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第九十六話 「未来を変えて」



 二日に分けて開かれる対抗戦の、その第一回戦目。

 五人の団体によって行われる星取戦はここまで手に汗握る戦いを繰り広げてきた。

 前四試合を終え、残るは大将戦のみとなったところで、会場は最高潮の盛り上がりを見せている。


「今の若い子は凄いなぁ。あれだけの魔法を全部一人で捌いちゃうなんてさ。負けたメガネの方も、大したもんだよなぁ」


「知らねーの? 今年の新顔は逸材揃いなんだよ。中でも注目を集めてるのが……次の『虹色使い』だ」


「虹色!? それってもしかして……」


「そうだ。あの学園長の御子息だよ」


 そして、次に控えている一人の少年の話題で場は持ちきっていた。

 学園長の息子――というだけで十分に関心の的となり得るが、世にも珍しい空属性の適性者という肩書きが、いっそう耳目を集めているようだ。


「それは見ものだわ。……あれ、そういや虹色使いって去年も」


「おっとっと、ちょいとお手前失礼するよ」


 才ある若者の話に花を咲かせていた男二人の座席の前、細身の男が顔の前で手を立てながら通り過ぎる。

 その男は同じように何人かの前を横切っていくと、「いたいた」と嬉々とした声を発してその手を高くあげた。


「千ちゃん、やっと見つけたよ」


「おぉ武ちゃん、ずいぶん遅かったじゃねぇか。もう智也の試合は終わっちまったぜ。ガハハ」


 目的の人物を見つけ笑みを浮かべる男に、同年代の強面の男が厳つい顔をほころばせる。その隣、伴侶と思しき女性が慌てたように立ち上がり、


「清涼さん、この度は本当にありがとうございます」


「あーなんのなんの。そんな畏まらんでくださいよ。言ったでしょ? ウチは在庫が捌ければそれでいいのよ」


 何度も頭を下げようとする女性を手で制して、気さくな笑みを返した男は反対側の椅子へと腰を下ろす。


「あの兄ちゃんの試合なら、後半ちょろっと見てたよ。なんだ、前に店に来たときと随分顔つきが変わったじゃないの」


「そうなんだよ! 毎日早くから頑張ってたみてぇだからな。いやしかし、中々上手くいかねぇもんだなぁ」


 厳つい顔面をさらに険しくさせるその男に、細身の男は小さな笑みを浮かべた。


「なに、まだA組の負けが決まったわけじゃないんでしょ~? だったら、次の一戦を目一杯応援しようじゃない」


 そう言いながら肩に手を回すと、眉間にしわを寄せていた男は相好を崩して「そうだな」と一笑した。


「それにしてもここ数年で魔法の種類も増えたもんだよな~。特に、さっきのなんてまるで自由自在に操ってるみたいだった。――なぁ千ちゃん、これは俺の思い違いかい?」


 語りの途中、急に声の調子を落として問いを発した細身の男に、強面の男は会場に目を向けたまま黙り込む。

 先ほどまでの優しい表情はどこに消えたか、男はまた険のある顔つきへと戻っていた。



 ✱✱✱✱✱✱✱



「只今より第五試合、大将戦を行います。出場者は前へ」


 会場に響くアナウンス。それにより東西のゲートから姿を現した二人の生徒に、観覧席から盛大な拍手が送られる。


 満ち溢れるほどの魔力を有し、五つの属性全てに高水準の適性を持つ眉目秀麗な久世家の跡取り息子。

 それと相対するのは黒と紅の混じった頭髪をした、不敵な笑みを浮かべた少女だ。天寵を負いし者を前に臆することなく胸を張る姿は、大胆不敵そのもの。

 しかしその実、ひとたび舌を回せば奇抜な発言が飛び出し、すぐにでも風変わりな性情を知ることになるだろう。そういう意味ではある種、こちらも他と一線を画した特異な存在であると言えるかもしれない。


