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第九十三話 「クラス対抗戦」



 どこからか視線を感じる。

 そう思いながら重い瞼を開けると、小窓から差し込んだ朝暘が一日の始まりを告げていた。


「……」


 どうやらかなり深い眠りについていたらしい。

 数日間厳しい練習に明け暮れていたのだ。疲れも相応に溜まっていたのだろうと、智也は一思案する。


 異世界転移から三十日目。

 今日は、待ちに待った対抗祭の日だ。


「むーーーー」


 ずっと視線を感じていた方角から、そんな唸り声がした。

 ついと顔を向ければ、何故か頬を膨らませている金髪の少女の姿が。


「珍しく早起きだな。……それともずっと起きてたのか?」


 ふんす、ふんすと鼻息を荒くさせる少女に苦笑いを浮かべ、ベッドから降りようとしたが妨害される。


「えーっと、何用で?」


「私がなんで怒ってるのか本当に分からないんですか!?」


「いやー、昨日はシャワー浴びた後にすぐ寝たからな……特に何も」


「それのことですよ!!」


 急に大きな声を出すので智也は慌てて静かにしろと手振りで伝えるが、目の前の彼女は怒り心頭に発しておりまるで制御が利かない。


「晩ご飯だってせーーかくおばちゃんに頼んで皆で食べれるものにしたのに! 私も手伝ったのに! なのにすぐ片付けて部屋に行っちゃうし、お話だってしたかったのにすぐ寝ちゃうんだもん!」


「それは悪かったよ。でも俺も疲れてたんだよ」


 そう言いながら自分の頭に手をやる智也に、少女は不服そうにじーっと見つめてくる。

 まだ何か言いたげな表情だ。しかし今の謝罪で多少は溜飲が下がったのか、それ以上のことは何も言ってこなかった。


「今日はいいんですか。早く起きなくて」


「見てたなら知ってるだろ? 今日も朝練は休みだよ」


「ぐぎぎぎぎ」


 女心が分かっていない、とぼやいている少女を捨て置いて、智也はテキパキと朝の支度を整える。

 苦手だったネクタイの締め方も、随分と手慣れたものだ。

 脱ぎ終えた寝間着をベッドの上に畳んで置いて、昨日配られた衣装片手に部屋の扉に手をかける。


「そういや今日はどうするんだ?」


「おばちゃんと一緒に見に行きますよ。貴方の勇姿を」


「今からって時にすごいプレッシャーだな……」


「それは受け取り方次第です」


 どこかしてやったりな顔をする少女に肩を竦めて、智也は「行ってきます」と呟いて部屋の外に出た。


 可愛らしいネームプレートがぶら下がった向かいの部屋を一瞥し、おそるおそる階下に向かう。

 まだ寝ているのか、それとも既に出た後なのか、とにかく何事も無いようにと智也は祈った。


「――あ、智也くんおはよう!」


「……おはよう」


 食堂に行くと、そこには見知った顔が一人だけ座っていた。

 こちらに気付くと溌剌とした笑顔を向けてきて、それに既視感を覚えながら斜め前の席に腰掛ける。

 誰か座っていたのか。にしては全く手を付けていない朝食がそこにも並べられており、智也が怪訝に眉を寄せていると「それ智也くんの分やって」と紫月が一言。


「あぁ、そうなのか」


 抑揚のないそんな物言いにも紫月は笑みを崩さず、むしろどこか嬉しそうにも感じられる。

 もちろん智也の視線はテーブルの上に注がれており、定番の朝食メニューに喉を鳴らしていた。


「いよいよ今日やね、クラス対抗戦」


「私は出られへんかったけど、五人の応援頑張るからね!」


「お客さん、どんくらいくるんやろなぁ」


 無我夢中で箸を進めている智也に対して、そんな風に紫月が話しかけてくる。「あー」だとか「んー」といった適当な相槌しか返していないにも関わらず、当人は楽しげだ。


 と、手を揉みながらやけに視線を泳がせ始めた紫月。しきりに口を開閉する様からは、明らかな緊張が見て取れた。


「そ、それでなんやけどさ、智也くんって今日のお昼……なんか予定とかあったりする?」


「昼?」


「あ……うん。いや、やっぱ気にせんといて!」


 ずずず、っと味噌汁を啜ってからそう問い返すと、紫月は両手を左右に振りながら苦笑いを受かべる。

 智也は釈然とせず疑問符を頭の上に浮かべたが、紫月は残りのご飯を口にかきこむと智也の分まで食器を片付けて「大事な日やから遅刻するとあれやし、早くいこっか」と促してくる。

