネ!」


 彼の声が空間の隅々にまで広がり外にまで伝わるのが二人にはわかった。やっぱりなとジェイドがにやりと笑った瞬間ひび割れた声が問いかけてきた。


「アンナ子供ニ何ガデキルトイウ」

「お前の知らない何か」

「覚醒モシテイナイ弱キ子供ニ?」

「そうだ」


 ラピスの大剣が叩きつけられるがそれも弾かれる。だが見えざる壁に宿る魔力が薄れてきたことは、二人の経験上わかった。

 それが分かっていながら悪夢は笑う。


「全テ隠シテカ」

「なっ……」

「アノ子供ハ、不審ガッテイル」

「それは」


 二人の動揺が目に見えてわかる。何かを言われたことは確かだ、絶対の自信を持つ二人が焦りの色を宿す。揺らぐ二人を見ながら心の中で、双炎の魔王の名を呼び続ける。

 この嫌な空間を燃やし尽くしてくれることを祈りながら。



「あっ」

「ルチル?」


 燃やし尽くされて灰になった獣を踏みつぶしていた二人はルチルの叫びを聞いて、空を見上げる。異様な空気が二人を包んでいたが一気に霧散する。


「結界に取り込まれているのか?」

「おそらく本体が来ている。だから二人がルチルに私たちを呼ぶように求めた」

「まっ、攻撃できるのは俺たちとルチルとあいつしかいねぇからな」


 カーネが業火を発生させて灰を燃やし尽くすと同時に、目の前に透明な壁があるかのように手をかざす。同じようにリアンも手をかざし、感覚を研ぎ澄ませる。

 ルチルの声を心で聞く、波紋のように伝わってくる音を手繰り寄せる。


「見つけた」

「開けるぞ」

 

 二人の手から煉獄の炎が噴き出す、透明な壁を食い破るように炎が侵食していく。ぴしぴしとひびが入った瞬間二人はあいている片手を拳の形にし、殴り破った。


「ルチル」

「ルっちゃん無事か~?」

「なんとかね」


 驚いた顔で振り返るルチルに微笑みかけながら、奇妙な空間に入れば寒気が走る。その元凶をにらみつければ、初めて顔がこわばった。

 がすぐに嘲笑にすり替わる。 


「愚カナ」

「何がだ」

「マオウハ愚カダナ、何モ知ラセナイノダカラ。教エナイノダカラ」


 ケタケタという笑い声が響くと同時にリアンとカーネの顔がこわばった。

 言い知れない不安がルチルの胸に去来した。傍に戻ってきたジェイドとラピスも青ざめた顔をしている。

 

 静かに静かに不安の闇がルチルの心を侵食し始めていた。

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