「ククク……稀有な虹色使いを前にこの檜舞台を踏めたこと、誇りに思うぞ」


 そんな存在感のある少女でなく他所に視線をやっていた久世は、客席の一角――関係者が集う場を見て小さく嘆息した。


「買いかぶりだよ」


 込められた敬意に軽く肩を竦めて、瑠璃の瞳を正面に向ける。それを適時と受け取った審判が二人の顔を順に見て、


「両者、準備はいい」


「我は蒼魔の天眼! 星の瞬きを知る者なり。料事如神の慧を以て、異しき魔障を討ち果たさん」


「……両者、準備」


「聡明叡知、どちらが魔法に通暁しているか……一つ技比べといこうではないか」


 額に手をやりながら不敵に笑う不知火。それと歯車が噛み合わずに苦い顔をする審判にしかし、名乗りを終えた本人はとても満足げだ。

 呆気に取られる審判。それに今度は催促するような視線を飛ばし、不知火はポーズを取ったままその時を待ち設けている。


「なんだ、もう気は済んだのか? やりにくいな……」


「――話に聞いた以上だ。まるで何を言っているのか分からない」


 その独特な空気感についていけず、ひどく困惑する二人。

 数秒ほど不知火の様子を窺った審判は、今度こそはと咳払いを挟んで開始の合図を告げた。


「大将戦。A組、久世(くぜ)(あきら)。C組、不知火(しらぬい)(もも)


「――試合開始!」


 チームの命運を一身に背負い相対した二人。彼らが一手目に選んだのは、どちらも火属性の魔法だった。

 両の手に特大の火球を具現化させた久世に、対する不知火がその手から紅炎を放つ。


「Reve45【紅蓮弾/(あかつき)】」


 開幕いきなりの大技。それを見た智也は思わず喉を鳴らした。


 学園の中でも特に貧力である智也は、どれだけ頭に知識を叩き込もうと、どれだけ研鑽を積もうとも、魔力の総量が足りずに中級以上の魔法を扱うことができない。

 そんな智也にとって一発目から繰り出された高難度の魔法は、この一戦のレベルの高さを早くも物語っているようだと感じられた。


 そう感じられて、自然と高まる期待に戦いて、そして、力負けした特大の火球が爆ぜたことに肝を冷やした。


「【水膜】!」


 焦ったように防御魔法を展開する久世。迫った紅炎が膜に触れて下火になる。


 ――必ずしも等級の差が力の差になるとは限らない。授業でそれを教わった智也たちは、工夫次第で初級魔法でも中級に引けを取らない強さを発揮できると学んだ。

 そしてこと久世においてはこれまで持て余すほどの魔力を用いるだけで他を圧倒しており、工夫も小細工もなしにただ力押しだけで全てねじ伏せてきたのだ。


 そんな久世の絶大な魔力によって生み出された火球が真っ向勝負で撃ち負けた。相殺されたならまだしも、力押しで負けたのである。机を並べる智也たちにでなく、ほぼ初めて手合いする相手にだ。