 智也はそれに呆気にとられたまま、「ごちそうさま」とだけ呟いて下宿屋を後にした。


 中央広場に出ると、いつもより活気に溢れた街の人の様子が目に入った。

 対抗戦が目玉であるがゆえの『対抗祭』なのだろうが、それに出場する生徒だけでなく、商人にとっても稼ぎ時で気合が入っているのだろう。

 そこかしこで旗や花の飾りが吊るされており、いつもと違った空気感に、智也の心も少しばかり浮つく。


「お二人さん、おはようっス!」


「七霧くんおはよう」


 道の向こう側から歩いてきた七霧が智也たちに気付くと、満面の笑みで手を振りながら駆けてくる。

 そうして智也と紫月の顔を交互に見て、「一緒に来たんスか?」と問いを発した。


「うん、同じ下宿……」


「あー、そういや昨日はちゃんと寝れたのか?」


「任せてください。もうバーーッチシっスよ!」


 天真爛漫な笑顔で親指を立てる七霧に微笑を返し、綺麗に話をすり替えた智也はそのまま二人を校門へと誘導する。


 眼前にそびえる地獄のように長い階段も、随分と上り慣れたものだ。まだまだ日は浅いが、毎日これを走って往復していればそれくらいの感覚になってくるだろう。心が浮ついているせいもあってか、後ろの二人よりも幾分か智也の足取りは軽かった。


 校門をくぐるとそこにも普段と異なった景色が広がっており、よりお祭り感を抱かさせてくれた。

 前庭に立ち並ぶテントと幟旗。この街の住人は勿論のこと、外から訪れるであろう客に向けた出店の数々だ。


 テント自体は数日前から設営されていたため目に入っていたが、こうして幟が立てられ店頭に人がいるのを見るのは智也もこれが初めてとなる。開店準備のためか忙しくなく動き回っている人々の様子を目で追っていると、目立つ赤髪の男が視界に飛び込んできた。


「あ……」


「あら。確か……智也くんだったかしら」


 暖簾にデカデカと「千」の字を入れた店先、梅色の髪の女性がこちらに気付いてそう声をかけてくれる。それに軽い会釈を返していると「あぁん?」とドスの利いた声を発して件の店主が振り返った。


「ん? おー智也じゃねぇか! 聞いたぞお前、対抗戦に出れるんだってなぁ!」


 予想していた反応と異なる展開に面食らい、智也の思考が一瞬停止する。

 この前のことは気にしていないのだろうか。それともあの出過ぎた真似にも目を瞑ってくれたのだろうか――と、心の中で独り言ちて。


「よかったなぁ~ ちゃんと応援しにいくからな!」


「あ、ありがとうございます……」


「……どこかの組の人?」


「……多分かなりヤバい所っスよ。でもこの前黒霧さんのダチって言ってました」


 屈託のない笑顔を向けてくる店主に困惑する智也の後ろで、七霧と紫月がひそひそと話している。智也も人のことは言えないが、あの二人も大概だなと思った。


「じゃ、じゃあホームルームがあるんで……」


「おう。またあとでな!」


「焼きそば、食べたかったらいらっしゃいね。安くしてあげるから」


 そう言って温かい笑顔を向けてくれる二人にもう一度ペコリと頭を下げて、いつまでも訝っている二人を引き連れ、智也は気のいい夫婦のもとを去った。


「七霧には言いそびれてたが、おのオッサンはただの射的屋の店主だぞ」


「えぇ、人間を射るんスか!?」


 コラ、と軽く頭に手刀を落とすと七霧がにへらと笑う。

 その横で、紫月が得心のいった顔で「あ~千林さんとこのお父さんやったんや」と呟いた。どうやら店の方は知っていたらしい。


 校舎に入り、教室に向かうと、既にほとんどのクラスメイトが席についていた。

 その中の廊下側の席に向かって七霧が歩を進め、先ほど智也たちに向けたものと同じ笑顔を浮かべる。


「国枝さん、おはようっス!」


「おはよう」


 それに続こうと智也も片手を上げるが、タイミング悪く深碧色の瞳は廊下の方へと逸れてしまう。行き場の失ったそれをずるずると下ろし、声もかけられないまま後ろの席に座り込んだ。


