第九十二話 「心の準備」
来る対抗戦に向けた強化週間。正確には十日という期間を、智也たち五人は共に過ごすことになった。
その目的は互いを高め合うためであり、親睦を深め、チームとしての結束力をより強固なものにするためでもあった。
胸の内に秘める思いに多少の違いはあれど、対抗戦で勝ち抜くという志は同じくしていた。
――はずだったのだが、ただ一人の例外だけは一向にチームに解け合わないでいた。
「おはようっス、水世さん」
「……」
一瞥さえくれない相手にそんな挨拶を繰り返すこと実に九回。対抗戦を前日に控えた今日まで、水世は一度だって返答することはなかった。
こうなることは容易に想像できたため、智也も早い段階で七霧に説得を試みていたが、「皆と仲良くなりたい」という彼の思いは止められず。
「……なによ」
「――。悪いけれど、さすがに見ていられないよ。挨拶の一つくらい返してあげたらどうだい?」
「最初に言ったと思うけど? あんた達と必要以上に馴れ合う気はないって」
たしかに水世の行動はこの十日間、一貫していた。必要最低限の会話は交わすものの、それ以上距離を縮めようとはしない。そんな態度だ。
「だけど、ああも熱心に向き合ってくれているんだ。それを無下にするのもどうかと僕は思うが……」
「そいつが勝手にやってるだけでしょ。私が付き合う義理はないわ」
「おいおい、もう明日が本番なんだぞ……」
今になって仲違いしててどうするんだよと、ため息を溢した智也に水世が鼻を鳴らし、久世が渋面を作る。
「すいませんっス……自分が余計なことをしたから」
「ちゃんと自覚があったのね」
「水世! 言い過ぎだ」
考えてみれば、たった十日間であの毒舌と仲良くなることなどできるはずもなかった。
水世は水世で、この団体行動について相当な不満を抱えているようだったし、そのせいか日に日に辛辣な発言が増えている気がした。
いつだが任命された選抜チームのまとめ役としては、頭が痛くなるような状況である。
「とりあえず、昨日と同じで『打ち掛かり』からやるぞ」
嫌な空気を取っ払うために智也はそう声をかけてみたが、久世以外の三人に動く気配はあらず。ならばとため息混じりに歩を進めた久世に、智也は動揺を禁じ得ない。
「……致し方ない。先に僕らで始めるとしよう」
「え、いや、それは……」
こちらに一瞥くれてから体育館の中央に向かう久世。その想定外の展開に冷や汗を流しながら、智也はおずおずと対面した。
――現状、選抜組とそれ以外とで授業内容を分けているA組は、今日も一つの体育館を二つに仕切ってそれぞれの練習を行っていた。
故に、全体で見れば久世の立ち位置はちょうど中央に当たる部分ではあったが、使えるコートが半分である今は、智也がその中心にいることになる。
つまるところ、
「では始めるよ」
ゴクリと唾を飲み込んで、瞬く間に開花した幾つもの水球を前に、智也は指先に集めていた魔力を慌てて脚へと集中させた。
「【水風船/芍薬】」
「Espoir3【強歩】!」
床を蹴り、横へ飛んだ直後に元居た場所で水の塊が弾け飛ぶ。
咄嗟のことで無理な体勢のまま回避に転じた智也はそのまま床の上を転がり、すぐさま身を起こすが、続いて視界を埋め尽くさんとするほどの物量が一斉に襲い掛かってくる。
「……ッ!」
端から端へと一直線に駆け抜ける。
風と一体化したような感覚を覚える最中、耳の後ろで大量の魔法が飛散する音を拾い、間一髪の状態であるのを悟った。その瞬間、別の軌道を描いて飛来した水球が黒瞳に迫る。
弾け飛んだ水球が、白い霧となって散り行くのを眼下に見て、二階の柵にぶら下がりながら智也は汗を拭った。
「Reve16【半月切り】」
「ちょ、息つく暇もねぇ……!」
と、鋭い刃が風を切り、捕まっていた柵に衝突して火花を散らす。
腕ごと切り落とされる前に反射的に手を離した智也は四点で着地をして、またしても久世の猛攻の餌食となる。
――『打ち掛かり』。
それは対抗戦に備えて考案された練習メニューの一つであり、元立ちと掛かり手に分かれて絶え間なく魔法を撃ち込んでいくというもの。