 元々強度に重きを置いて改造していたのか、この日のために改造を施したのか、同じような意味に見えて、その答えによっては悪い予想が当たってしまう。


「――Reve48」


 と、地を蹴り跳び上がった不知火の、天高く伸ばした右腕に魔力が集まった。

 そして、


「天瀾……」

「Espoir35」


「【兜割り】!」

「【六放】……!」


 久世の身を包んでいた水の膜が波打ち、六つの触手が飛び出す。

 それらは瞬時に不知火の四肢と胴を押さえたが、鬨の声と共に力任せに振り下ろされた腕から、大気を震わせる一撃が放たれ容易く二分される。


 凄まじい衝撃に土煙が巻き起こり、久世の状況がつかめない。

 壁に投影されたものを見ていることも忘れるくらいの緊迫感、智也は穴があくほどそれを見つめた。


 目を凝らすこと十数秒。あわや後手を踏んだかと思われた久世は、硬い鱗のような障壁を構え、辛うじて難を逃れていた。


「……」


 瑠璃の瞳が細められ、仁王立ちで腕組みしている少女を見据える。


 短く息を吐き、唱えた言霊により複数の水球が具現化、蕾を象った。


「Reve12【水風船/芍薬】」


 以前までのそれとは少し形状の異なった久世の改造。変わったのは単に見た目だけでなく、空気抵抗を減らすことでより速度を増した物だ。


 その二十を越える水球――蕾が一斉に放たれ、同刻、右手を横に滑らせた不知火の前に障壁が展開された。

 先ほど久世も用いていたそれは、六角の鱗がいくつも組み合わさって出来た半透明の壁のようなもの。


 蕾を象った水球が鱗片に当たって花開く。

 その美しさに反して攻め立てる勢いは苛烈そのもので、石をも穿つような力強さがあった。

 しかし、


「くっ……」


 一人歯噛みする久世。蕾が咲き揃ってなお、鱗は欠けるどころか傷さえもついていなかった。

 地面に手を触れ、余裕のある笑みを浮かべる不知火に久世が啖呵を切る。


「ならば……Reve26【散らし風/灰龍】!」


 今度は渦巻き状に回転した風が尾と成り龍頷成って不知火に食い掛かった。

 その真下、炎が沸々と湧き出でる。


「Reve41【大噴炎(だいふんえん)】」


 瞬間、天を衝く勢いで噴出した炎が龍の顎門を穿ち、巨大な火柱を前につむじが風散してゆく。


 ――瞠目する。そんな久世の表情から明らかな動揺が見て取れて、智也は思わず渋面を作った。

 そして、今の一合を機に、より顕著な行動を取り始めた不知火にあろうことかあの久世が追い込まれていく。


「【火弾】」


 我に返った久世が咄嗟に半月型の斬撃を放ち、それを両断する。

 と、続けざまに唱えられた言霊によって火球は爆ぜる前に形を変え、鎖となって久世の体に巻き付いた。


「【風切羽】!」

「Reve40【抱蔓(ほうまん)】」


 瞬時に回転する刃で鎖を切断する久世。その直後に、今度は別の形で身動きを封じられてしまう。


 這うように全身に絡み付く太い蔓。それらは簡単に切り裂くことができず、裂けたとして、すぐに切り口が絡み合ってより固く結合してしまう。


 苦悶の表情を浮かべ、身動ぎしながらどうにか左手の自由を取り戻そうとする。

 そうしてようやく動かせた指一本に久世が意識を向けたとき、


「Reve――」

「遅い」


 懐に入った不知火が久世の腹部に手を翳し、猛火がその身を焼いた。


「【手銃花火(てづつはなび)】」


 一瞬で全身を呑み込んだ火炎が壁際まで燃え広がる。

 これだけの火力だ、おそらく体に巻き付いていた太い蔓も塵となって消えたに違いない。拘束が解けたその一瞬で、久世ならなんとかしてあの猛火を凌ぐ術を用いたかもしれない――。

 そんな淡い希望を抱いた智也たちはゆらめく炎の中、黒い影が前のめりになって倒れる様を見る羽目になった。


「不知火、一本」


 無情にも下される審判。智也たちは、動転した。

 羽織コートの裾を翻し踵を返した不知火が、左目に手をやりながら何やら呟いている。そんな人目を引くような恥ずかしい寄行さえも、目に入らないくらいに。


「…………」


 感情が体の内から溢れ出そうになるが、うまく言語化ができない。そんな風な七霧の表情に、智也も言葉を失った。


 まだ終わったわけじゃない。そう前向きに思いたくても、思えない理由があった。

 もっと自分が善戦していれば――心の中で智也が悔やんだのと同じことが、七霧の口からこぼれた。


「すみません、自分が……なにもできずに……」


「ばか、お前のせいじゃないって」


 唇を結び、俯く七霧の口から漏れた弱音を咄嗟に否定する。

 しかしそれではなんの慰めにもならず、光に満ちていた表情は陰るばかり。


「自分じゃなくて、国枝さんだったらもっとうまくやれてたっスよね。すみません、自分が選ばれたせいで……」


「そんなこと言うなよ……」


 智也はどうしていいか分からずに他の二人へ助け船を求めたが、同じように困惑している雪宮はともかく、水世に関してはまるで他人事のような面をしていて期待できそうにない。