「み~なっ! ちょいちょい」


 不意に横から聞こえたその声に、誰を呼んでいるのだろうと眉をひそめる。見れば、東道が紫月に対して手招きをしていた。

 あぁ、名前か。と智也は口の中で呟いて、同時に「この前まで苗字で呼んでなかったっけ……?」と急速に縮まった二人の距離感に驚きを隠せない。


「どうだった??」


「ど、どうって……?」


「あの話に決まってんじゃん。お祭りデート、誘えたの??」


「いやぁそれが……」


 頬を掻いて気まずそうな顔をする紫月。数秒置いて、東道の怒号が教室に響いた。


「はぁ!? そこまで言ってやめるとかありえないでしょ!」


「ちーちゃん声大きいって」


「いやいや、フツーにありえなくない??」


「でも……なんかそういうんと違うと思うんよな」


 目を伏せ眉を八の字にする紫月に、東道は呆れたような顔で嘆息する。


「出たよ、未奈のいつものやつ」


「ほんとにそうなんやって!」


「はいはい。別に未奈がそれでいいならいいけどね~」


 わざとらしく頭を縦に振ると、東道は半ば投げやりのような態度で自分の席に帰っていく。そんな二人のやり取りを、顎肘つきながら無心で聞いていた智也。視界の端、紫月がこちらに向き直った気がして咄嗟に目を逸らした。


 少しして、気怠そうな声を発しながら担任がやってくる。妙に雰囲気があるように感じられたのは、いつになくスーツをビシッと決めていたからか。

 貴重なお姿だ、と栖戸がひそかに眼福を得ていた。


「今日は待ちに待った対抗祭だ。毎年この時期になると開かれる祭で、近隣の街や村からも大勢人が集まることになっている。知っての通り学園内でも様々な出し物が出展されているが、くれぐれも羽目を外し過ぎないよう注意すること。……ってのがまぁ学園長からの通達だ。節度を保って楽しんでくれりゃあそれでいい」


 語り始めは少し堅苦しさを感じていたが、いつもの覇気のない声に戻った途端クラスの空気も軽くなった気がした。これでいいのか悪いのか、自分たちの担任と言えば――という認識が定着しているのだろう。

 と、ざわめいていたA組の隣の教室から、一層大きな喧騒が聞こえた。


「お隣さんも盛り上がってんなぁ。こっちもやっとくか? 円陣」 


「……」


「なんだ、ノリ悪いなお前ら。まぁでもせっかくだ、五人ちょっと前に来い」


 いまいち盛り上がりに欠ける生徒の反応につまらなそうな顔をして、先生は指をひょいひょいっと動かして智也たちを呼んだ。

 顔を見合わせる五人。揃いも揃って気乗りしない様相だ。誰に似たのか、実に意欲の欠けたクラスである。


 ぞろぞろと他の四人が教卓に向かうのを見て、智也も重い腰を上げる。

 黒板を背にして見る教室は見慣れた場所でありながら、なんだか新鮮な気持ちを味わった。


「んじゃ、端から一言ずつ意気込みでも言ってもらおうか」


 一番近くにあった久世の席に座り込むと、先生はそう言って他の生徒に拍手を促す。

 ぱらぱらと上がる喝采を浴びて、まずは雪宮が指名されるが、しばらく待っても沈黙のまま状況は変わらなかった。

 異変を感じた智也が右方を見やれば、俯いた状態の雪宮に加え、心底だるそうな顔の水世、頭から足先までカチカチになった七霧、そして、そこはかとなく暗い表情をした久世の姿が目に入る。


「おい、お前らどうしたんだよ」


 小声で呼びかけるも、聞こえていないのか誰一人として反応をせず。壊滅的な四人のそんな状況に、智也は絶句した。


「おーい、お前ら今から対抗戦に出場するんだぞ。そんなんで大丈夫か?」


 たかが十人の前で緊張していて、その何百何千倍もの人の前で動けるのかと、先生はそう問うているのだろう。特にその様子が著しい七霧へと、東道が取って代わろうとしていた。


「しかたない……黒霧、代表としてガツンと一言決めてくれ」


「……俺!?」


「このチームのリーダーだろ?」


 それは自ら名乗り出たわけじゃないんだけどな、と苦笑をもらしつつ言葉を探して、右方からの熱い視線に思わず唾を飲み込む。一瞬の静寂がもの凄く長い時間のように感じられ、背中に汗が滲んだ。