「ただし、攻撃魔法を撃ち込むのは掛かり手だけで、元立ちの方はそれをひたすら凌がなきゃならないって制約があるわけよ!」
「掛かり手と元立ちってなんですか?」
「掛かり手ってのはまんま打ち手のことで、元立ちってのが受け手のことだな!」
「いや、神童に聞いてないんだけど」
「神童くんは物知りだね~。じゃあ今は久世くんが打ち手で、黒霧くんが受け手ってことかな?」
「ざっつらいと!」
さながら虹のように多彩な色に花開く久世の魔法を見ながら、コートの反対側ではそんな会話が繰り広げられていた。
誰も頼んでいないのに始まった神童の解説。それに唯一興味を示してくれた清涼に、彼は笑顔で親指を立てる。
「それにしてもかなり一方的な気がしますけど……あれって本当に意味あるんですか?」
久世の猛撃に為す術もなく、無様に逃げ回ることしかできない少年を白眼視しながら千林が問うた。
そこにまたしても口を挟もうとした神童を、父親譲りの目力が圧する。
そうして代わりに向けられた眼差しに、開口したのは灰の眼の男だ。
「あの練習の本質は、掛かり手の攻撃を捌けるかどうかじゃない。絶え間なく打ち込まれる魔法に対し瞬時に最適な行動を選択する……そうやって瞬発力と反射神経、そして集中力を高めるためのものだ」
「なるほど……でもそれって組む相手によって差が出ませんか?」
「それが打ち手の課題でもあるな。魔法を素早く具現化させることに注力すれば、自然と早撃ちの練習にもなる」
担任からの正確な解説を受け、千林は難しい顔を、清涼は「みんな凄いね~」と感嘆の声をもらした。
それらの視線が集まる先。壁際に追い込まれた黒髪の少年が、迫る火球に対して岩壁で身を隔てている。
轟音を立てて燃え上がる炎。それが触れた途端瞬く間に塵と化した自分の魔法に、一瞬顔を引き攣らせていたのが見えた気がした。
✱✱✱✱✱✱✱
「……大丈夫?」
「雪宮か。お前よくあんなの捌けてたな」
久世に打ちのめされたまま壁際で休んでいた智也の元、歩み寄ってきた雪宮がちょこんと隣に座り込む。
ちょうど二人の手合いを思い出していた智也は雪宮に尊敬の念を示したが、彼はそれに小さく首を傾げた。
「僕には、操作魔法があるから」
「だとしてもだよ。そもそも俺の場合、反応が遅れてるし……いや、反応はできてるけど体がついてこないのか。――ゲームだったらもっとうまくできるんだけどなぁ」
「場数……踏むしかない、かな」
「だよなぁ。まぁ、もう明日が本番なんだけどな」
そう言って智也が自嘲気味に笑うと、雪宮はこちらに顔を向けたまま、たどたどしいながらに言葉を発した。
「いま、できることを……全力でやる。黒霧くん、そう言ってた」
意想外にも励ましてくれているのだと察して、智也の目が点になる。次に湧いてきた感情は、そこはかとない嬉しさだった。
この十日間ずっと行動を共にしてきたが、そんな風に自分を気遣ってくれるまでに雪宮との距離が縮まったということなのだろう。
智也は伏せていた目を雪宮に合わせると、「そうだよな」と短く相槌を打ちつつ下手くそな笑みを浮かべた。
「じゃあ、僕の番だから」
「あぁ。ありがとな」
久世と入れ替わりになって打ち掛かりに行くのを見送ってから、ついと自分の影に視線を落とす。
「もう一度試してみるか」
そう奮起して、胡坐をかいて座り直す智也。
床に手を触れ規定の言霊を発すれば、やがて仄かな明かりを伴いながらそこに魔法陣が浮かび上がる。
いつもと少し違うのは、唱えた言霊の差異だけでなく、本来なら魔法陣に記されているはずの文字や記号がないということだ。
文字や記号――つまり複数の魔法式を以って体を成していたものが抜け落ちているということは、それはただの枠組みに過ぎない。
すなわち、カードゲームにおいてなんの効力も有していないブランクカードと同義であり、どんな色にも染めることが可能という意味でもある。
そんな白紙の魔法陣へと、智也はまだ覚束ない手つきで筆を執っていく。
「『地核』『流核』『内核』は前回ので合ってるはず……。『外核』の方は都度微調整するとして、不具合が起きてるのは『風核』か……?」