「すみません、ちょっと外の空気吸ってくるっス……」


「七霧!」


 止める間もなく待機室を出ていった七霧に詰るように水世を見やったが、冷たい眼差しが返されたことで感情の波が静まり、頭を冷やした。


 音を立てながら閉まった扉を見つめ、智也は一人眉を曇らせた。



 ✱✱✱✱✱✱✱



「なぁ、久世。ちょっといいか?」


 中堅戦の最中、全くやる気の感じられなかった少女が突然意欲的になった頃――黒髪の少年が深刻な顔つきでそう尋ねてきた。

 それに二つ返事で応じれば、出てきたのは及びもつかない発言で。


「単刀直入に言うが、おそらく不知火には未来が見えていると思う」


 久世聖は、たまらず眉間に手を当てた。


「――。一度落ち着こう。君は正気かい?」


「あぁ、おそらく不知火には未来が見えている」


「わかった。それは理解したから。まずはそこに至った経緯をお聞かせ願おうか」


 食い気味な少年の肩を押さえて宥めると、彼は「最初は小さな違和感だった」と記憶を辿るような仕草を見せ、二人が入学式で初めて顔を合わせたときのことをざっと話した。


「……疑心を抱いたのは、今日あの場に立ってからだよ。お前もさっき言ってただろ? 偶然とは思えないって」


「組み合わせのことかい? 確かにそうは言ったけれど……」


「不自然なんだよ。今の中堅戦を含めた三試合と、残り二人の出順。その個々の力量と戦い方を見比べたとき、明らかに狙ったとしか思えないようなバランスで合わせてきている」


「……考え過ぎでは?」


 その問いに対しての返答はなかった。

 ただ、胡乱げな目を向けている少年に釣られて会場の様子を見やれば、ちょうど白髪の少女が放った水属性の大技を、完全に無力化している相手の姿があった。

 先の発言を裏付けるかのような、ここぞとばかりな魔武器の能力。しかしそれを見ても尚、久世は素直に腹落ちできないでいた。


「大事なのは、視えてるか視えてないかじゃない」


 と、眉根を寄せていた久世に少年が諭すように言う。


「ただの当て推量だと一蹴してもらっても構わない。蓋を開ければなんてことない手合いになるかもしれない。けど、もしもこの嫌な予感が杞憂でないのだとしたら、そのときは――」