「俺は……」


 ぽつりと話し始めると、周囲の耳目が一身に集まったのを自覚する。

 わずかに息を詰まらせたが、智也は意を決して口火を切った。


「俺は、本来ならこの場に立っていなかった存在です。そして、この場を目標に日々励んでいた人が他にもいただろうことを認識しています。だからこうして数少ない枠に選ばれたことを誇りに思い、同時に、選抜してくれた先生に後悔させることのないよう、A組の代表の一人として恥じることのないようベストを尽くし、最後まで戦い抜きます」


 瞬間、感嘆の声と共に盛大な拍手が沸き上がる。

 緊張から解き放たれ、どっと疲れを感じつつも、智也はその称賛を受けてどうにか期待に添えたようだと胸を撫で下ろした。


「即席にしちゃ素晴らしい決意表明だ。試合中俺は側にいてやれないが、お前ならちゃんとチームを引っ張っていけるだろう」


 その言葉を聞いて横を見やれば、先ほどよりかは幾分かマシになった仲間の面が窺えた。

 だとすれば自分の決意だけでなく、チームとしての目標なども語るべきだっただろうか、とほんの少し頭の片隅で考えながら、


「んじゃ、ぼちぼち向かうとするか。あっちに着いたら出場者は待機室に、それ以外の生徒は在校生用の観覧席に移動してもらう」


 先生の指示に従って、智也たちは対抗戦の舞台となる闘技場へと足を運んだ。



 ✱✱✱✱✱✱✱



 入口に着くと簡易的な受付が設けられており、いつかの美人な教員が座っていた。

 あ、この前の美人さんだ。なんて声がちらほら上がり、女性はそれに微笑を浮かべると、間に割って入るように先生が前に出る。


「A組だ」


「承知しております。こちらの紙に出場者の名前、それとポジションの方を記入して提出してください」


「だってよ」


「え、自分たちが決めるんですか!?」


 用箋挟を手渡され、智也は困惑しながらそう尋ねる。

 それに対して先生は「言ってなかったか?」ととぼけ顔。開会まで残り三十分を切っているというのに、なんでもっと早く教えてくれなかったのかと、そんな不満を目で訴えた。


 四人と顔を見合わせ、一先ず待機室で話し合おうと駆け込む。

 そこは長机一つにいくつか椅子が並んでいるだけの質素な部屋だった。


「まったく……こんな大事なことを忘れるなんて」


「それで、どうするんだい?」


「あぁ、先鋒から大将まで五人の順番を決めなきゃならないんだが……」


「せんぽうとたいしょうってなんスか?」


 予想通りの反応を示した七霧に、智也は「そこからだよな」と頭を悩ませた。


「――つまり、チームの勢いをつけるためにも先鋒には勝ってほしくて、次鋒にはその流れを維持するために勝ってほしくて、勝敗を左右する中堅戦はまず落とせなくて、展開次第では副将にも命運がかかることになって、大将は絶対に勝たなきゃならないんだよ」


「全部言ってること同じじゃない」


「概ねその通りではあるんだけどね……」


 智也がそれぞれのポジションの役割について語ると水世がしらけ顔をして、その横で久世が苦々しく笑う。


 ――全員が全員点を獲る。単純明快であるものの、実際それが真理なのである。


「でも、それじゃどうやって順番を決めたらいいんスか?」


 不安そうな顔でこちらを見やる七霧に口の端を吊り上げ、「こういうのには一つ定番の組み方があるんだよ」と再び智也は口を開いた。


「簡単な話、五人のうち三人が勝てば勝利は揺るぎないものになる。今回のルール上、有効打の数で勝敗が分かれる可能性があるから厳密には少し違うんだが……。ともあれ、それを踏まえて特に重要度の高い箇所により実力のあるプレイヤーを配備するっていう戦法が主流だな」