指に魔力を集めて難解な文字を書き記しながらそう独り言ちる。まるでプログラミングみたいだと智也は感じたが、しかし全く苦には思わなかった。
ゲーマーであれば一度は自分でゲームを作ってみたいと考えることがあるだろう、魔法を一から作るという行為は、それに近しい欲求を満たしてくれるのだ。
――不意に、何かが空を切って智也の側頭部に迫る。
その危機を感じ取った智也は反射的に腕を構え、そして頭を守った。
眼前、振り下ろされた木刀が既のところで止められており、おそるおそる腕をどかせば不適な笑みを浮かべる担任の顔がその奥に見える。
「いい反応だ。だが、これが真剣だったら切り落とされてるぞ」
「びっくりした……心臓に悪いですよ先生」
「なに、今日は朝練を抜きにしたんだ、これくらいはやっとかないとな」
額に汗を滲ませる智也を見て、先生は愉快げに笑っている。
と、傍らの魔法陣を覗き込むように首を動かすと、フッと口元を綻ばせた。
「そっちも順調みたいだな」
「そう見えますか?」
「創作をほとんど自分の力で組み立てているんだ……それだけで十分凄いことだよ」
「自分でやれって言ったのは先生ですけどねー。で、気でも変わって手伝いにきてくれたんすか?」
前の日のこと思い起こしながら軽く不満をぶつける智也に、先生は木刀片手に肩を竦めた。
どうやら本当に全部一人でやらせるつもりらしい。いつもならもっと親身になって寄り添ってくれるはずなのにと、少し心の中で不満をこぼす。
とはいえ、まさか茶々を入れに来ただけではあるまい。対抗戦を明日に控えたこの大事な時間に、では一体何の用があったのだろうかと思案して、
「他の四人も集めてくれ。例のアレが仕上がった」
その言葉を聞いて、智也は得心がいったように手を叩いた。
それから打ち掛かりを行っていた七霧と雪宮、久世水世の順に声をかけて回り、改めて先生の元へと五人で集合する。
「――何事ですか?」
「あぁ、練習中に悪いな。明日の対抗戦に際して、以前お前らに選んでもらった衣装が――」
「戦闘服、できあがったんスか!?」
訝しげな表情を浮かべる面々に説明をしていたその途中、食い気味で反応した七霧が目を爛々とさせる。
その顔をちらと横目に見た先生は眉をあげつつ七霧の頭に手を置いて、「まぁそういうわけだ。試着してみるか?」と口の端を吊り上げた。
「紫月ー」
覇気のない声でそう呼ばれ、入口の前で待機していた紫月が段ボールを抱えてこちらにやってくる。
その中に入っていたのは、五人分の特別衣装だ。
戦闘服――と七霧は呼称していたがそれほど堅苦しいものではなく、それを着用する理由は単に見分けをつけるためだと先生は語っていた。
祭り衣装、という側面もあるかもしれないが、観客がいる手前一応の配慮をしているのだろう。
「これって上から着ればいいんスか?」
「あぁ、当日はそいつに『魔法紙』を張り付けることになるからな」
「んしょ……どうっスか黒霧さん、似合ってるっスか?」
智也が一人考え事をしている間に、早速試着を済ませた七霧が無邪気な笑みを向けてくる。
その、肩から羽織った独特な形状の衣服を見て、自分の手元に視線を落とした智也は「やっぱり赤は派手過ぎないか……?」と苦笑い。
「仕方ないじゃないっスかー、黒が取られちゃったんスからー」
「いやそれにしてもだな……」
「なによ。なんか文句あるわけ?」
衣装決めの際のことを思い出しながら目を向けると、物凄い剣幕が返ってくる。
最終的に決定権を得ただけはあって、色素の薄い髪を持つ水世には丁度いい配色ではあった。
「……いいのか?」
「衣服は何を着るかではなく、誰が着るかだと思っているのでね」
今度は共感を得ようと久世の方に水を向けたが、襟を正しながらスカした顔をされて逆に不満が募った。
智也はひとつ大きなため息を溢して、同じように袖を通した。
見たところ服の素材に多少の違いはあれど、首元からウエストにかけて広がったシルエットになっているのは男女で共通している。
目立った装飾もなくシンプルではあるものの、男子は留め具がバックル型で、女子の方は二列にボタンを配しているのが特徴的か。