 ――ザリ、と握り締めた拳が土を巻き込んで音を立てた。


「まったく、どこまで視えているのやら……」


 膝をつき、身を起こして立ち上がる。

 土で汚れた衣服に目を向け顔を歪めたのは一瞬で、すぐに目の前の黒い羽織マントへ意識を向けると、その背に貼られた小さな紙にそっと手を伸ばした。


「Reve42」

「Espoir39」


「【瑠璃粒々( るり りゅうりゅう)】」

「鱗――なに、分岐した?」


 背中に刺さる敵意を感じ取ったか。はたまた足裏で躙った微かな土の音を耳に拾ったのか。否、それは明らかに久世の行動を予見してのものだった。

 しかし、ここにきて齟齬が生じる。不知火の目算――いや、不知火の視た顛から末までの道筋とは異なるだろう形で。


「『木杖(ミアー)』」


 黒い渦と共に現れた杖を掴み、慣れた手つきで手の甲の上を巡らせ円転させると脇に収めた。その構えのまま肉薄した久世は抜いた杖を頭の上で切り返して左袈裟に振り落とす。

 ――顔を仰け反らせ、刃筋から逃れる不知火。すかさず久世が首元への追撃を振るうが、すでに後ろへ跳躍した後だった。


「……息を吹き返したかと思えば、随分と激しいな。よもや女子に向かって躊躇なく得物を振るうまでとは思わなんだぞ」


「僕も本意ではないさ。だから君だけ、特別扱いとさせてもらう」


「ククク……なるほど、悪くない厚遇だ。乙女心をよく分かっておる」


 そんな短いやり取りを挟んで、二人は呼吸を合わせたかのようにまた鎬を削った。


 一心不乱に最短距離を駆ける久世に、迫る紅蓮の玉。

 それを横に跳んで躱しながら地面に手を付けた久世は、具現化させた壁を蹴って一気に距離を詰めた。


 押し出された石突が、脳天を打たんとする。

 ただの木杖とは思えない――まるで剣先を突きつけられたかのような、そんな鋭さと冷たさを帯びた一打だ。

 間一髪のところで不知火はそれを躱したが、その表情には当初のような余裕は見受けられなかった。


 素早く繰り出される突きの連撃。

 それら全てを見切り、右へ左へ身を反らす不知火に、次の一打が正中線を捉える。


 咄嗟に腰を折り、刃の如く鋭い一撃をやり過ごす。そこへ手首を返して振るわれた横薙ぎの一閃を、今度は上に跳んで躱してみせた。

 が、



 ――隙あり。



 無防備となった矮躯目掛け、容赦ない刺突が襲った。



 ――目を見張る。



 それは急所を突かれた不知火の反応ではなく、一切の躊躇いなく刺突を見舞った久世に向けたものでもない。

 会心のその一突きが、ただ虚空を裂くに終わったからである。


 虚を突いた一撃。

 否。実際は、虚と見せた実によって誘い出されてしまった手落ちに過ぎない。

 不知火は、巧妙な虚実の転換によって逆に久世の油断につけ入ったのだ。


 鋭い突きであろうと来るとわかっていれば対処は容易く、跳躍の際に背を丸めていたその姿勢から、伸ばした左手で久世の刺突を上から押さえ込んだ。

 そうして片手立ちになったまま開脚した足を回し、軸手を変えると共に優男の顔面に踵を叩き込む。


 その強烈な蹴撃を、久世は右の腕で防いでいた。


 三度、攻勢が転換する――――。


「【霧雨】」


 突きを封じられ、体制を崩しながらも頭への打撃を腕で防いだ久世。そのまま膝を抜いて更に重心を低くさせると、短く唱えた言霊によって別の魔法に作用をもたらした。


 背後――華麗な杖捌きを見舞う前に具現化させていた無数の水粒が、その一声によって動き出す。


 布石、奇襲、隠し球。そう呼ぶには些か開放的すぎる仕掛け。それが四十二番の扱いづらい点であり、致命的すぎる欠点でもあった。

 他の魔法と組み合わせることで真価を発揮し新しい顔を見せる物も少なくないが、単体では何の役にも立たないコレに関しては、無駄に燃費が悪くなっただけの行雲群雨(さんじゅうにばん)の劣化版でしかない。


 しかし、こと未来視を有する相手の前では手際の良さも技量の高さも意味を成さない。

 ならばと本来は手間でしかない四十二番の活用を、あえて選択肢に入れるのはどうかと考えたのだ。


 露骨すぎて騙し討ちになんて使えやしないが、二度手間を踏んでようやく発砲と至るその欠点は、裏を返せば任意のタイミングで射出できるという利点に変わるのではないかと。

 それを用いることで、擬似的な操作魔法の模倣が可能になり、例え先を読まれたとしても、彼女を追い込むための一手になり得るのではないかと――そう、語ったのだ。


「――君には頭が下がるばかりだよ」


 跪いた久世の頭上を水粒が突き抜ける。

 素早く身を回し後ろに飛び退いた不知火はその初弾を躱すが、弧を描いて降り注ぐ雨がそれを逃がさない。後方転回で場を離れるその足元に次から次へと水粒が着弾し、輪になって弾けていく。