「じゃあ、さっきので言うと中堅と大将と……?」


「先鋒だね」


 久世の補足に相槌を打ちつつ、「ただ」と言葉を続ける。


「相手も同じ編成で来た場合、勝率は五分になる」


「えぇ……そんなのどうすればいいんスか?」


「だから前三人に戦力を固めるってやり方もあるが、まぁ最終的には読み合いだな」


「その読み合いに必要な対戦相手の情報がないんだけど?」


 水世の鋭い指摘に智也は顔をひきつらせた。

 それについては智也もずっと内心で懸念しており、対戦相手の情報どころか、相手のクラスさえ知らされていないのが現状だ。これでは作戦の立てようがない。


 と、待機室の扉が勢いよく開けられる。

 何事かと目を向ければ、肩で息をしながら何かを伝えようとしている紫月の姿が。


「……そんなに慌ててどうしたんだい?」


「あ……えっと、先生に伝言、頼まれて……会議中に……すみません……」


「パシりだな」


「パシりっスね」


「……ひとまず、お水でもどうぞ」


 智也と七霧が同情の眼差しを向け、それに同調するかのように雪宮がゆっくり首を縦に振る。

 そうしている間に机の上にあったガラスビンの中身をコップに注いだ久世は、それを紫月へと手渡していた。


 受け取ったコップを両手で包み込みガブガブと飲み干すと、紫月は大きく息をついて先生から預かった言伝とやらを話し始める。


「初戦の組み合わせと出場者の名前を聞いてきました。まず、A組は一回戦目で対戦相手はC組みたいです」


「うわ、あいつらか……」


 真っ先に頭に浮かんだ変人の面に、智也は顔をしかめた。何かと縁のある人物だとは思っていたが、こうも偶然が重なるものなのか。

 ――いや、まだあいつが選抜されたとは限らないか。


 心中でそう独り言ちて紫月の次の言葉を待つ。

 何かを思い出すように視線を動かしているのを見るに、書き留める暇もなく、聞いたそばからここまで走ってきたのだろう。


「えーっと出場者の名前は、五十嵐さん、時雨さん、不知火さん、百目鬼さん、白さん、の五人みたいです」


 その報告に苦虫を噛む智也を宥めるように、久世がまぁまぁと息をついた。


「一度手合わせしたことのある相手だ。他のクラスより幾分か戦いやすいのでは?」


「それは相手側にも言えることだが……でもまぁ、完全に初見でやるより少しでも情報が落ちてる方が相手取りやすいかもしれないな」


 顎に手を当てそう思案して、ちらと壁掛け時計を確認する。対抗戦の開会時刻である九時半までもうすぐである。

 智也たちは姿月の報告を元に、少し駆け足気味に会議を進めていった――――。



 ✱✱✱✱✱✱✱



「本当にこれでいいんだよな?」


「何回聞けば済むわけ? いい加減くどい」


 五人それぞれのポジションを記した紙を見つめ、智也は何度目かの問いを発した。

 作戦を立てる上で全員の意見を聞いてはいたが、最終的に判断を下したのはチームリーダーである智也だ。故に心配になって再三の確認となってしまったが、水世に冷たく一蹴されてしまう。


「相手側の思考を完全に読むことなんて不可能さ。先を見通すことでもできない限りね」


「そうっスよ。仮に万が一、億が一黒霧さんの読みが外れたとしても、自分たちはベストを尽くすだけっス!」


「……ありがとう。少し肩の荷が下りたよ」


「じゃあ私はそろそろ戻ろかな……みんな、頑張ってな!」


 退席するタイミングを逃したのか会議中ずっと扉の前に突っ立っていた紫月。話し合いが終わったと分かると握った両拳に激励の意を込め、そそくさと待機室から出ていった。


「じゃあ、俺たちも行くか」


 一回戦目である智也たちの試合はこのあとすぐに行われる。緊張の一戦がもうそこまで迫っているのだと、胸が高鳴った。


 待機室を出て受付に行き、出場者と各ポジションを記した紙を提出する。その際に開会までの流れを美人教員から聞かされたが、提出するのが遅すぎたためか、その間智也はずっと顔を見つめられて気まずさを感じていた。