「みんな似合っとってカッコいいよ!」
「へへーん」
頭の後ろで手を組んで得意げな顔をする七霧。それに笑みを湛えた紫月はふとこちらに視線を向けると、花が咲いたように笑った。
智也は小さく肩を竦めて、担任の方へと視線を移す。
「試しにこのまま動いてみてもいいっすか?」
「そうだな。一応動きやすい素材で作られているはずだが……とそうだ、一応言っとくがそっちには何の防護機能もついてないからな」
「えぇ……それって使い物になるんですか?」
「安心しろ。単体で着用しない限りはその制服の保護下にある」
その説明に感嘆の声を漏らした智也は「さすがは一級品だな」と心の中で呟いて、四人の顔を順に見ながら、その中の一人に焦点を絞った。
「水世、ちょっといいか?」
「なに」
「さっきの続き、俺たちだろ。だから最後にもう一回手合わせを願いたい」
訝しげに細めていた目が驚いたように見開かれたのも束の間、水世は鼻を高くしながらほくそ笑んだ。
この十日間、何度かその機会はあったものの、智也はまだ水世から一本も取れていない。
背中に触れられたら負け――という慣れない追加ルールの影響もあったかもしれないが、チーム戦で成し得たことが個人でできないというのは、そういうことなのだろう。
「ふん。諦めが悪いわね」
「せめて一本くらい取れないと、さすがに明日に向けて気構えも出来ないからな」
「だったらいま死力を尽くすことね。私の一本はそこらの有象無象の千本に値するんだから」
「まさに千人力だな……お前が他のクラスじゃなくてよかったよ」
「今は味方じゃないけど?」
自信に満ちた薄水色の瞳。それから放たれる気迫に思わず智也は苦笑いを浮かべ、これから行われるであろう死闘の気配に身震いした。
「意欲に燃えてるのはいいことだが、ほどほどにしとけよー」
そんな気の抜けた忠告を受けながら水世と相まみえ、少しアプローチの仕方を間違えたかもしれないと若干の後悔を抱きつつも、自分で尻を叩いて智也は気合を入れ直した。
✱✱✱✱✱✱✱
「…………」
「黒霧さーん、もう皆帰っちゃったっスよ」
体育館の床に大の字に寝転びながら、一人天井を見つめていた智也。その視界の上からひょこっと顔を覗かせた七霧が、困り顔でこちらを見下ろしてくる。
「……落ち込んでるっスか?」
「大丈夫だよ。本当は、ここで水世に一矢報いることができれば明日の自信にも繋がるかと思ったんだが……さすがに手強かった。ていうか、下手したらあいつが一番強いんじゃないか?」
「だとしたらその水世さんと互角に戦ってたんスから、きっと明日も大丈夫っスよ!」
互角かどうかはさておいて、その認識でいた方が精神衛生上いいのは確かだろう。
実際、あのチーム戦以降で水世が誰かに遅れを取っているところを智也は見たことがない。それはこの十日間でのことも含んだものであり、選抜された五人の中でもとりわけ秀でていると感じる場面は多々あった。
「……七霧はどうなんだ? 明日、勝てそうか?」
「んー分かんないっス。でも、負けたとしても皆と特訓したこの十日間はいい思い出になるっスよ」
智也は、その言葉に思わず目を見張った。
何かと勝つ事に拘って生きてきた智也にとって、負けても思い出になるという発想など微塵もなかったからだ。
そんな風に良い意味で物事を捉えることができるようになれば、見える景色も幾らか明るくなるのだろうか。いつもと同じあどけない笑顔を見つめて、一人思惟に耽る。
「……十日間、あっという間だったな」
「そうっスね~」
「……やれることは、全部やれたのかな」
「万事尽くして天命を待つのみっスよ」
「……うん、人事な」
あ、と声を発して小さく舌を出す七霧。その変わらないスタンスに、智也は心がほぐれていくのを感じた。
「――なんだお前ら、まだいたのか」
職員室から戻ってきた先生が、仰向けで寝ている智也とその横で正座している七霧とを見て、片眉を上げる。
それに気付いた智也は倦怠感で沈んでいた上体を起こそうとして、七霧が背中をそっと支えてくれた。
「こんなとこで寝てても疲れは取れねーぞ」