「【強歩】」


 強化した脚力で一足飛びに加速した体が、数十メートル先の標的を捉え、背後に回り込んだ。

 脇に構えた木杖を思い切り振り抜く。眼前、見かけによらない身体能力の高さで降り注ぐ雨から逃れてきた不知火の、その腹部を見据えて。


 地面から手を突き放し、あふりによって後方――重い一振りを放たんとする久世の手の内へ舞い込んだ不知火は、既の所で高く跳ねてそのまま頭上を飛び越えた。

 身を回しながら着地し、背後を取り返した不知火と振り抜いた杖を投げ捨てた久世、その両者の手から高密度の魔力が放出されて火炎が生じる。


「【手銃花火】!」

「【手銃花火】!」


 凄まじい火力の応報。両者一歩も引かぬせめぎ合いの果て、反発しあった力は暴発して辺り一面に火の粉が舞い、二人は白煙に飲まれた――――。




「食えないね。こうも思うに任せないとは」


「力無きが故に阻まれる。それが弱者の運命(さだめ)じゃ。適者生存により世界が二分されるのであれば、我は常に勝者であり続けるのみ」


「君にはさぞかし輝かしい未来が見えているのだろうね」


「……ふん。貴様とて栄光を掴む器たり得るだろう」


「……買いかぶりすぎだよ」


「ならば、ここで匙を投げるか?」


 その問いに久世が否やを唱えたとき、ちょうど白煙が晴れて二人の姿が視界に飛び込んできた。


「――抗ってみせるよ。君の視た未来とやらに」


 バチ、と音を立てながら電光を弾けさせる球体。それを両手に構えた久世の冴え冴えとした瑠璃の瞳に、不知火が「ククク」と愉快げに喉を鳴らした。


「Reve34【電架線】!」


 紫電弾ける二つの球体が左右に分かたれ、その間を結ぶように電線が走る。

 目線の高さで迫るその電線に不知火は身を屈めると、「本命はこっちだろう?」と薄い笑みを浮かべてその場から飛び上がった。

 直後、地面に張り巡らせていた魔力が電気を発し、格子状の網を象る。あわや足を取られるところだった不知火は空中に逃れ、


「Reve58――」

「【絶対的な(アブソリュート)力の奔流(ブラスト)】」


 それを撃ち落とさんとする久世より早く手を打った。


 伸ばした手に光が収束し、極大の白光を放つ。

 目が眩むほどの眩い光が煌めき、一瞬の間に何もかもを葬り去ってしまう。

 そんな脅威に身を焼かれた久世が敢え無く地面に転がる様を視て、瞬いた蒼の瞳に映ったのは突き出した自分の腕ではなく腹を巻く青い光の輪だった。


「……!?」


 凄まじい速度で駆けた久世が、息つく間に上を取る。

 地面に背を向け落下する不知火は、今になって腕ごと拘束されていることに気が付いたようだ。


「Reve23」


 咄嗟の判断。苦し紛れの悪足掻き。空中で身を回した不知火は、足を使って久世の手を払い退けた。

 が、すかさず反対の手を伸ばした久世は彼女の背に腕を回し、


「【電身柱】」


 全身から放出された魔力が稲光となり、四方に弾けた。


 一瞬の雷鳴。

 天災と見紛うほどの衝撃が、その場にいた全員の鼓膜を振動させた。


 規格外な魔法の威力に圧倒され、雷に打たれたかのように口を開けて固まる会場の人々。そんな中、日輪のごとく光を纏いながら二人が緩やかに地上へと舞い降りてくる。

 やがて電光が爆ぜ、黒紅色の髪の少女を横抱きにした優男の姿があらわになると、観覧席の一部から黄色い声が上がった。


「思わぬ収穫だ。しかし、そうでなくては面白みがない。まさかそれを此奴に証明されるとは予想だにせんだが……いや、或いはこれも彼奴の――」


 どこか驚喜するように呟く不知火を見て、久世が怪訝に眉を寄せた。


「……いつまで抱いておるつもりじゃ。はよう下ろさぬか」


「ん……あぁ、すまない」


 と、腕の中に収まっていた不知火はそこから脱すると、スカートの裾を払うような仕草をしてそのまま立ち去ろうとする。

 それを見た審判が慌てて駆けつけてきて、


「っ、試合は……」


「論ずるまでもなかろう」


 肩越しにこちらを振り返った不知火の背中、はらりと何かが舞い落ちる。よく見ればそれは、ほとんど焼け焦げてなくなった魔法紙の切れ端だった。


「貴様は並々ならぬ手腕を以て我の天眼を出し抜いてみせた。もはや敗北を認める他にない」


「……」


「敗れはしたが満足である。存外楽しかったぞ、虹色使い」


 そう言って最初と同じ不敵な笑みを浮かべると、懐から何かを取り出しやにわに地面へと投げ捨てた。

 途端、舞い上がる黒煙。その漆黒の中へと身を投じると、不知火は高笑いを残して姿をくらました。


 その後、ゲートに向かってせこせこと走っていく人影を見つけ、赤髪の審判がやれやれとため息をこぼして。


「……大将戦。勝者、久世聖。総得点数七対六。よって対抗試合第一回戦は、A組の勝利とする」


 そうしてA組とC組の試合は幕引きとなり、智也たちは明日の決勝への切符を手にしたのだった。



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