 三十分前まではちらほら見えた来観者も今は影もなく、入り口周辺は静けさに満ちていた。


「よぉ。お前ら何組だ?」


 唐突にそんな声をかけられて振り返れば、見覚えのある金髪頭がそこに。

 まるで狼のたてがみのように立たせた頭頂部の髪に、長く伸びた襟足が目につく。その下の茶色の瞳は、どこかあの男と似た光を宿しているように感じられた。


 誰も言葉を返さない。それに金髪頭――神崎が顔をしかめたその時、隣にいた一段と背の高い茶髪の生徒が何かに気付いたような声を発した。


「こいつらA組じゃね? ほら、久世家の坊っちゃんいるし」


「あぁ、言われてみりゃそうか。いや……だったら藤間はどうした? アイツは居ねぇのかよ」


 物言いが気に入らなかったのか、少しだけ眉を動かした久世に智也が気を取られたそのとき、意想外にも七霧が二人に噛み付きにいった。


「ふん。藤間さんなら我らがチームリーダーが打ちのめしたっスよ!」


「七霧!?」


 腰に手を当て誇らしげな顔をする七霧に、誇張しすぎだろと小声で叫ぶ。

 あえて誰も干渉しないでいたというのに、言葉を交わすだけでなく啖呵まで切ってしまって最悪である。案の定、獣のように鋭い瞳が智也を射抜いてくる。


「あ……? こんな弱そうなヤツがか? ハッ、藤間も落ちたもんだな」


「へー、こっちじゃないのか」


「先程から気になっているんだけど、人のことを指で示すのは遠慮願いたい。目に障るよ」


「あーわりぃわりぃ。ついな」


 繰り返し行われた長身の男の無作法に久世が物申す。それに対して軽い口調で謝罪が返されるがそれよりも、先の神崎の発言が刺々しい空気を生んでいた。


「撤回してください」


「なんだ?」


「今の言葉、撤回してください!」


 その様は、獰猛な獣に対して小動物が果敢に攻めているようだった。たまらず智也は制止を促すが、それでも七霧は引き下がらない。


「黒霧さんは弱くなんかないっス。このチームで一番強いんスから!」


 智也は思わず頭を押さえた。

 値踏みするような視線がこちらに突き刺さる。


「ハハ。だったら見せてもらおうか、藤間を倒したその実力をよ」


 神崎は薄ら笑いを浮かべると、すれ違い様に「一回戦、楽しみにしてるぜ」と呟いて、観覧席の方へと去っていった。


「嫌な感じっスね。べー」


「まったくその通りだ」


「黒霧さん、絶対に勝ちましょうね!」


 とてつもない熱意に燃えた七霧の勢いに気圧されつつ、一同は会場へと繋がる東ゲートへ。

 部外者の乱入を防ぐためか、今日は入り口に鉄鎧で武装した門番らしき人が佇んでいた。


「ま、間もなく開門致します!」


 制服の上に着用した衣装を確認して、声の若い門番がぎこちない敬礼をする。

 会場の方では開会の辞が述べられており、今まさに対抗祭が始まろうとしていた。


「――それでは只今より、対抗試合を開催いたします」


 ご入場ください。という門番の声と共に、ガラガラと音を立てて落とし格子が引き上げられる。

 先頭の七霧が無言のまま後ろを振り返ったので、智也も何も言わずに優しく背を押した。


 降り注ぐ日の光の眩しさに目を細めたのも束の間、五人は盛大な拍手で迎えられた。

 反対側のゲートからは同様にC組の選手が順序に従い一列で行進してきており、二クラスの代表が審判の前で向かい合う形で整列する。


「正面に、礼」


 その合図により、審判含めた劇場の全員が北方に向き直り最敬礼した。事前に受付からも聞かされていた、ある種の習わしらしい。


「お互いに、礼」


 そうして最後に対戦者同士で相互に目礼をし、先鋒を残して他の四人は一旦待機室に向かうのが一連の流れとなる。

 その最中に相手の立ち位置を確認し、自分の読みが悉く外れていたことに智也は顔をしかめた。

 会場を去る前に一言「頼んだ」と七霧に言い残し、四人はその場を後にする。


 待機室の扉を開けると、何もなかった部屋の一面に七霧たちの様子が映し出されていた。どうやら訓練室にあったものと同じ仕掛けが施されているらしい。


「がんばれ……」


 そんな言葉を無意識に漏らしながら、智也は食い入るように目の前の映像を見つめた。


「先鋒戦。A組、七霧(なぎり)(れい)。C組、時雨(しぐれ)隼人(はやと)。――試合開始!」































 審判の掛け声を耳にして、智也は固唾を呑んだ。


 その飲み込んだ唾が嚥下されるより前に七霧は背後を取られており、逆手に持った短刀を振り抜いている黒髪の少年の姿が――――数秒遅れて脳へと伝達された。


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