なんて言いながら近くに腰を下ろすと、先生は気怠げに首の骨を鳴らす。
むしろそちらの方がお疲れの様子に見えるが何かあったのだろうかと、同じ疑問を抱いたらしい七霧が先に問いを投げかける。
「何しに行ってたんスか?」
「んあ? あー、明日の準備が色々とな」
「ふーん、先生も意外と忙しいんスね~」
「そりゃあな。明日の対抗戦の審判、誰が務めると思ってんだ」
片目を瞑り、懐疑的な視線を向ける先生に、七霧が初めて耳にしたかのような反応をする。
それに「ちなみに話したのはこれで三度目だからな」と先生が嘆息。七霧は口から掠れた音を奏でながら、そっと目を逸らしていた。
「――明日、A組は勝てると思いますか?」
尋ねてすぐ、愚問だったかもしれないという考えが頭をよぎった。
無言の眼差しに気圧され表情をやや硬くさせる智也。少し間を置いてから、意想外な返答が寄越される。
「さぁな」
一言だけそう呟くと先生は口元を歪めながら微笑を浮かべた。
それに面を喰らったのは一瞬、すぐに不満という感情が口を衝いて出る。
「さぁなって……」
「逆に聞くが黒霧、俺が大丈夫だって言えばお前は安心できるのか?」
「それは……多少はできますよ」
例え贔屓目に見たお世辞だったとしても、指導を受けている人から直接褒められればそれだけで力は湧いてくるものだ。
そのお世辞でもいいから、智也は勇気づけてほしかったのかもしれない。
「――負けるのが怖いか?」
と、鋭い眼差しがこちらを射貫いてくる。
智也は思わず視線を外し、逡巡したのちに、ゆっくりとかぶりを振った。
「今はそこまでじゃないです」
「そうか、そりゃ良い心変わりだ。失敗を恐れてちゃ何も成長しないからな」
そう言って、先生はカラカラと笑った。
とはいえ不安にならないわけじゃない。
どうしても勝ちたいという思いと、団体戦である以上足は引っ張りたくないという思いから生まれたプレッシャーが、智也の心を苦しめるのだ。
「気負いすぎだ。お前はもうちょい肩の力を抜いたほうがいい」
「いや、でも……」
「人一倍頑張ってきただろ。その努力を少しは信じてやれ。俺が後押しなんかしなくとも……お前は十分戦えるはずだ」
「先生は弟子心を分かってないなぁ。なんでもいいから背中を押して欲しいんスよね? 黒霧さん」
それまで智也たちのやり取りを傾聴していた七霧が、腕組みしながら笑いかけてくる。
それに智也が上手く反応ができずに口ごもっていると、七霧は慌てたように目を白黒させて、
「え、違うんスか?」
「俺は別に……」
「ほらー、やっぱりそうじゃないっスか! 顔に出てるっスもん」
弟子心、と呟きながら首を捻っている男の方をちらと見て、智也は歯切れの悪い返事をする。
その表情から確信を得た七霧が「なんで素直にならないのか」と言いたげな目を向けてきて、智也は苦虫を噛みながら言葉を絞りだそうとしたが結局閉口したまま時間が流れた。
「――降魔先生、降魔先生、職員室までお越しください」
そうこうしていると再び呼び出しがかかり、落胆の声と大きなため息が方々でこぼれる。
どうやら思いの外に忙しいようだ。
「悪いがまた呼び出しだ。いつ戻るか分からねーが、お前らも暗くなる前に帰っとけよ。ったく……一度で済ませろよな」
ぶつくさと文句を言いながら本校舎の方へ足を向ける先生。そちらから視線を移した七霧が物言いたげな目を向けてきたが、智也は苦笑いを浮かべて誤魔化した。
最初に言われた通り、明日のことを思えば早く帰って体を休めるのが最優先だろう。あれやこれやと悩んでいては疲れも取れまい。
ただ欲を言えば――と進めていた思考が、正面の男の足取りに伴って停止した。
あー。と、何か考えるような声を発しながら足を止めた先生に、智也は怪訝に眉を寄せる。
「まぁ……なんだ、明日の対抗戦……期待してるぞ」
背を向けたままそう言うと、先生は後頭部に手をやりながら外に出ていった。
じわりと心が暖かくなった感触を覚え、思わず智也の口角が上がる。
ふと視線を感じ、隣を見やれば、憎たらしいほどニヤついた面がそこにあった。




